[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
アリサ・バニングスと言う少女は、世間一般の常識から言えば「お嬢様」といって良いだろう。
腰まで靡くブロンドと翡翠の瞳、常に自信ありげな態度から少々気性が荒い面があるものの、九歳にして学業、運動、趣味その他で遺憾なく才能を発揮し、眩しい太陽を思わせる癖のない明るさと含めれば、将来的には十分立派な貴婦人(レディ)として成長するだろう見込みはあった。
本人がやたらと庶民的な事もあり、今の時点ではそう認識する者の方が稀ではあるが、それでもふとした時にそんな生まれ持った「格の違い」が現れることはあった。
例えば、この少女が通う学び舎である私立聖祥大附属小学校において、専属運転手付きのハイヤーで乗り付け、あまつさえ「お嬢様」と呼ばれ傅(かしず)かれたりするのがそうだ。
だが、そんな状況を吹き飛ばしてしまう例外も……たまにだが、ある。
「…………」
無言で見つめ上げるその顔は、信じられないという表情で固まっていた。
きっかけは、何でもない事だった。高い木に登った子猫が下りられなくなったということだけ。
その事に気づいたアリサが、木の上を登って行って、捕まえたのは良いがそのままバランスを崩し、あれよあれよという間に落ちていってしまっただけの話だ。
誰かの悲鳴が聞こえる中、アリサはどこか人事のように、冷静な部分で判断していた。
ああ、このままだと落ちるな、と。
取り合えず子猫の安全だけを主眼に、反射的に受身を取ろうと身体を丸めた……その瞬間。
考えられるだろうか。
まるでテレビの中のヒーローのように、颯爽といった様子で駆けつける人物がいる等と。
一瞬の浮遊感から、まるで壊れ物を扱うようなやさしい温もりが一瞬だけ自身の体を包んだ……と思った瞬間、大きな音と共に目の前を強大な影が覆う。
体感したのはほんの数秒か、思わず目を瞑ってしまったためまるで一時間以上体感していたように錯覚したが……気が付けば、揺れは殆ど収まっていた。
恐る恐る開けた瞳に入ってきた顔に、彼女は驚愕することになる。
「っと……大丈夫か?」
赤い髪に、執事服を違和感なく着こなす年上の少年は、困ったように笑いながら、そんな少女に対し頬を掻き……つ、と流れ落ちた一筋の血がその手を染める。
「! 血が!」
「へ?」
まるで今気がついたと言う様に、キョトンとした顔で腕……鋭い枝の刺さった二の腕の部分、そして、そこから滴る血を見つめる顔、それを見た時……何故かアリサはぞくり、と悪寒が背筋を走るのを感じた。
この人は、自分を助けることに躊躇しなかった。死に物狂いと言う訳ではないが、それでも相当な無茶をしたことには変わらないだろう。平然としているので大した事無い可能性もあるが、十中八九やせ我慢の類だと、アリサは想像した。
自分に対して傷みを見せることを、年上の意地として拒否しているのかもしれないが、それにしてもまるで今気付いた、と言うようなその表情は、一般的な人間のそれから言えば、異常に写るものである。
更に言うならば、罵倒も叱咤もなく、ただ「良かった」と心からの笑顔であろう……それを向けられるのは嫌ではないが、血を流しながらでは逆効果であろう。取り合えず、スプラッター映画の登場人物のようで、見た目余りよろしくない事は確かである。
余りにも規格外なその少年……衛宮士郎の行動に対し、今日何度目かになるか判らない呆然とした様子のアリサは、士郎の続く言葉に即座に反応できなかった。
「取り合えず、立てそうか?」
「え……っ!」
士郎からの言葉で、自分がどのような状態だったのかを理解したその瞬間、火が出そうな表情で……先ほどの士郎への疑問よりも羞恥心が勝り、子猫を抱えた状態でなるべく早めに離れようと、その手から滑り落ちる。
さり気さを装いつつも、若干頬が赤くなってしまっているのは……まあ、仕方の無い事かもしれない。こほんとわざとらしく咳払いして誤魔化そうにも、タイミングが悪い。
ここから離れた場所で自分たちを呼びかける声に、さて、どう対応しようかと悩みながら……事、ここに至るまでの経緯を思い出す。
切欠は今日の昼休み、友人の月村すずかの変化を問い正した所から始まる――――。