[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Sword of A's Act.14 vol.1
粉砕。そして爆砕。
全く歯が立たぬままに、自分が足元に倒れ付した様を幻視した。
否、それは全くの幻ではない。
「…………」
くず折れ、膝を付きながら、何とか片手に握った刃だけはいつでも突き立てられる様に握り締める、が、その手が続く衝撃でブレそうになる。
「――――っ! っ!」
誰かが自分に向けて叫んでいた。
助けたいと願った誰か。救いたいと思った誰か。
いつもそうだ。自分が行動しただけで傷付く人は増え、感謝ではなく罵倒が増える。その度に後悔するのだ。嗚呼、もっと上手くやれたなら、と。
今だけではない。前もその前も、ずっとずっと、果てしなく続くかのような怨鎖の果てに、自分が……自分だけが、立ってしまっている。
過去も未来も、その事の繰り返し。
全く成長していないと、そう言われればその通りなのだろう。
だが……。
「――――っ!」
床についた膝に力を込める。軋み笑い、もう限界だと訴える体に活を入れるかのように。
ガタガタの体は、自分のその想いに応えるかのように起き上がってくれた。
そんな事はもう繰り返してきた。誰かを救えて誰かを救えないで……それでもいつか全ての人を救えると信じてやってきたのだ。
タダで終わらせられるはずが無い。その決意と信念は、例え死んでも貫き通すと決めたのだから。
そう、何よりも。
衛宮士郎の正義が、体の限界程度で折られるほど柔な物では無いと、自分自身が信じているのだから。
12月23日 PM 1:34 海鳴市 海鳴海浜公園
海風が心地良く吹く中、人目を引いてやまない集団があった。
車椅子に座る少女に、それを引く金髪の女性、車椅子の少女と同程度の背の赤い髪の少女に背が高く背筋の通った姿勢の女性と、ペットだろうか、青い毛並みに白い鬣(たてがみ)の大型犬。
そしてそこから少し離れて、付かず離れずの距離を歩く一人の男性。
赤い髪に厚手の革ジャン。他の四人の誰とも似つかぬ容姿だが、仏頂面にどこか愛嬌のある瞳が人懐っこさを演出し、それが不思議な魅力となっていた。
言わずと知れた、士郎、及びヴォルケンリッター達である。
切欠は数日前、入院生活が長く続くはやてに対し、士郎が散歩をしようと提案した事だ。
はやての容態自体は安定しているとの話ではあるし、余りに篭り過ぎていても息が詰まってしまうのではないか、という気遣いからの言葉だったのだが……意外と周りの反応が良く、担当の石田医師も問題無しとの判断により、久々に皆が集まる今日、外出となったのである。
正確には士郎も含めての外出は初めてのことであるのだが……そこに突っ込みを入れるのは野暮というものだろう。はやてが久々に笑っている光景を見るのならば。
(言っておいてなんだが、少々軽率すぎたかな……)
ため息を吐きつつ、先頭を行く女性陣を見送る士郎。実際この行為自体、見る人が見ればかなり危険だということは自覚している。
自分は変装していたから良いものの、他の者は(ザフィーラは微妙な所だが)管理局に顔を見られている。これでは、折角の計画も水の泡になりかねない。
そんな危惧は当然の事だったのだが、シャマルの自信に満ちた表情がそれを遮った。
何でも、常時発動のエリアサーチ……相当に隠密に特化した術式で、周りを覆っているのだそうだ。既に何人かの管理局員の魔力反応を登録した他、普段の魔力反応がどんなに小さくても、一般人以上の魔力を持つ者はすぐに分かるのだとか。
ただこの術式も欠点があり、屋内では著しくその精度が下がってしまうとの事だった。
その為、主にこうやって出掛ける時にのみ使用し、病院や自宅等では探査妨害と通信妨害を兼ねた術式を登録しているらしい。
無論、それだけでは万全ではないとはいえ……いつも寂しげなはやての為に、一緒にいられる時間を多く作ろうとするその姿勢を責める事は出来ない。
自分でも人が良いとは思うが、安全面から断って彼女を悲しい顔にさせてしまう事に、どうしても抵抗があった。
出来る限りの事を彼女にしてあげたいと思うのは、何も守護騎士達だけではないのだ。それを考えて、結局は首を縦に振ったのだ。
まあ、いざとなったら自分がやれる事をやればよい。
昔から、結界などの魔力反応のある場所の察知に敏感だった士郎と、長年の戦場の経験を活用すれば、危険をまた減らす事も可能となるかもしれない。
その意味も含め、彼女たちからやや距離を置いていたのだが……当のはやて本人はその事に気付かないのか、徐に振り返ると、士郎に向かって手を振るう。
「士郎さーん、置いて行くでー!」
邪気の無い笑顔、それに苦笑を浮かべて、士郎も苦笑を浮かべながら答える。
「すまん、今そっちに行くから! 余り手を振っていると転ぶぞ!」
「そんな子ども扱いせえへんでも、私は転ばへんよ! シャマル達も支えてくれとるし、なあ?」
少々、ふてくされたように同意を求めるはやてに、車椅子を押すシャマルも苦笑気味に、けれどしっかりと頷く。
ヴィータなどは「てめえが遅いからはやてが言ってくれてるんだろーが!」とばかりに、殺気の籠(こも)った目で士郎を睨み据えているが……それは流石に、はやてによって注意されていた。
そんな賑やかな一団に合流しようとする士郎に対し、はやて達からやや離れた場所からシグナムが声を掛けてきた。
「どうかしたか?」
シグナムの雰囲気から、恐らく裏の話……士郎自身が何かを察知したのか、という雰囲気で話しかけてくる。
この世界ではシャマルのような探査魔法が一般的とはいえ、士郎のような例外が低い確率ながらいる事を苦慮した行動だろうか。
そこまで警戒されてしまうと、流石に士郎も悪いと思ったのか、安心させるように苦笑し……やや自嘲気味に口を開いた。
「いや……俺は随分と、心が荒んでしまったのかな、と思ってな」
「?」
訝しげな表情のシグナムに対し、士郎はどこか遠い表情である。
「こんな時でも俺は、管理局に襲撃される危険に備えている……いや、過敏になっている、と言った方が相応しいか? どうやれば襲撃から逃げられるか、逆に利用できないのか、なんて事を延々と考えてしまっているんだからな」
戦場での経験故か、どんなに平和であっても敵が襲来する可能性を捨て切れないというのは、ある意味不幸なことなのかもしれない。
一歩間違えればPTSD(心的外傷)となってしまう可能性もあるが……士郎のそれは、もっと深い部分で心の底を抉っているかのような感触があった。本人は無自覚ではあるのだが。
ずっと昔から、まるで切れぬ鎖で繋がれてでもいるかのように。それは呪いのように、今も士郎を縛っている。
「すまん、今のは聞き流してくれ」
そう言いながら手を振るう士郎の顔は、既にいつものような表情に戻っていた。わざわざここで話すような話題でもないという、彼なりの配慮からだろう。
そんな様子をシグナムは無言で暫し眺めていたのだが、士郎が話し終わると同時、考え込むような顔から、やがてぽつりと口を開いた。
「そうだな、お前の言うことは一般的な基準……平和に暮らす人々の基準と照らし合わせると、異常なのかもしれない」
掛け値ない、残酷とも言えるシグナムの正直な感想はしかし、ただ、貶める意味で言っただけではなかった。
「だが、お前の言うことは決して間違っていないと、私は思うぞ」
「……え?」
聞くとも無しに聞いていた士郎が、思わず振り返る。シグナムの方はどこか迷いながら……しかし毅然とした物言いで、後を続ける。
「お前は間違っていないと言ったのさ。実際、私でもこのような平和の時が長く続くと、蒐集や闇の書の事など忘れてしまいそうになるからな。お前は自分の出来る範囲で、誰もがやらないことを率先してやっている……だから、そう卑下する必要も無い」
「…………」
そんな事を言われるのが珍しかったのだろうか、キョトンとした表情の士郎に、シグナムは思わず苦笑する。
「自分ではそんなこと考えたことも無い、といった感じの顔だな? 知らぬはわが身ばかりなり、か……そう思い詰めたような顔をするな。主が、お前の事をよく心配しているぞ」
正確には士郎だけではない、他のヴォルケンリッターのメンバーの事も指しているのだろうが……それなりに信頼関係を築けた証なのだろうか?
取り敢えず、はやてを寂しがらせた埋め合わせは必要であろう。
「……あー、その、色々と迷惑を掛けた分は、明日にでも埋め合わせるって言っておいてくれないか?」
「明日? ……どういうことだ?」
訝しげなシグナムに、士郎が改めて口を開こうとした矢先……いつの間にか近くまで来ていたはやてが、不貞腐れたように割り込んできた。
「もう、士郎さん置いて行く言うたのにのんびりしすぎやで。シグナムと何話とんの?」
「主」
「ん、いや……」
どうやら、中々追いついてこない二人を疑問に思ったのだろう。シャマルに後ろを押されながらゆっくりとこちらへやってきていた。
その顔が不審さに変わる前にに、士郎が少々強引に話を変える。
「そ、そういえば、明日はクリスマスイブだよな?」
「ん? そやけど……」
「シグナムとさ、明日クリスマスのパーティを開こうかって話をしていて……取り敢えず、必要なものとか決めてたんだよ」
苦しいながらも、明確には感付かれにくい理由を話す。最初はどうかと思ったが、はやての方は特に疑問を持たなかったらしい。
「なんや。そういう事はみんなの前で言わないとあかんやん。というか、帰った後先生がいる所で話した方がええんちゃう?」
不思議そうにはやてが問い掛けるが、士郎の方は苦笑するだけだ。
「はは……そうしたいんだけどさ、俺の方が用事があって」
「? 士郎さん、一緒に帰らへんの?」
「さっき言ったろ。クリスマスのお祝いやるからって。実は、目を付けていたケーキ屋があって、そこでクリスマスケーキの予約でもしてこようと思ってさ」
そこで一度、シグナムに向けて目配せをする。そこでシグナムが何か反応を返す前に、再度はやてに向き直った。
「だから、簡単な飾り付けや石田先生の許可なんかは、シグナム達に言っておいてもらおうかと思ってさ。もし出来たら、クリスマス用の料理の仕込みもしておきたいし……」
「え、ええ。あとで皆にも話そうと思ったのですが……」
多少ぎこちない様子だが、士郎の思惑を感じ取ったのだろう。シグナムが深く頷くのを確認し、心の中で溜め息を吐いた。
咄嗟の判断の代物とはいえ、どうやらその理由ではやての方も納得したらしい。ふーんとばかりに、特に疑問も持たないかの用に頷いていた。
「ま、そういうことにしておくわ……でも士郎さん、家では掃除だけじゃなくてお料理もするんよな。悪いなぁ、あっちにいる時は当番でやってたのに、押し付けてしもて」
「……別にはやてが気に病む事じゃねえと思うけどな。こいつなんて家事を除いたら何の役にもたたねえんだし」
「こーら、ヴィータ。悪口はあかんって言っとるやろ」
まるでお姉さんかお母さんかのようにそう言ってヴィータの頬を引っ張るはやてに、苦笑しながら士郎が言う。
「いや別に、押し付けられたって感じはしないけど。シャマルさんも手伝ってくれているしな」
実際に、士郎にとってこの位の事は朝飯前なのだ。蒐集などで表立って貢献できない以上、義務感とすら化している様もある。
だがその言葉に対して、何故かシグナムと引っ張られた頬を押さえたヴィータが微妙そうな表情になっていた。
はて、とばかりに首を傾げる。何か自分は悪い事でも言ったのだろうか? そんな感想を士郎が抱くのにあわせて、シグナムとヴィータは微妙そうな表情のままで口を開いた。
「……まあ確かに、シャマルだけでは不安ではあったな。主に味や栄養面において」
「え?」
「ふん……コイツは普段役にたたねえけど、そこのとこだけは否定出来ねえな。こんな奴でも、いなかったらエライ目見てたかもしんねえし」
「えっと? それはどういう意味なのかしら?」
ひく、とシャマルの頬がそこで微妙に引きつる。ヴィータまでもがそっぽを向きながら言う言葉に、はやてが苦笑しながら二人を諌めた。
「まあまあ。あんまりシャマルを虐めたらあかんよ。最近はお料理の腕も上達してきたんやし、なあ?」
「……それも士郎がいなかったら、どうなってたかわかんねえけどな」
「ヴィータちゃん。ちょっと向こうで『お話』しましょうか?」
ニコニコと笑顔でこちらを向きながらそんな事をいうシャマルに、流石に背筋が冷えたのだろうか、ヴィータが即座に言い過ぎを謝っていた。
まあ普段温厚な人が怒ると怖いとは良く言われることだが……士郎は何故か、そこに、得体の知れないものを感じてしまう。
彼の頭の中で、闇の書の魔力まで使用したシャマルが、全力全開でヴィータを吹っ飛ばすという、とんでもない図が思い浮かんでいたが……疲れているのだろうか?
「ま、まあ、取り敢えず……シグナムもそれで良いよな」
「ああ。構わん。というか普段お前も働きすぎだからな。少しは慰労も兼ねて羽を伸ばしてくると良い」
「おお、それは同感やな。皆もそうやけど、士郎さんは輪を掛けて休まない人やから、この機会に少し休んだ方がええで」
話を変えるかのようにシグナム、同意するようにはやて。だが、当の士郎は不思議そうな顔で首を傾げるのみだ。
「? 休みならそれなりに取ってるぞ」
「お前の場合は、休みであっても何かあればそちらを優先するだろう。見ているこちらの気が休まらんので、言う通りにしておけ」
「そんなものか?」
全然分かっていないような言葉に、シグナムは溜め息、ヴィータは呆れ顔、シャマルは苦笑といった思い思いの反応を返す面々。あからさまな反応に流石にむっと来る士郎ではあったが……ただ一人、はやてが少々考え込むかのような表情になった事に気付き、徐に視線を彼女に合わせる。
「はやてちゃん? どうかしたか?」
「え!?」
士郎の言葉に驚いたように顔を上げるはやて。不思議そうな顔の士郎を見やり自分の行いに気付いたのか、慌てた様子で取り成すかのように口を開く。
「あ、あのごめんなさい。ちょっと考え事があってな……」
「? 何か気になる事があるのか?」
「い、いや大した事あらへん! 士郎さんは気にせんといて!」
「?」
どうにもはやての様子が挙動不審気味だが、士郎が何かを言う前に勢いづいたヴィータが、士郎を咎めるかのように口を開いた。
「おい士郎! はやてを脅かすんじゃねえよ!」
「あ、ああ、悪い。そんなつもりは無かったんだが……」
「どうだかな。お前、図書館の時も勝手に行動して怒られたそうじゃねえか……ひょっとしてお前、またはやてにちょっかい掛ける気じゃないだろうな?」
「な! 待て、何でそうなるんだ!」
ヴィータの不穏な言葉に、士郎が色めき立つが、ヴィータの方はどうだかな、とばかりにぷいっとそっぽを向いてしまった。
大分歩み寄ったとはいえ、はやての前でなければ士郎の事を必要以上に敵視するヴィータである。隙あらばこういった士郎を貶めようとする言動には、士郎自身が否定を繰り返す事が日課となっていた……主に、幼女趣味だとか、ロリコンだとか、そういった危険な言動を阻止する為に。
「はやてもそうだけど、私にもそういう不埒な目で見てみろよ。ギガントシュラークで跡形も無く粉みじんにしてやるからよ」
「だから! 俺はそんなつもりで言っていないって!」
まあ、貶める形としては理に適っているというか、女の中の数少ない男性という事で、余り立場は良くない士郎である。
同じ男(のはず)であるザフィーラに関しては、不利を悟ってか余り意見をしてこないのが、殊勝だと思う反面ずるくも思う。マイノリティという事で、最近では奇妙な連帯感も生まれているのだが。
「こーら。もうヴィータあかんやろ、さっき言った事忘れてしもうたん?」
「だ、だけどさ、はやて」
はやての再度の指摘に、思い切りばつの悪そうな表情でヴィータが黙る。
「あの時の士郎さんは、善意で助けてくれたんやから……まあ、私がその辺突っ込んだ時に、士郎さんきちんと答えてくれんかったから、ヴィータの危惧もある意味当然かもしれんけど」
「なっ!」
味方をするのかと黙って見ていたはやてからの思わぬ言葉に、安堵していた士郎が素っ頓狂な声を上げる。
と同時、はやての背後からの薄ら寒い視線を感じて、顔を上げた。
「ほう……その事については初耳ですね。どういった状況でそうなったのか、詳しく聞きたいものですね」
「そうよねー。士郎君、ちょっとそれは頂けないと思うわよ」
見ると、シグナムとシャマルが、少々寒気のする笑顔でこちらを見ていた。もう、心に残るくらい鮮明な顔である。
恐らく盛大な勘違いをしているのだろうが……彼女達は士郎の心情などお構い無しかのように、言動が更にヒートアップしていく
「主の事についてもそうだが、そもそもお前は何についても無理をし過ぎる。『あの時』主はやてを助けたと聞いた時はそうでもなかったが……改めてお前の行動を思い返してみると、お前の無鉄砲さを改めて教育してやる必要があるやもしれん」
「そうね。まあ、士郎君にはお料理習ってるから、加減はしてあげるように努力はするわね」
「ちょ、待った! 話が摩り替わっていないか!」
どうにも、どこか押してはいけないスイッチでも入れてしまったのだろうか、シグナム、シャマルのそんな気迫に士郎が何とか説得を試みるも、問答無用とばかりに迫り来る二人に対し何か効果があるわけでもなく……結局は、大本の言いだしっぺであるはやてに諌めてもらうまで延々と説教が続くという羽目になった。
まあ、なんだかんだと言いつつ心配してくれるのは素直に嬉しかったのだが……できればもう少し優しく諭してくれるとありがたいと、切にそう思った。
そんな感じで、有耶無耶になってしまったが……はやてのあの表情は一体何を意味していたのだろうか?
本当にただ驚いただけ、だというのならば良いのだが……何故か一抹の不安が、胸中を過ぎったのだった。
病院近くで皆と別れて暫く、目的の場所はすぐに見つかった。
「っと、ここか」
フィールドワークで入手した情報を元にして、目的の場所で足を止める。
何処にでもありそうな木の扉を前に、店名の書かれた看板を読み上げ、今一度確認してみた。
「『翠屋』か。確かに、人気あるんだろうな」
お昼時を過ぎた2時程度の時間帯、3時のおやつには少し早いにもかかわらず、休日の為か外から見える部分を見るだけでも客室はほぼ満席、そしてテイクアウトかケーキの注文だろうか、喫茶店の前には、既にそれなりの列が出来ていた。
翠屋という名前は、月村家にいた時にファリンから聞いた名前だったが……成る程、有名パティシエが腕を振るうといった文句は伊達ではない、といった所だろうか。
休日という日にちも関係しているのだろう。普通の喫茶店にはあるまじき列は、衰えるどころかこの先も更に増えそうな雰囲気ではある。
そんな風にいつまでもここでこうして固まっていても仕方が無い。そう思ってドアノブに手を掛とした、その矢先。
「……士郎さん?」
「?」
振り向いてみると、そこにはロングヘアにカチューシャを付けた、一人の少女が立っていた。
「え? すずかちゃん?」
士郎としても驚いて立ち止まってしまう。
白い制服……近くにある聖祥大学付属小学校の制服を着込むその姿は、初めて会ったときと変わらない清楚な感じのままである。
数日前に別れてから、全く変わらない様子の少女の存在は、まさかこんなに早く再会するとは思っていなかった士郎にとって、予想外の出来事であった。
「て、どうしたんだ? すずかちゃんもここのケーキ予約しに来たのか?」
ここにこの少女の姿がある理由として最も適当なものがそれである。
普段はノエルやファリンの存在があるので考え難いが……たまにお手伝い程度で仕事をする事もあったので、その可能性は決して低くは無い。
「あ、それは――――」
当のすずか本人も、まさかこんな場所で再会できるとは思っていなかったのか、かなり驚いているらしい。そんな状況から抜け出して何か言うよりも先に、すずかの後ろから続けて新たな人物が現れた。
「すずか? 一体どうした――」
そんな言葉を掛けながら背後から現れた影……アリサ・バニングスの顔を見つけて、今度はそちらから驚きの声が上がった。
「え?」
少々癖のある金髪はそのまま、シャマルなどと比べると少し赤みがかった、健康的なこの少女らしい出で立ちに、何処か懐かしい姿を重ねる士郎。
容姿などは全く違うが、それは銀色の、冬の少女に重なる部分があったゆえだろうか。
「やあ、久しぶり。アリサちゃん、で良かったよな?」
そんな風に士郎が言った事に取り合わず、暫しびっくりしたままの表情で……しかし、そこから復帰した二人は、士郎に対し矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。
曰く、何故こんな所にというようなオーソドックスなものから、今まで何をしてたのかとか、そもそも何故こんな場所に士郎がいるのか、イギリスに帰ったのではないのか、等とこちらの反応もそこそこに、ともすれば場が思わぬ混乱を招きそうな位に。
まあ、士郎としても同じ気持ちではあったのだが……やはり店の前で騒ぎ続ける事は、営業妨害以前に、人目が厳しい。
「あーその、な。取り敢えず中入らないか? あんまりここで騒ぐと……」
『あ……』
その言葉と共に士郎が指差す方向に目を向けたすずか達が押し黙る。
そこで、奇異の視線を向ける列の人々に、取り成すような顔を向けた事を切欠に、すずか達を伴い、店の中へと入っていった。
「……そうだったんですか。士郎さん、私と別れてから、そんな事が……」
「というか、ドンだけ波乱万丈なのよ! 何、前世は白いサルでも連れて、南米にでも行ってたって言うの!」
「アリサちゃん、時々良く分からないこと言うよね……」
喫茶翠屋の奥まった一席。
四人掛けのテーブルで、出された紅茶に手を付けるでもなく、ヒートアップする女性陣……と言うよりも、まだ少女陣とでも言った方が適当だろうか、彼女達の追及や素直な感想を聞きつつ、士郎は苦笑いする。
丁度空いていた一席に腰を下ろし、注文を取る頃には、すっかり話に花が咲いていた。
たった数日間だと言うのに、まるで一年ぶりかのように密度の濃い話の内容に、士郎自身新鮮味を感じたのは事実である。
このように誰かとゆっくり話した事は……そういえば、闇の書関連の事を除けば、ひょっとしたらかなり久々なのかもしれない。
「けど、こんな所で出会うなんてな。この街に来てから、世間が凄く狭くなったように感じるよ」
「あはは。でも士郎さんの知り合いって女性が多いですよね。イギリスでも基本的に女性ばかりだったって話ですし」
「あっちで執事の真似事もしていたんでしょう? 全く……本当に漫画みたいな人っているのね」
そんな感じにアリサが言った言葉に、士郎が苦笑を浮かべた頃……徐にアリサの背後に人影が現れた事に気付き、反射的に顔を上げる。
「と、誰かに呼ばれたかと思ったんだけど……気のせいだったかな?」
「あ」
すずかの言葉に、つられる様に視線を上げる。
そこには、一人の男性……大柄な体にエプロンを付け、人好きのする笑みを浮かべた男性がいた。
年は30台後半~40台前半程度だろうか、しっかりとした足取りに、手にはお盆を持つその様が妙に様になっている様からここのマスターだと言う事は直ぐに分かった。
だが士郎が注目したのは、何もその体付きだけではない。
真っ直ぐに、全くぶれの無い歩き方と、それに伴う姿勢の良さ。何かしら武術をやっているものの動きである。
凛が日頃からやっている八極拳のようなものとは違う……直感的に感じるのは、剣術を基本とした古武術、といった所か。
現役を退いて久しいようだが……中々に『出来る』人物のようだ。
「こんにちは、すずかちゃん。アリサちゃん」
「あ、はい。こんにちは、士郎さん」
「……士郎?」
すずかのその言葉に、キョトンとした表情の衛宮士郎。そんな士郎の心情を察したのだろう。向かいに座っていたアリサが口を開いた。
「ここのオーナーの高町士郎さんよ……そういえば、士郎さんも衛宮士郎だったっけ。なんか凄くややこしいわね」
「ああ、そういう事か……って高町?」
「?」
その瞬間、士郎が驚いたような表情になった事に、不思議顔の二人。
だがそんな空気に気付かなかったのか、高町士郎の方は笑みのまま軽く会釈をする。
「どうも。翠屋のオーナーの高町士郎です。お二人とは知り合いかな?」
どうにも高校生くらいの少年と、小学生の少女二人の組み合わせが珍しかったのか、高町士郎が聞いてくる言葉に対し、衛宮士郎は反射的に、先程の驚きを心の奥に留めつつ、改めてそちらに向き直った
「わざわざご紹介ありがとうございます。衛宮士郎と言います。この二人とは……すずかちゃんの家にいた時、給仕をしている時に知り合って――?」
高町士郎に向けて礼をしたと同時、なにやら難しい顔で高町士郎が押し黙った事に、言葉を中断する。
と、閃いたかのように、高町士郎がぽんと、手を打った。
「衛宮……? ひょっとして、衛宮士郎君かい?」
「! 知っているんですか?」
その言葉が高町士郎から出た瞬間、衛宮士郎の方は確信に近いものを得たのだが、それは表に出さずに押し黙る。
だが、彼だけではなく他の二人もまさか知っているとは思わなかったのか、驚いたような表情で、二人の士郎を見つめていた。
「えーと……お知り合い、なんですか?」
「ああ、うちのなのはが、今月の頭くらいに出会ったって言っていてね。もしやと思ったんだが……」
「なのはちゃんが?」
「…………」
その名前を聞いて確信する。
彼、高町士郎は、間違いなく高町なのはの父親であると。
高町なのは……この世界に来て最初に出会った少女、そして、ヴィータが相対したと言っていた少女の名前。
それを初めて聞いた瞬間は、何の間違いかと思ったのだが、どうやら本当に魔導師らしい事を知って、更に驚愕したのは記憶に新しい。
そんな少女の実家に、今いると言う事になる。これは、士郎にとって予想外のハプニングだった。
「うん。成る程、君が衛宮君か……いや、なのはが親切な人に会ったと言っていたから、どんな人か気になっていたんだよ」
「ああ、やっぱりなのはちゃんのお父さんだったんですね」
表面上はにこやかな士郎だが、心の内ではかなり焦っている。
どうやら、偶然とはいえ士郎にとってかなりまずい場所に来てしまったらしい。不幸中の幸いは、なのはの姿がまだ見えないことだが……それも時間の問題かもしれない。
こうなってしまっては、当初の予定も変更せざるを得ない。まあ、今回は運が無かったとして、早々に立ち去らなければならないが……余り怪しまれるのは得策ではない。
ただでさえ蒐集やらで頭の痛い問題があるというのに、これでは問題を起こしに来ただけなのではないか、などという思いが頭を掠めるが……まあ、余り愚痴っていても仕方が無い。
そう思い、まだ続く話の合間を縫って、壁に立てかけてある時計を確認する。時計は丁度、三時半過ぎを指していた。
「っと、もうこんな時間か……すまん、そろそろ帰らないと」
「え?」
その言葉に、驚きの表情のすずかとアリサ。
まあ、無理も無いだろう。行き成り話の途中で『帰る』などと言い出したら、士郎でも不審に思うかもしれない。
だが士郎としても、多少強引な手を使ってでも、いち早くこの場所から退散する必要があった。
そうしなければ、多分……。
「今急に思い出してな。また今度、会えたら話をしよう」
「? でもケーキは良いんですか?」
至極最もなすずかの疑問を、士郎のほうは苦笑しながら、話を纏めるように呟く。
「いや、注文自体は直ぐに済むと思ってたんだが……こうも並んでるとは思わなくてな。また今度の機会にするよ」
これは本当の事である。
まあ、シグナムたちは士郎に気を使って自由時間だとは言っていたが……士郎自身、計画が大詰めのこの段階で外に出る事は、不謹慎だと思っていた節もあり、早々にはやて家の方に引っ込もうと思っていた。
士郎の心情を知らないすずか達には悪いが、仕方あるまい。
「ごめんなさい。そうとも知らずに引き留めてしまったりして……」
「良いって。俺が忘れてたのが悪いんだし。それに、久々に話が出来て楽しかったからさ」
そう言った所で、それまで隣で黙って遣り取りを見つめていた高町士郎が口を開いた。
「クリスマス用のケーキかい?」
「……ええ。明日は本格的に忙しくなると思って、今日中に予約だけしようと思ってたんですけど」
「良ければ、取り置いてあげるけど、どうだい?」
「え?」
そんな言葉に、驚く衛宮士郎を、高町士郎は笑みのまま見つめる。
「はは。なのはとも仲が良いって話だし、それに翠屋は明日が本番だからね。夜中でも一応はやっているんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。おかげで家では毎年、クリスマスは今日祝う事になっている位だから」
善意からの申し入れだろう言葉に、暫しの間士郎が唸っていたが、やがてゆっくりと頭を振った。
「ありがたいお申し入れですけど……やめておきます。予定によっては明日、来られるとも限らないので」
「そうか。いや、余計な事を言ってすまなかったね」
「気にしないで下さい。まあ、明日直接、来られたらその時に買いに来ますから」
そう言うと、紅茶のカップを口に含み、中身を飲み干すと同時、椅子の背もたれに掛けていた革ジャンと伝票を手に立ち上がる。その様子に、アリサとすずかが、慌てたように口を開いた。
「し、士郎さん! 自分の分は自分で払いますよ!」
「良いって。久々に楽しい話が聞けたから、俺が払っとくよ」
「でも……」
まるで自分が悪い事でもしたかのようなすずかの反応に、苦笑を浮かべる。
「そうだな……じゃあ、もし覚えていたら、今度会うときにでも返してくれるか? また面白い話を聞かせて欲しいから」
「は、はい! 勿論です」
「まあ、どんなものでも借りたままなのは後味悪いし……それ位はお安い御用ね」
そう言う二人の姿に、再度微笑みかけると、徐にレジへ向けて歩き出した。
これでまた約束が増えてしまった。最も、これを果たす事が出来るのかどうかは……二分八分、と言った所だろうが。
無論、二分がどちらなのかは言うまでも無い事だろう。
そんな事を考えつつ、成るべく怪しまれない程度に早足でその場から立ち去る。
この事については、かえって一度、シグナム達を交えて話し合いをする必要があるかもしれない。そう思いながら。
自分の家の扉が開く音に気付き、高町なのはは視線を前に向けた。
管理局での精密検査とミーティングの関係で、アリサ達とは別行動になったのだが……フェイト自身には特に後遺症も無く、事後の経過も良好とのお墨付きを貰い、今一緒に帰ってきた所であった。
おかげで明日のはやてのお見舞い関係の話が曖昧になってしまったので、アリサ達は今頃、首を長くして待っていることだろう。
フェイトに関しては一日早い高町家のクリスマスパーティに誘うという名目があったのだが……まあ、それは今は関係無い。
「あれ……?」
「どうしたの? なのは?」
一緒に連れ添っていたフェイト・テスタロッサの不思議そうな声にも構わず、今しがた出てきた影を目で追う。
特徴的な赤い髪は紛う事ない、確かな存在感としてその姿を印象付けている、そんな姿の男性だった。
忘れもしない。今月の初めに出会った、寂しげな眼差しの少年、その人のものと酷似する。
「……士郎さん?」
衛宮士郎と名乗った少年に似た姿が、徐に翠屋の扉を開けて出てくる所だった。
「知り合いなの?」
「うん。ちょっとね」
まだ、12月の初め、出会ったばかりの少年の姿を思い返しているうち、ふと視線を横に向けると、隣のフェイトの様子がおかしい事に気付いた。
「うーん……」
「どうかしたの? フェイトちゃん?」
「え?」
まるで、何かを思い出そうとするかのように歪められる顔と表情。
なのはに声を掛けられて、漸く気付いたのだろう。フェイトの方が、その言葉に驚いたようになのはに向き直った。
「何か考え事? 士郎さんの背中を見ていたみたいだけど……」
「う、うん。その……」
どうしたのだろう。普段の彼女らしくない。
そんな事を考えていたなのはだが……再度問い掛ける前に、実家である翠屋の前に何人かの人が集まっている事に気付いて、そちらに向けて声を掛けた。
「あれ、すずかちゃん? アリサちゃんに……お父さんも?」
「なのはちゃん」
「全く、やっと来たわね」
そんな事を言いながら、やや尊大にやれやれと声を掛けてくるアリサに対し、ごめんなさいとばかりに笑いかけていると、背後の一際大きな影も、こちらに漸く気付いたように声を掛けてきた。
「おかえり、なのは」
「うんただいま。お父さん、今いたのしろ……衛宮さんだよね?」
咄嗟に、士郎という名前が同じことを思い出して言い換えるなのは。まあ、自分の親にさん付けは無いとは言え、同じ名前が二人いると少し混乱してしまう事は確かである。
「ああ。何でもケーキの予約に来たそうなんだが……予約を取る前に急用があったと言って帰ってしまってな」
「そうなんだ」
そうすると、もう少し早ければ会えたということだろうか。残念ではあるが……まあ、今回は縁が無かったと思って諦めるしかないだろう。
「そうそう。何か結構慌てていたような感じだったわね。余程焦ってたんじゃないの?」
「ふーん。って、アリサちゃんもすずかちゃんも、衛宮さんと知り合いなの?」
「…………」
「…………」
「え、えっと?」
何故か無言で顔を見合わせるアリサとすずかに、なのはの方が困惑してしまう。
何か気になるような事を自分が言ったのだろうか? そう思って見ていると、慌てた様子でアリサが口を開いた。
「ああ、ごめんごめん。ただ、『本当に多いなぁ』って思っていただけだから」
「?」
「気にしないで良いわよ。それよりも、なのは達も明日の件で来たんでしょう? 早くさっさと決めてしまいましょう」
「う、うん……」
釈然としない何かを感じながらも、黙ってアリサの言う通りにするなのは。
そんな時、ふと、横で今までの遣り取りについて、何も言ってこない存在を思い出して、徐に声を掛ける。
「フェイトちゃん?」
只管(ひたすら)何かを考えていた様子だったフェイトの方は、なのはの再度の問い掛けに自分の状態を感じ取ったのか、少々慌てた様子になった。
「あ、う、ううんごめん。なんでも無いんだ……なんでも」
「なによ。まさかフェイトまで『衛宮さんと昔会った事がありそう』とか言うわけ?」
「……え?」
そんな風に驚いた様子のフェイトに、まさか本当にそうなのかとばかりにアリサが顔を寄せてくる。そんな状態が分かったのか、慌てた様子でフェイトが身を引いた。
「ち、違うよ、そういう訳じゃなくて……衛宮士郎さん? とは私は会うの初めてだし……」
「じゃあ何? 別の考え事?」
「うん。会った事は無いはずなんだけど……似たような人の背中を、昔どこかで――――」
全くの見覚えが無いとか、ただの見間違いならばそれはそれで良いだろうが、その様子に、なのは達は不思議そうに顔を見合わせる。
だが、なのは達が何かを言う前に、フェイトの方がすまなそうな顔で頭を振るうと、元通りの笑顔で答えていた。まるで、心配をかけて申し訳ない、とでも言うように。
「多分気のせいだと思うから……ごめん。明日の話をしよう」
「……まあ、フェイトがそう言うのならば良いけど。そうね。取り敢えず、はやてのお見舞いの話をしましょうか」
そう、アリサが纏めてくれた事に笑顔のままフェイトが頷き、そのまま踵を返して中に入ろうとする。
だがなのはは、フェイトの様子に何か思う所が合ったらしい。先程士郎たちが座っていた席へと、今度はなのはたちが腰掛けながら、念話だけで、フェイトに対し確認を取ろうとする。
『フェイトちゃん、士郎さんの背中に見覚えあるって……ひょっとして、この前の件?』
純粋な疑問のような言葉。そこに含められた意味にフェイトの方が少々驚き……しかし言われてみれば確かにというように同意する。大よそ、自分でも分かっていなかった心のうちを明かしたような感じだった。
『……うん。数日前に、シグナムたちと戦ったときがあったでしょう? あの時に感じた……あれ? でもなのはにこの話はしたっけ?』
『…………』
ふと気になった事を言うフェイトに対し、なのはは暫し無言になる。
先の件……なのはたちとは別行動をしていたフェイトが、砂漠の管理外世界で出会ったシグナム達について、出来るだけの話はしたのだが……しかし、その件を結び付けられるような事は話していなかった気がする。
勘が良いのか、それとも……。
「でも、士郎さんとすずかちゃん達はどこで会ったの?」
「……そう言えば言ってなかったよね。なのはちゃん達には」
「?」
話の話題として、振っただけなのだが、なにやら意味深な反応が返ってきて、フェイトと共に顔を見合わせるなのは。
そんななのはの反応に、アリサが面白そうな顔で言い始める。
「ほら、いつかすずかの家に執事が来たって話してたじゃない。あの時雇っていたのが士郎さんだったそうよ?」
「……え?」
予想を上回る回答に、さしものなのはも呆然とした様子を禁じえない。
「聞いた所によると、士郎さん家族を探しているらしくて……雇った時の話は詳しくは知らないんだけど、一人でこの海鳴まで来たんだって」
「うそ……」
思ってもみなかった言葉に、再度なのはの表情が驚きに固まる。
更にすずかから詳しい説明を聞くところに寄ると、詳細は不明だが、どうやら彼自身は天涯孤独の身で、家族同然の付き合いをしていた人を探しに来た、という事までが分かった。
なのはには観光で来たと言っていたはずだが……かいつまんで聞いただけでも、かなりハードなすずかの背景説明に、さしものなのはもフェイトも言葉が無い。
「成る程、そういう事情があるのか」
「……お父さん?」
ふと、自分の父親が言った言葉に気付き、なのはが顔を上げる。
そんななのはを見返しながら、高町士郎は、やや真面目な顔付きでなのはに向き直った。
「あの衛宮君についてだが、あの目がな……どうにも何かを決意したような感じがしてな」
「え?」
「お父さんの昔の仕事の関係でな。ああゆう目をした人を何人か見た事があるんだが、若いながら相当揉まれてきた目をしてる。恭也とそう変わらない位の年だとは思うが……一体、どんな経験をすれば、あんな目をするようになるんだろうな」
そう言って、若干痛まし気に目を細める父に、なのはもあの時の思いは間違いではなかったと自覚する。
遠く、ともすれば消えてしまいそうな……何かを諦めて、でも何かを諦め切れなくて、そんな風にもがき苦しむかのような悲しげな視線。
話の雰囲気が少し暗くなってしまったからだろうか、取り成すようにアリサが笑顔で多少強引に話題を変える。
「でも、士郎さん、まだ海鳴にいたっていうのが驚きだよね」
「うん。てっきりイギリスに行ったものだとばかり思っていたんだけど……」
すずかの何気ない言葉に、反応したのはフェイトだった。
「イギリス?」
「うん。親戚の知り合いがそこにいるんだって。どうもはやてちゃんと関係あるみたいだけど……」
「はやてちゃんと?」
思っても見ない言葉が出た事に、更に何かを聞こうとしたなのはの言葉だが……そこでぴたりと止まった。
携帯に着信。ふと隣を見てみると、フェイトの方にも同じ内容が来たのだろうか、なのはと同時にコールが鳴っている。
「あれ……?」
「どうかしたの?」
「あ、う、ううんなんでもないの」
その着信を見たなのはが驚いたような声をあげた事に、アリサ達が不思議そうな顔をするが……取り敢えず一言だけ断ると、徐に人のいない所へと向けて歩いていった。
その着信の出所。
フェイトの家から……つまり、今もまだ機能している、闇の書の情報収集班からの着信に、何かあったのだろうか、と徐に通話ボタンを押して電話に出る。
『なのはか!』
「ク、クロノくん!」
開口一番、そんな大声が聞こえた事で、なのはに驚きの表情が浮かんだ。
クロノ・ハラオウン。管理局執務官として、今日本局の方に行った時にも仕事だと言っていたはずの本人からの唐突な言葉に、さしものなのはも驚いてしまう。
しかし、それも束の間、その驚きを気にする暇も無いのか、開口一番こんな事を言ってきた。
『すまん、今時間のほうは空けられるか?』
「ど、どうしたの、急に」
なにやら切羽詰ったような物言いに、さしものなのはも答えに窮するが、それを気にする事も無いかのようなクロノの物言いから、それがかなり重要な案件である事が分かる。
闇の書について、何か大きな動きがあったのだろうか。もしかしたら、闇の書の主に関する情報に、新たに何か分かった事でもあったのだろうか?
『闇の書に関する事件で動きがあった。取り敢えず情報を整理したいから、フェイトと一緒にこっちに来てくれ! 着いたら詳しい説明をする!』
「! 何か分かったの!」
驚いたようななのはの声は、その実、クロノの次の声で、更に信憑性のあるものに変わった。
クロノのその言葉から、始まる意味を、確かな物にするかのように。
『闇の書について、あの仮面の男達の正体が判明したんだ! それに伴う主の行方も、大本の事を今聞きだしてる所だ。状況はどうあれ、恐らく時間の問題だろう』
「じゃあ、闇の書の居所もこれで……」
そう聞いて、取り敢えずほっとするなのは。だがクロノの方はそうでもないらしい。電話越しの雰囲気からそれを感じ取ったなのはが、再度口を開いた。
「何かあったの? クロノ君、安心できてないみたいだけど……」
『…………』
無言。実際には数秒の沈黙が、数十秒の間のように思えて、さしものなのはも、少々息苦しく感じてしまう。
ややあって、クロノの方が、その重い口を開いた。
『ああ。確かに闇の書に繋がる手がかりは得られたといって良い。だけど状況的には余り猶予が無いんだ』
「? どういう事?」
『仮面の男についてなんだが……僕が計画犯……やはり管理局内の人物だったけど、彼を拘束したと同時に実行犯に向けても武装隊を派遣したんだけど、間一髪の所で逃げ出しているんだ。その実行犯の方が、まだ捕まっていなくて――』
クロノ曰く、実行犯をこのまま放っておいた場合、どんな行動に出るか分からないという。三日間掛けてクロノ達も実行犯の行方を追っていたのだが……どうやら未だに逃げ回っているらしい。
ふとなのはは、クロノの言葉に、何か含みがあるのを感じ取った。
クロノの電話越しの態度に、まるで、気心の触れた知り合いであるかのような雰囲気があるためだろうか。
もしかしたら、彼の知り合いが、管理局の裏切りに関係していたのだろうか。
「ねえクロノ君、もしかして、管理局の犯人って――――」
クロノ君の知り合いか、という前に、クロノの方から淡々とした答えが返ってきた。
実行犯のその名、なのはも会ったこともあり……それどころか、本局で数日前まで顔すら合わせていた人物。
ギル・グレアム中将とその使い魔、リーゼロッテ、リーゼアリア姉妹。
結局この後、アリサとすずかからとの打ち合わせは明日に伸びてしまったが……あのまますずかの話を聞いていれば、また違った展開もあったのだろうが、この時のなのはは、全くと言って良いほど、状況を知る由も無かった。
そして、状況は、更なる加速を続ける。折りしも、誰かの決められたシナリオを破ろうとする、その修正力のようなものを伴いながら……ゆっくりと、しかし確実に。
Vol.2へ続く
タニモと申します。
新作読ませていただきましたが、非常に面白いです。
次の更新を楽しみにしております。
お体にお気を付けつつ、頑張ってください!
P.S
A'Sとのクロスだということなのですが、
A'S編が終わっちゃうと、Sword of A'sは終了しちゃうのですか?それとも続編が…?
今のところどうお考えなのか、答えが聞きたいです。それでは。
少し遅れましたが、誤字の指摘と感想を述べさせて頂きます。
では、まず不躾ですが誤字の指摘からです。
>一緒にいられる時間を多く作ろうとするその姿勢を攻めることは出来ない。
「攻めること」は「責めること」ではないかと思います。
>その顔が不振さに変わる前にに、士郎が少々強引に話を変える。
「不振さ」は「不審さ」だと思います。
>それを始めて聞いた瞬間は、何の間違いかと思ったのだが、どうやら本当に魔導士らしい事を知って、更に驚愕したのは記憶に新しい。
「始めて聞いた」は「初めて聞いた」ではないかと思います。それと「リリカルなのは」の魔法使いたちは、「魔導士」ではなく「魔導師」です。間違えやすいですので、お気を付け下さい。
>感が良いのか、それとも……。
この場合は「感」ではなく「勘」だと思います。
>「! 何か分かったの!」
この部分は、なのはが「よく分からないけど分かった」と言っているように感じられます。彼女の語尾は特徴的なので。
最後に「?」を入れると「何か分かったのか?」と訊ねている事になって、分かりやすくなるかと思います。
>『仮面の男についてなんだが……中略……その実行犯の方が、まだ掴まっていなくて――』
「まだ掴まっていなくて」は「まだ捕まっていなくて」ではないかと思います。
>クロノ曰く、実行犯をこのまま放っておいた場合、どんな行動に出るか分からないという。三日間掛けてクロノ達も実行犯の行方を追っていたのだが……どうやら未だに掴まっていないらしい。
ここも「掴まって」は「捕まって」だと思います。
ここから、感想です。
序盤のほのぼな感じから一転して、士郎がなのは達とニアミスしたり、リーゼ達の逃亡があったりと……波乱含みの始まりとなりましたねぇ。
前回の引きで「まさかすんなり捕まらないだろう」とは思っていましたが、逃げおおせてしまうとは。流石にゃんこ師匠’s(w
しかし、クロノなら万全を期して包囲陣を作ってからグレアムやリーゼ達の拿捕に踏み込んだでしょうし、逃亡した姉妹も結構なダメージがありそうです。
そのまま追いつめられた精神状態で、なりふり構わない手を使ってくるとしたら……かなり荒れるでしょうね。
TV本編には無かった「クロノvsリーゼ」と言ったバトルも実現するかも……と期待しつつ、次回の更新を楽しみにさせて頂きます。
長い間投稿してないようですが止めてしまったのでしょうか?いち読み手として続きを楽しみにしています。