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Sword of A's Act.12


 あれから数日間は平和な日々が続いた。

 当初は八神家と月村家、その両方に足を伸ばしていた士郎だったが、ヴォルケンリッター達の要望により、拠点を八神家へと変えることになっていた。

 建前上、イギリスにいた時期に、はやての今の養父とも言える存在「グレアムおじさん」と知り合いになり、その家族……シグナム以下ヴォルケンリッターに偶然海鳴で出会ったという事にして、彼女たちの強い要望で引っ越すことになった旨は、月村の人たちに告げた。

 流石に出来過ぎた嘘と思い、何かしら感付かれる事も考えた士郎だったが、すずか達は特に突っ込んだ事は聞いて来なかった。それどころか、士郎が家族に繋がる手がかりを得た事を、素直に祝福してくれさえもした。つくづく出来た人達である。

 ただ、どこか気落ちしてしまったようなすずかや、顔に出さないまでも残念そうな雰囲気のノエル達の顔を見ながら「一寸片付けない用事があるので、終わったらまた手伝わせて貰う」という守る保証も無い約束をしてしまったのは……士郎自身も甘く、そして残酷な行動であったと言わざるを得なかった。

 ヴォルケンリッターのメンバー、特にヴィータは、自分のその行動を呆れたようだったが、シグナムやシャマルは特に何も言って来なかった。彼女たちにもそういう覚えが有るからなのだろうか?

 

 そんな日が幾日か過ぎた、とある日の午後の事。

 それは、唐突に起こった。

 

12月15日 PM 3:00 海鳴市中丘町

 

「変身魔法?」

 振り向いた自分に、こくりと、シャマルは頷いた。

 八神家の午後。シグナム、ヴィータ共に蒐集に出かけてしまい、今は居残り組みとして、すでに日課となってしまった八神家の掃除の最中の出来事である。

 ザフィーラ以外の男手と言う事、時にははやてすら舌を巻く家事技能を見せる士郎という存在は、現在、八神家にとって無くてはならない存在になりつつあるが……表向き、はやての前では何でもないように振舞う士郎の胸中は、態度とは裏腹にかなり複雑である。

 今も蒐集という行為を行っているであろう他の守護騎士達に対し、シグナム以下、何とかやめられないものかの是非を説いたのだが……答えは変わらない。ヴィータなども、出会った当初に比べればかなり態度が軟化してきていたが、その話をする時には露骨に嫌そうな顔をする。

 一度だけ『視察』の目的で、ヴィータと共に蒐集に出かけたのだが……案の定、ヴィータと揉めた末、シグナムからは「こちらから呼ぶまでは、主はやてのそばにいてくれ」という(彼女の本来の思いとは別なのかもしれないが)事実上の戦力外通知を貰った。

 しなければはやてを救えず、したらしたで犠牲者が出る。命が助かれば良いなどという言葉で納得する程、士郎も平和ボケはしていないが、さりとて、彼女たちの行動を完全に否定する事も出来ない。

 協力すると言っておいて、その実、救える者を救う為に矛盾した行動を取る士郎は、端から見ればかなり鬱陶しい、偽善者に見えることだろう。それを自覚しただけで更に鬱屈した気持ちが心に溜まってしまう。良くない傾向ではあるのだが、それを止められないのだ。

 気遣いではないだろうが、士郎がやってきてからは、始めて蒐集行為をやったときも含めて、極力人ではない魔法生物……「向こうの世界」で言う、幻獣の類に近いモノ達に焦点を絞り、魔力を掻き集めていると言っていたが……相手が何であれ、今更の方針転換を免罪符には出来ないだろう。

 迷い、答えを出せずにいる自分。そんな風に、見えない所でどうにも燻(くすぶ)ってしまう士郎の気持ちをフォローするかのように良く声を掛けるのが、守護騎士の中では今の所、最も士郎と一緒にいる事が多いシャマルであった。彼女なりに、士郎の事を考えてくれているのかもしれない。

「ええ。士郎君、こちらの魔法の事は色々聞いていたでしょう? だから万一の事態に備えて、士郎君も変装しておく必要があるかもしれない……と思って」

「変装……」

 こちらの魔法の事は何度か耳にしたが、士郎にとってまず驚いたのは、その応用力と利便性の高さである。

 デバイスと呼ばれるツールが戦場での切り札になると言う発想は、魔術師と魔術礼装の関係に近いが、礼装が(一部例外もあるが)限定的な故に絶大な効果を発揮するのに対し、デバイスの特徴は基本的にプログラムに魔法を組み込み、暫く鍛錬すれば、攻撃、防御、加速といった種類の違う一連の行動を、デバイス自身が補助して行ってくれる事だろう。

 極論ではあるが、礼装ならば幾つか持ち合わせなければ相応の効果を発揮できない事柄も、デバイスならば、たったの一つ持っていれば良い事になる。待機状態のデバイスが、ちょっと洒落たアクセサリー程度の大きさである事も考えると、本当に大した技術力だと唸らざるを得ない。

 まあ、執行者や代行者のような戦闘を主とする者ならばまだしも、普通の……隠匿や研究が基本の魔術師において、その様な多機能なツールなど宝の持ち腐れに近いので、結局は適材適所、といった話になるのだが……。

「……やはり、管理局に姿をばらさない為に?」

「ええ、その……」

 暫し考え込むように脱線した思考を振り払うと同時、疑問に思った事をシャマルにぶつけてみる。案の定と言った所か、口篭(ごも)るシャマルに、士郎は苦笑した。

「いや、構わないですよ。俺が戦わなければならない時に、顔がばれたらそれこそ一網打尽だろうし」

「…………」

 自分の能力を鑑みれば分かる事だが、「創る」事に長けた衛宮士郎の魔術では、どうしても能力に穴が出てしまう。

 と言ってもこれは自分に限った事ではないのだが……身体的な速度や戦い方は魔術や体術で補えても、事、移動については、士郎自身、魔導師というものに遠く及ばないのは事実である。

 存在の隠蔽という点では現時点で魔術は魔法に勝っているとは考えているが、今までの相対が幸運だっただけで、いつまでも主導権を握れるような強みではない。自然、士郎が戦場に行く場合には、誰かの随伴が必須事項となるのだが、戦場でそんな余裕がいつまでも続かない事は、士郎が一番良く知っていた。

 言わば、彼が動くという事自体、一種の博打でもあるのだ。それ以前にも何らかの邂逅があった際、リスクを少しでも減らす為に、変装で身を固めるという考えも、自明の理というものだった。

「闇の書の蒐集も大詰めである現状、打つ手は成るべく早めに打っておくっていうのは俺も賛成だし」

「……その、ごめんなさい。あんまり良い言い方思い浮かばなくて」

「良いですよ。慣れてるし」

 そんな風に、一種穏やかとさえ言える空気で話す士郎に、シャマルがさらに申し訳なさそうな顔をする。流石にそんな空気をさせておくにも限界があるため、士郎の方が今度は苦笑しつつ話を本題に戻すのも、いつも通りだった。




 さて、とばかりに仕切りなおしたシャマルの元で、士郎の方は悩ましげにうーん、と唸りつつ、腕を組んでいた。

 実際の所、変装するだけならばサングラスにコートでも良いと思ったのだが「流石にそれはやめた方が良い」と妙に実感の篭った熱意でシャマルが語っていたので、結局はどういう姿にするか迷う事となった。

「……うーん、俺には特にそういうのは思いつかないんで、何でも良いと思います、けど……」

「じゃあ私達の前に現れる正体不明の彼みたいに仮面でも付けてみる? 衣装を着物っぽくしてみたりとか、鉄扇持ってみたりとか」

「……いや、別に良いですけど、何故にそんなピンポイントな小物指定?」

 暫くの間考え込み、取り敢えず考え付いたものを色々と試すという結論になった際には、若干の疲労と共に、士郎はその顔に苦笑を浮かべていた。

 この疲れは記憶に嫌と言うほどある。イギリス時代に女性陣と買い物に行った際に感じる、『あの』疲れである。

 このような真面目な場で、そうやって息抜きをしている場合でもないのだろうが……どうやらわざわざ仕切り直したにも関わらず、本来の意図を若干ながら忘れている様子である。まあ彼女なりの気遣いと考えれば、悩みの解決にはならないものの、気分転換には良いだろう。

 そして結論が出たのか、一言断りを入れたシャマルが、デバイスである「クラールヴィント」を掲げ、徐に詠唱を始めた、と同時、魔法のものだろう、まるで包み込む霧が発生するかのように視界を覆っていくのを感じながら……士郎の意識は白く塗り替えられていった。

 

 

「~♪」

 八神はやては鼻歌を歌いつつ、手にした大きな金十字を象(かたど)った表紙の、分厚い本……闇の書を眺めていた。

 彼女のもう片方の手にタオルが握られている事から察するに、闇の書の手入れ中なのだろう。何でも無いような事に見えて、その実、闇の書を家族の一員として見ているはやてにとって、下の妹か、又はペットでも世話をする感覚なのかもしれない。

 士郎が家に来て、元の通りとは言わないまでも、それでもシャマルと二人きりだった頃から比べると目に見えて明るい表情が増えていた。

 それは士郎が話す言葉だったり、生真面目な士郎をからかったりする時に見せる士郎や守護騎士とのやり取りだったり、色々である。中でも、士郎の反応は、自分よりも年上なのかと疑うほどに純情で面白い。

「やっぱり、ええ反応や、士郎さん。最近はちょうやりすぎかなー思うけど」

 あははーと笑いながら闇の書に話しかけるが、当然、闇の書からは返事は無い。

 闇の書に人格があると聞いた時に、はやてはこうやって話しかけるようにしており、闇の書の方も、たまにこうやって聞きに来たりしていた。

 流石に人目のある所では自重するが、病院や家などに篭りがちなはやてにとって、今では数少ない楽しみの一つになっていたりもする。

「……でも」

 そんな少女の顔が、徐に曇った瞬間、闇の書を拭く手もそれに合わせるかのようにピタリ、と止まった。

 その悩むような表情に、気遣うように闇の書が少しだけ浮き上がる。その反応に、慌てて取り繕うように笑顔を浮かべながら……はやては思考の只中に没する。

(士郎さん、何か無理してるような気ぃするなあ。ほかの皆も何か隠してるとかそんな感じやけど……士郎さんのは何処か違う言うか……)

 そうやって皆と騒ぎながらも、士郎の瞳には、何処か悩むような光が見え隠れしている事を、はやての方は何となくではあるが勘付いていた。

 それは、どこか似た要素を含む彼と彼女だからこそ感じられる……言わば、シンパシーとでも言うものかも知れない。

 士郎自身の境遇は、はやてがすずかの家の「お泊り」から帰って来た時に聞いていた。

 まさか、こことほぼ一緒の世界の地球からやってきた異世界人という事には驚いたが……シグナム達のような存在を知っていた為か、それほど疑問には思わなかったのは、流石に常識を逸脱しすぎだろうか?

 両親も、五年間育ててくれた養父も亡くした士郎は、それでも周りの人々と共にしっかりとやっていたのだと言う。それを聞いた時、はやてが自分もしっかりせねばと改めて感じたのは言うまでも無い。

 ただ、そこから……士郎の昔話から、彼が何かしらに悩んでいる事を確認する事は出来たが、それがどのようなものであるのかは、彼女は詳しい事は聞いていなかった。

 なぜ悩んでいるのか、問い質したい気持ちは無論ある。だが、本人が話さない以上、それを大っぴらに聞く事は流石に躊躇(ためら)われた。

 まあ、これは自分のような他人が足を踏み入れて良い問題ではないのかもしれないが、罷(まか)りなりにも家族として見ている存在を助けられないというのは、どうにも歯痒かった。

 士郎だけではない。シグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラであってもそれは同様である。

 ふと、首に掛けたアクセサリーがしゃらり、と音を立てた事に気付き、セーターの中に腕を突っ込む。

 その手が握り締めていたのは、あの時、士郎が落として行ったという、赤い宝石のペンダントだった。

 当初、これを士郎に返そうとしたはやてだったが、士郎の方は何故かはやてが預かっているように頼んだ事が印象的だった。
 
 曰く、自分が命を取り留めた大切な物だから、ひょっとしたらお守り代わりになるかもしれないとの事だった。流石にこんな高価な物を身に着けるのには抵抗があったが、士郎がそう言うからには……という事で、大事に預かっていた。

 それを見つめながら、しばし、考え込んでいたはやては、一度、ブルブルと首を左右に振りながら、無理やりに笑顔を浮かべた。まるでそれが自分の仕事だと言わんかのように。

(どっちにしろ、士郎さん自身が話とうない事は聞いても無駄や。まあそれでも、いつか話してくれると良いんやけど……)

 兎に角、こんな風に自分が塞ぎ込んでいても仕方が無い。また今度、それと無く聞き出して見ようと思いながら、手入れの終わった闇の書を元の本棚に戻し、居間へ向かう。

 近所の和菓子屋のどら焼きをお茶請けに、士郎達とお茶でもしようかと居間へと向かったはやては、

「え――――?」

 その瞬間固まった。



 それは、何処かの城だった。

 強大な敵を前に、戦えるのは一人しかいない。

 主である彼女はその命を出す事を一瞬躊躇い――それでも、決然とした態度で命令する。自分達が逃げる間の足止めをしてほしいと。

 誰もが死ぬと分かっていた。だからこそ、最後の言葉を聞こうとした彼女に騎士がこう言った時には、その場の皆が驚いた。

「ああ、時間を稼ぐのはいいが――――」

 それこそ、その辺に散歩にでも行くかのような、気楽な言葉。それが当然であるというように、言ってのける気概。

 


「――――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 ぞぐんとした、あの時と同じ痛みが現れるのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

「あれ……?」

 そんな言葉を言うシャマルに、薄く目を開ける。

 あの後、暫く白い世界を彷徨っていたのが嘘の様に、瞼に刺す光に目を細めた。

 夢心地というには少々異なるが、それは自己のイメージに没頭する日頃の魔術鍛錬に似て非なる感覚だった。

 シャマルが何をイメージしたのかは、分からなかったものの、徐々に体の感覚が戻るのを感じながら、やがて、回復した視界に飛び込んできたのは、呆然としたようなシャマルの姿だった。

 まるで、何か手違いがあったかのように言葉無く佇むシャマルに不穏なものを感じ、訝しげに眉を潜めつつも、静かに問いかけてみる。

「あの、シャマルさん?」

「……ええと、士郎君、よね?」

「? ええ、そうですけど――――」

 一体何が、と続けようとした士郎の言葉が止まる。

 士郎の視線、そして声に違和感。視線はつい先ほどとは比べ物にならないほどに高く、声は先ほどよりも若干低い。

 自分の腕を見据えてみて、それがいつぞやのような黒い肌を晒している事に、声にならない驚きを浮かべた。

(まさか……)

 慌てて、部屋にあった鏡に視線を向けてみた。そこに映し出された姿に、溜まらず、息を呑む。

 朽ちた白色と評しても良い、艶(つや)の無い髪の色。

 鋭く、猛禽類を思わせる瞳と、鉄を思わせる肌の色、そして、先ほどよりも高い位置での視界の確保。

 半月前には見慣れ過ぎていた姿――――前の世界での衛宮士郎そのものの姿が、そこには映し出されていた。

「これは……」

 堪らず、まじまじと鏡を覗き込む士郎に対し、独り言のように呟くシャマルの言葉が、ポツリポツリと耳に入ってきた。

「……基本、士郎君の背をもう少し伸ばして、後は今と同じような姿にしてみようと思ったんだけど……変身魔法の暴走? そんな事有り得る筈が……」

 何やら深刻そうに一人唸るシャマルに対し、事態の理解できなかった士郎が問い返そうと口を開こうとした、その時。

 


 どさりと、まるで重いものが落ちるような音が響く。

 それが、はやてが倒れた音であると察知した士郎とシャマルが、素早く救急車を呼び、焦り気味のシャマルに何とか変身魔法を解いて貰うまで、二人の疑問は全て吹き飛んでしまっていた。

 


12月15日 PM 6:37 海鳴総合病院

 


 夕焼けもとっくに落ち、夜空に星々が煌く頃合。吐き出す息は白く、だが焼け付くような胸の痛みにすら無頓着に、二つの影が病院に急行していた。

「なあ! はやてが倒れたって――――!」

「落ち着け、ヴィータ!」

 赤い髪に白い半袖Tシャツという、見た目が寒い格好を気にも留めず、まるで風のように病院の受付ロビーにすっ飛んできたヴィータは、開口一番、そう言う。

 幾分か冷静さが残るシグナムがそれを諌めて、顔を驚きに染める看護士達に頭を下げると、顔見知りの看護士へ向けて、丁寧に要件を告げていた。

 流石に慌てすぎてばつが悪かったのだろう、ヴィータもシグナムの一言で冷静さを取り戻し……しかし、完全には戻っていないのか、そわそわしたような、心配そうな表情で続く。

 看護士の苦笑と共に、はやてがいるであろう病室へ案内される内に、シグナムはヴィータに言い含める形で、まるで本物の姉でもあるかのように呟いた。

「シャマルから連絡があったろう。急を要するような事態には至っていないと」

「……うっせえよ。第一、シグナムだっていの一番に駆け付けようとしてたじゃねえか」

「あれは――」

 気付けば、そんな風に言い争いをしていた二人は、苦笑さらに深め、くすくすと含み笑いをする看護士に、今度は二人揃って、ばつが悪そうに頭を下げると、ヴィータの方が待ちきれなかったのか、挨拶もそこそこに扉に手を掛けた。

「はやて!」

 言い置いて、その場からダッシュしたその体は、

「え?」

「な!」

 いつの間にか目の前に現れた、士郎の鳩尾へと、まるで体当たりでもするかのような勢いでぶつかっていった。

「――っ!」

「っつ~~!」

 堪らず、その場で……士郎は腹を、ヴィータは脳天を押さえながら、悶絶する二人。

 そばで驚いた表情をするシャマルとはやてを他所に、一度だけ溜息を吐いたシグナムが、一言。

「……全く、一体何をやっているのだ」

 当人たちが果たして聞いているかどうかは疑問だったが、あそこまで勢い込んできた気勢を削がれる事は、どうしても避け得ないシグナムであった。

 

 

 はやてが突然に倒れたことは、シャマルの念話を通して知ったシグナム、ヴィータ共、神速の勢いで……ヴィータに関しては、そこに悪鬼のようなと続くが……蒐集の対象を倒し、目的地である海鳴総合病院に着いたのは先ほどの事。時間にしても大凡二十分に満たないだろう。

 そこでは既に病院のベッドから起き上がっているはやてとそのそばで談笑していたらしい士郎とシャマル、二人の姿があったのだが、聞くところによるとはやてが起き上がったのは、シグナムたちが来る一時間前だそうだ。

 その後の詳しい話は、担当である石田医師から直接話があると言われ……今ははやてのそばに残ったヴィータ以外の年長者三人、正面の椅子に腰掛ける石田と、向かい合わせで椅子に座るシャマル、やや後ろにシグナム、扉近くには士郎が控えていた。

 因みに、中に連れて行くわけにも行かなかったザフィーラは、はやての家へと帰還し、管理局の追っ手などに備えている。

「状況は……私たちにも、どういうことかわからないんです」

「わからない?」

 シャマルが発した疑問の声を石田はしっかり受け止め、深く頷いた。

「ええ。今もはやてちゃんを蝕む足の麻痺の治療もそうですが……突然の意識喪失のような症状、それが何を意味しているのかが現状わからない、と言った方が良いでしょうか?」

「それは……」

 謎掛けのような言葉に、シャマルが静かに問いかける。それに頷き返しながら、石田はため息のような言葉で後を続ける。

「はやてちゃんが運び込まれた状態は……明確には断言できないのですが、如いて言えば一種の昏睡状態に近かったと言えます。脈拍、体温、呼吸のどれもが正常でありながら、こちらからの外部刺激に全くの無反応……一時は脳障害の可能性すら指摘した医師がいるほどでした」

「! そんな!」

 思わず立ち上がりかけるシャマルを、石田医師は落ち着くように手で制す。自分の状態に気づいたのか、シャマルは表情だけは冷静さを取り繕うと、一度咳払いをしながら椅子に座りなおした。

「脳のCTスキャンの結果では、脳梗塞や記憶障害と言った深刻な障害は見られなかった……いえ、部分的な麻痺が見当たることもなかったので、その可能性は否定されたと言って良いでしょう」

 そう言いながら、しかし石田の表情は晴れない。

「良く人がショック状態で……例えば、大きな熊などに襲われたりした場合に気絶をして前後の記憶が不明瞭になる、一種の自衛行動が存在する事は、テレビなどでもご存知でしょう? はやてちゃんの場合にもそれが起こったと考えられます。ただ、なぜそのような事になったのかは……残念ながら、私たちでも状況が掴めていないんです」

 士郎やシャマルに当日に何があったのか、状況も詳しく聞いたそうだが、士郎達自身も突然の事で、殆ど何が起こったのかが分からなかったという無しの礫のような解答しかえられなかった。

 それから暫くは石田から専門的な用語を交えたはやての状態について、彼女の意見を述べた後、今後、このような状態が続くと、厳しい状況になるかもしれないとの言葉で締めた。その楽観視出来ない内容に、シャマルはただ不安そうに顔を歪める。

 本来ならば、交通事故などで脳に衝撃を受けたものが生死を彷徨う、という事では事例はあるそうだが……麻痺以外は健康体、しかも麻痺と共に原因不明という状況に、医師団も頭を抱えたいというのが現状らしい。

「兎に角、経過を見る意味で、はやてちゃんには暫く検査入院をしてもらう事になりますが……よろしいですか?」

「それは……」

 ちらり、とコチラを見たシャマルに、シグナム、士郎共に問題が無いというように軽く頷く。まあ、シグナムは兎も角、士郎の方ははやての事で何かを言うような権利は無いと思っていた為、どの道反対するような意見は述べなかっただろうが。

「少々、陳腐に写るかもしれませんが、私たち病院側も、はやてちゃんへの対応を全力で見ようと思っています。ですので、まわりの皆さんは、はやてちゃんの事をしっかりと見ていてください。彼女の内面をフォローできるのは……残念ながら、私たちだけでは限界がありますから」

 真摯に頭を下げる石田。若干驚いた様子のシャマルを横目に、そう言えば、はやての事をいつも気にしていた発言を思い出す士郎。

 彼女なりに、現状を憂いていたのかもしれない。そうでなければ、彼女がそれほどまでの行為をする理由も無い。

 腕がどうとか言うよりも、患者に出来る限りの事をする、という意味では、良い医者であると言えるだろう。

(今までが不幸だった分、周りには良い人材がいるってことなのかな)

 彼女の周りには、彼女を想う人ばかりである。それは今までの過去の清算にお釣りが来るくらいに幸せなことだろう。

 それを幸せと感じ享受出来るか、出来ないかは、また違った事になってくるのだが……。

「士郎さん」

「? はい?」

 達観した、少々外見年齢からも精神年齢からも外れた思考から帰ったとき、目の前の石田は、士郎の方を見据えて口を開いていた。

 前に純日本人である士郎がはやての知り合いだと答えた際に、「なぜ今まで来なかったのか」などと問い詰められたことがあったが、そこははやて、及び守護騎士達の口添えによって、不審な目で見られつつも事無きを得た。

 最終的にはNGOの派遣員として海外で活動しており、中々帰国の目処が立たなかった、ということで了承して貰った。まあ、実際参加したことがあるのは事実なので、特に問題なく誤魔化せられるだろう自信はあった。

 余談として、ヴィータがこの隙に何かを画策していたらしい事と、その話を病室でにこやかに話すはやてのそばで震えるヴィータが居たりもしたのだが……まあ、些細なことだろう。

「……親戚、シャマルさん達もそうですけど、貴方が来てからもはやてちゃんは色々と変りました。特に、お兄さん代わりであったという貴方がいてくれるおかげで、出来ることもあると思います」

「…………」

 兄、その響きに少しだけ郷愁が湧き出てくる。

「もし、お仕事の都合が付くのであれば、これからもはやてちゃんの事をお願いします。特に数少ない男手という事で、期待している面もあるんだと思いますし」

 石田のその真摯な表情に対するには、余りにも自分は無責任だとは思ったが……それでも士郎には、彼女への敬意を込めて、こう答えるしかなかった。

 それがどれだけ偽善で満ちていようとも、それを出す事は士郎には憚られたのだ。

「任せてください。取りあえず「何か急な出来事が無い限り」ははやてちゃんのそばにいますので」

 一礼して出る時には、士郎はシャマル、シグナムにだけ分かるように目配せをする。

 それが念話と言われる、士郎が使える唯一つの『魔法』の合図である事を悟ったであろう二人を確認し、ただ短く、こう告げたのだった。

『後で……話がある』

 

 


「お前……正気かよ?」

「……ああ」

 今までで最も鋭い視線をヴィータが向けてくるが、まるで気にもせずという表情で受け流す。視線を外して他の顔ぶれを見やれば、シャマルは未だに困惑顔、シグナムは微かな驚きにその顔を歪め、ザフィーラは黙然と士郎を見つめている。

 海鳴総合病院。その近くの公園で守護騎士と衛宮士郎は話し合っていた。

 十二月も半ば、寒風吹きすさぶその場所は会議をするにはとても困難なはずなのだが……夜のこの時間に外出する人影も無く、密談をするには持って来いの場所でもあった。

 最近の闇の書の不安定さを鑑みるに、いつ発作が起きてもおかしくは無いとは、シャマルの言だったが……それに恐怖を受けながら、自分を見失わずに蒐集行為を行える守護騎士の精神力は、やはり大したものだと言えるだろう。

 ただ、石田医師からは、楽観視は出来ないという忠告は受けていた。このような発作が次に起きれば、最悪、覚悟はしておく必要があるとも。

 その話も当然重要ではあるが、今の話し合いの主題は、それではない。

 目の前の男……衛宮士郎の言った一言が、守護騎士たちの間に浸透することで、それまで呆気に取られていたヴィータたちが、やがて本位を確認するかのように、問いかけたのが先ほどの事。

 それに対し、変わらずに頷く士郎を見たヴィータの反応は速かった。

  一瞬、魔法詠唱の光が見えたと思った次の瞬間、いきなり士郎が座るベンチの上に立ち上がったヴィータが、その胸倉を掴み上げたのだ。

「ちょ、ヴィータちゃん!」

「うるせえ!」

 突然の行為にシャマルが叫ぶが、それに倍する声音でヴィータが激し、無理矢理黙らせる。

 当の士郎は、多少苦しげに顔を歪めるだけで、真っ直ぐとヴィータを見つめる視線は揺らぎもしない。その事にさらに怒りに火がついたのか、そのままの状態でヴィータが口を開いた。

「私は、こいつの事が嫌いだよ。会ってから何考えてんのか分からない態度とって私たちを煙に巻いたりして、はやてに近づいて何かしら良くない企みを持ってるんじゃないかとも思った。
 それは今でも変わらないけど……それでも最近はこうやって話す機会があって、少しだけは認めて良いって思えることもあった。だけどよ、そんな事は今のこいつの言葉を聞いた時に吹き飛んじまったよ」

「……っ」

 まるで額を突き合わせるかのように近くまで引き寄せるヴィータに、流石に苦しげに士郎が唸るが、ヴィータはまるで気にしないかのように後を続ける。

「お前は私達を馬鹿にしてんのか? はやてのそばにいろって言ったのは管理局の事もあるけど……悔しいし私は反対したけど、私達がいられない間、はやての事をお前に託してんだよ! それなのに、それをお前はあっさりと投げちまうつもりか? ふざけるのも大概にしろ!」

「…………」

「何とか言えよ! この――――」

 黙って、静謐な瞳で見上げる士郎に対し、業を煮やしたヴィータが拳を振り上げるのを慌てた様子でシャマルとシグナムが止める。それでも暴れだそうとするヴィータを何とか諌める彼女達に対し、それまでやや俯きつつも黙って聞いていた士郎が口を開いた。

「……確かに、結果的にそうなってしまうかもしれない……それは否定しない。だけど、それでもこれが俺が考えた『答え』だ。いつまでも俺だけが無関係でいるわけにもいかないし、場合によってははやてちゃんを最も安全に保護できる可能性もある。何より――――」

 そこで一度言葉を切り、顔を上げる。守護騎士達を見据え、あくまで淡々とした口調なのは変らない。

「――――何かあった時に『切り捨てる』事が出来る人数は、少ない事に越した事は無いだろう?」

『……っ!』

 そこまでの言葉を士郎が言った時だ。

 いきなり岩を殴るかのような、固いもの同士がぶつかった時特有の鈍い音が鳴り、士郎の顔が九十度ほど左にブレる。

 ベンチから崩れ落ちる体を片手を地面に付ける事で何とか支える士郎。それを視界に治めた少女の方は、それでも満足出来なかったのか、更に殴りかかろうかとするかのように拳を振り上げるが、それは済んでの所でシグナムに押さえられた。

「落ち着け! ヴィータ!」

「うるせえ! この馬鹿野郎にはもう一発ぐらい入れないと気が済まないんだよ!」

 先ほどとは比べ物にならないほどに激しい怒りに、さしものシグナムも振りほどかれないように全力で押さえ込みながら、シャマルの方へと目配せをする。

 シグナムのその意に気付いたシャマルが頷き、士郎のそばへ歩み寄り様子を見る頃には、ヴィータも完全に抑えられその力を抜いていた。ただ、その射抜くような視線は、いつまでも緩む事が無かったが。

 微妙なほどの静寂。それを成した当人であるヴィータの方は、やがて一度舌打ちをした後に、シグナムの手を振り解くと、徐に踵を返した。

「……何処へ行く?」

「はやての所に先に戻ってる。どうにも頭を冷やさないと、またこいつの事ぶん殴っちまいそうだからな」

 それまで黙ってやり取りを見つめていたザフィーラにぶっきらぼうに答えた後に、やがて一度だけ士郎たちの元へと振り向いた。

 謝るため……でない事は纏う空気からも明らかだ。

 怒りの残滓の残る顔に、まるでつまらない物を見るかのような視線を向けるその姿は、普段の子供っぽい仕草を微塵も感じさせない冷たさである。

「死にたきゃ、何処か私達の知らない場所で勝手に死ねよ。もう私は知らないからな」

「ちょ、ヴィータちゃん!」

 そう、掃き捨てるかのように言った後、シャマルの非難の声をものともせずに、去っていくヴィータ。慌てて後を追おうとするシャマルが、士郎の方を見て一瞬躊躇するが……やがて、苦笑しながら士郎が一つ頷いた事を確認した後に、心配するような視線を向けつつも、後を追って走っていった。

 暫しの静寂。後に残されたのシグナムは、ため息を吐きながら、士郎の方へと歩み寄る。どうにもここ最近、頭を悩ませる事が多かった為か、その表情はお世辞にも明るいとは言えない。

「……立てるか?」

「問題は無いさ。この位の痛みには慣れている」

「…………」

 そう言って、本当に何でもないように笑いながら、危なげなく士郎が立ち上がる。割としっかりした立ち上がり方と、それに反するような頬の腫れ具合を見やるに、本当に慣れてるのかもしれないと思わせるが……無論それだけで安易に判断するほど、シグナムも甘くない。

「帰ったらシャマルに診て貰うのだな。そんな顔で主はやての元へも戻れまい」

「ああ、まあ、見た目ほどは酷くは無いんだがな」

「……ヴィータには後で私からも言っておこう。その顔の腫れだけでも何とかするんだな」

 そうシグナムが言うのをしばらく見据え、やがて「そうだな」と一言だけ言うと、身体に付いた埃を払い落とす。

 そして、ヴィータを追おうとでも思ったのか、こちらに対し向けた背に、シグナムの独り言のような言葉が被せられた。

「ただ……な」

 その一言で、背を向けたままの士郎が硬直する。話を聞くには少々無作法だが、大して気にするような人物はこの場には存在しなかった。

「私個人的な言で言えば、ヴィータの事を諌めはしても、完全に責めたりは出来なかったやも知れないな。あれだけお前に対し怒りをぶつけたのも、本人は絶対に認めないだろうが、衛宮の事を心配するが故の事であろうし……立場が違えば、私がお前を殴っていた可能性もある」

「…………」

「衛宮がヴィータと共に蒐集に出かけて帰って来た時の事、忘れたわけではあるまい?」

「あれ、か」

 数日前の出来事を思い出したのだろう。顔でこそ見えないが、言葉尻から苦いものを噛み含むような音を拾うのは容易だった。

 それまでは、どこか余所余所しかったヴィータだったのだが、ある『事件』以降、足手纏いだと必要以上に責め立てて真っ先に士郎が家に残る事を進言しだしたのだ。

 当初はその怒涛のような口撃に面食らったが……まあ、はやても士郎の事は自分達、家族並みに気を掛けているのだ。それを尊重した、とも言えるかもしれないとその時は思ったものだ。

 そんな彼女の無意識と言える心理に気付くのは、それ程時間は必要無かったのだが。

「前から聞きたかったのだが……何がお前をそこまでの行為に駆り立てるのだ? はっきり言ってしまえば、お前と私達との関係は一月にも満たん。今でこそ協力しているが、出会い頭こそ敵対していたはずだ。それが、何故……」

 何故、ここまで献身的な態度で自分たちに接するのか。

 言葉にならない先をどう判断したのか、背を向けて佇む士郎からは、何の感慨も受け取れないかのように思えた。

 ――――その時までは。

「そうだな……何故、と言われれば、俺が返せる答えは一つしかないんだが」

「……正義の味方、か。それは、お前が全てを賭してまで……今ある全てを捨ててでも、やらねばならぬ事なのか?」

「…………」

 何を話しているのだろうか、とは自分でも思わないでもない。だが、シグナムの言葉は止まらない。それは、理解出来ないがために理解をしたいという行為に他ならない事にも、彼女は気付いていなかった。

「衛宮が父親に何を見て、その生き方を継ごうと思ったのかは知らん。だが仮に、その生き方を継いで、お前は幸せなのか?」

 士郎の話の基点となるのは、育てられた養父から継いだという正義の味方という生き方を、志半ばで散った養父に代わり、全うしようとするその信念だろう。

 傍から見れば、父に憧れる子供の美談として見る事が出来るが……それは何処か歪なモノであると、シグナムは気付いていた。

 全ての人を救うということは、翻せば、それは事件を起こした容疑者も犠牲者も全て救うという事である。

 今シグナムたちが行っている魔力蒐集について言い換えれば、人を襲うこともなく、全ての人が肉体的、精神的に健全で、かつはやての命も救えるという……今日日、子供の御伽噺の中にも無いような都合のいい話のことだ。

 それを本気で追い求めるなど言われれば、それは世の中の不条理を見ようとしない子供の理屈か、はたまた狂気でしかない。現実には犠牲の無い平和などは夢物語に過ぎず、そうでなければ、この地球や管理外世界のように、血で血を争うような戦闘行為も行われるはずが無いだろう。

 だから答えなど……いや、どこかで否定して欲しかったのかもしれない。シグナム自身、そんな甘い空想に浸っていたいが故に。

 だが、現実は非常で無常だ。それも、嫌というほどに感じている。

「そうだな……俺は人が人として、みんなで笑いあっている、そんな世界が見たいだけなんだよ。そうして人が幸せになってくれれば、俺も幸せになれるんだ」

「それはただの自己満足であろう? 見ず知らずの誰かを救うのも確かに立派な考えではあるが……大切な誰かを守る事の方が大事だと、そうは考えられないのか?」

「? 無論、大切な誰かも入ってるぞ。そうやって皆を救うのが正義の味方なんだから」

「いや、そういう事を言っているのではなくてだな……」

 何と言うべきか、珍しくシグナムが悩むような仕草をしつつも、何とか言葉に出そうとする、それを見据えて、不思議そうな仕草で、しかし、意思だけははっきりと後を紡ぐ。

「ただ、それを為す為にはとんでもない力が必要なのは確かだろうな。十人を救ったと思っても、百人の規模から見れば救われない人はいた。そんな事、俺は認められないからな」

「お前は……そんな事を考えながら、いつも過ごしていたのか?」

 一瞬、シグナムの背筋に冷たい物が奔る。

 士郎の言葉……彼が何を持って正義の味方を目指しているのか、それは崇高な……自己犠牲や、守護騎士達のような、誰かを守りたいといった、彼女たちからは想像も出来ないような代物であると、その時は感じ、彼女たちなりに尊重する……あのヴィータですら、それを侵すようなことはしなかった。

 だが、そうではなかった。士郎には、元々、自らの価値と言うものを全く見出せず、一般人からすれば自暴自棄になっても良いくらいの馬鹿げた理想を、現実のものにしようとしているのだ。

 これが無気力に、ダラダラと目指していると口先だけで言っているようならばまだ良い。だが士郎の場合真剣に目指そうとしているからこそ、性質が悪かった。

 それは歪で……しかし、何処か気高い。その矛盾した価値観を、シグナムはしかし理解できるだけのものを持っていなかった。

「衛宮――――」

 だから、士郎のことを一瞬だけ……数多の敵と対峙した時よりもずっと『怖い』と思ってしまうのも、致し方ないだろう。それだけの事を、彼はしているのだから。

 掛けた言葉は、しかし形にならず、ただ風に流されるかのような無言。何か言おうと思ってもそれを形にすることが出来ないもどかしさを感じ、暫し、無言で佇む。

 そんなシグナムの姿を、どう思ったのだろう、後ろを向いたままの士郎は、暫く、待つかのように佇んでから……やがて、

「怖くなったか?」

「! それは……」

「気にするな。今まで俺がやろうとしている事に本当の意味で賛同する人は皆無だった。だから……」

「それも慣れていると……そういうつもりか?」

 思わず掛けた言葉。それを、暫し考え込むように士郎が沈黙する。その間はせいぜい一、二秒程度だろう。

「それでも――やらなくちゃいけないんだ」

 背中越しに返ってきたのはそんな言葉。まるで子供の駄々のようにすら聞こえるその言葉にどれ程の意味が込められていたものか。

 きっぱりとそう告げた後、振り返ることも無く去っていってしまう士郎。追おうとする気持ちなど、最初から沸いてこなかった。

 全く、気持ちの良いくらいに真っ直ぐで、同時にどうしようもない位に、嫌悪感を催すような、歪み(こころ)の持ち主。

(全く、修行の足りない事だ。少し前の私なら……いや)

 そんな事を心の中で自嘲するシグナムに、いつぞやの時の様にザフィーラが寄り添い言葉を発する。

「追わんのか?」

「……ああ。まあ追ったとしても、どんな言葉を掛けるべきか判らない、と言うのが本音だがな」

 そう言いつつ、浮かぶ星空に目を細めるシグナム。隣に立つザフィーラという図式まで、あの時と全く同じだった。

 暫くの間、静観しているだけだったザフィーラは、ふと、何時ぞやに呟いていた言葉を思い出した。

「……お前の言った事は当たったのか、外れたのか?」

「何の事だ?」

「お前が『最大の障害になる』と語っていた時の事だ。あの時、お前は確かに『赤毛の魔導師が最大の障害になる』と言った。今は協力しているが……あのような考えは危険だからこそ、お前も主の元に置いているのだろう?」

 いつか、星空の元での二度目の決意。そばに居たザフィーラのみ、自らの将の決意を聞いたのだが……数日前のそれが、今では遠い過去のように思えてならなかった。

「そうだな……有体に言ってしまえば、最初は足手纏いだと感じたな。ヴィータの言う事もあながち間違いではないと思ったりもした」

 そこでシグナムは口を濁しつつ、だが、と戸惑うような口調で言い添える。

「衛宮が来てからの主はやての表情を見るだけでも、少なくとも、私自身は衛宮の事をそれほど警戒しなくなってきている事は事実だろうな。あいつは何だかんだと言いつつも、約束は守る男だ。そう確信できるものもあった」

「情が移ってきているということか?」

「かもしれん。全く、厄介なものだ……私自身、衛宮の提案した作戦が効果的である事は分かるのに、何処かでそれを実行したくないと思っている……いや」

 そこで一度頭を振りながら、大きく溜息を吐く。そして視線を上げた時には、シグナムの表情にはどこかほっとしたような、微笑とも苦笑とも付かない表情が刻まれていた。

「最早、衛宮の事は、少なくとも私自身は仲間だと思っているのと同じやも知れぬ。だからこそ……共に歩むからこそ、あの男の言動や行動が気に入らないのだろうな」

 最早、その先に破滅しかない。それが分かっていながら、しかし歩みを止めようとしない。それは、一般の人々から見れば、明らかに異常であろう。

 自身の命を軽んじている点でも十分にその可能性はあったが……更に、衛宮士郎のことが分からなくなるのも、自明の理というものだった。

 それをこの守護獣は理解し、しかし、表面上は淡々とした言葉で促すかのような言葉を吐く。

「これからどうする?」

「……主はやての病状が理解できた以上、一刻の猶予もならんだろう。幸いにして、闇の書のページ蒐集は順調だ。ここで、博打を打つのも……あるいは必要かもしれん」

「…………」

 それ以上は言葉も無く佇むシグナムとザフィーラ。

 彼女たちは、表向きには反対ながら、士郎の提案に九割、乗りかかっている自分たちを自覚し、それでも、その提案を跳ね除ける事が出来ない歯がゆさも感じていた。

 全てははやての為に。

 その為に罪を起こす事も厭わぬと決めた騎士達は、それぞれの思惑を持ちながら、ままならぬ現状に憂いを持つかのように、一度だけ息を吸い込んだ。

「重ねてすみません。主はやて。私たちは……貴方から、いや私たちにとっても大切な人を、奪う結果になってしまうかもしれません」

 その言葉は誰かに届く事も無く、ただとなりに佇むザフィーラだけが、その決意を聞いていた。


 そして、二度目の運命の日が来る。

 魔力蒐集のために訪れた騎士達、それを追ってきたその場所で、フェイト・テスタロッサはある人物に邂逅する。


「済まないな。こちらも手段を選んでる暇が無いんだ……」

 そう言いつつ、鉄面皮に隠された表情を、どこか悲しいと思ってしまう、そんな一人の青年との邂逅は、もう時間の問題である。

 

 

Act.12 END

 

 

 

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感想
士郎の異常性がとてもよく書けている話だと思います。他のSSでは同姓同名の別人としか思えないSHIROUが多い中、これはまさに衛宮士郎といったクロスオーバーかと。
三羽烏 2009/02/24(Tue)23:19:54 編集
無題
それでこそ士郎だと思いました。
キャラがすごく良く書けていると思います。
マイマイ 2009/02/25(Wed)01:38:32 編集
無題
衛宮士郎という存在の持つ、歪
そういうのを読んでいて感じられました
今後の展開を楽しみにしてます
雨宿り 2009/02/27(Fri)21:51:23 編集
無題
今更なんですが、
シロウが聖杯戦争時の姿(見習い魔術使い時代の姿)に戻ったのって、上手い具合に逆チートするためだったりします?
そこまで考えてのことなら、すごいですね
まぁ、エミヤなら渋々目を瞑るとしても、敵に圧勝するシロウなんてみたくないですしねww
シロウの良いところは、ボロ雑巾みたいになっても立ち上がり、周囲からどん引きされながらも、「放っておけないなぁ」と世話を妬かれ、奇しくも強敵に勝利するってところですから
無名の男 2009/03/01(Sun)00:57:49 編集
無題
ヴィータがウザ過ぎる。士郎の言動は原作通りで素晴らしくイライラさせてくれますね。
明鏡 2009/03/01(Sun)11:03:38 編集
無題
士郎の歪な考え、
士朗のキャラがいい味をだして物語がとても面白くなってきました。
これからも執筆頑張ってください!
zero 2009/03/02(Mon)11:39:06 編集
無題
初めまして。
更新されてて嬉しくて思わず書き込みしちゃいました。
今後の展開凄く楽しみです
のんびり期待させてください

アール 2009/03/12(Thu)21:36:08 編集
無題
確かに素晴らしい文章技術と物語の構築能力をお持ちですね。自分も羨ましいと思ってしまいました(苦笑)。
二次創作にありがちなキャラを演じきれないなどといった点もなく、高い完成度を持っていますね。
惜しむらくは更新速度の遅さでしょうか。次が気になる作品故にこれは上げて欲しいですね。
とはいえ飽くまでも個人の趣味ですので強制はできません。ほどほどに頑張ってください(笑)。
無名 2009/03/23(Mon)16:53:04 編集
すっごく夢中で読み進めてしまいました!
はじめまして、今日辿り着いたばかりの者です。
なのはは初期の数話をアニメで見た程度の知識しか持ち合わせていないのですが、
ものすごく夢中になって読んでしまいました!

クロスオーバーというジャンルも意識して読んだのは初めてなのですが、
片方しか知らなくてもこんなに夢中になってしまうなんて、
どちらの作品も好きな方にとっては二倍面白いんだろうなぁと思うと
Fate しか知らないのが残念でなりません。

次回も楽しみにしています!
lynx 2009/06/06(Sat)23:17:01 編集
誤字指摘ならびに感想
>更に殴りかかろうかとするかのように拳を振り上げるが、それは済んでの所でシグナムに押さえられた。
 「それは済んで」は「それは寸で」だと思います。

>そう、掃き捨てるかのように言った後、シャマルの非難の声をものともせずに、去っていくヴィータ。
 「掃き捨てる」は「吐き捨てる」ではないかと思います。

>今でこそ協力しているが、出会い頭こそ敵対していたはずだ。それが、何故……」
 「出会い頭こそ敵対していた」だと文が変に感じます。ここは「出会い頭には敵対していた」にするべきかと思います。

>何と言うべきか、珍しくシグナムが悩むような仕草をしつつも、何とか言葉に出そうとする、それを見据えて、不思議そうな仕草で、しかし、意思だけははっきりと後を紡ぐ。
 「、」を使いすぎていて少し読みにくいです。ここだと「何とか言葉に出そうとする」までがシグナムの描写なので、
「それを見据えて」の前に「。」を入れて、「不思議そうな仕草で」の頭に「士郎は」と付けた方が通りが言いように感じます。

>士郎の言葉……彼が何を持って正義の味方を目指しているのか、それは崇高な……自己犠牲や、守護騎士達のような、誰かを守りたいといった、
彼女たちからは想像も出来ないような代物であると、その時は感じ、彼女たちなりに尊重する……あのヴィータですら、
それを侵すようなことはしなかった。
 ここも少し「、」と「……」を使いすぎているように感じます。そのせいで文がブツ切りになってしまい、意味が読み取りにくいです。
それと「彼が何を持って」は「彼が何を以て」が正しいかと思います。
全体的に修正するなら
「士郎の言葉は……彼が何を以て正義の味方を目指しているのか、それは彼女たちからは想像も出来ないような代物だが……
単なる自己犠牲や、守護騎士達のような『誰かを守りたい』といったものではなく、もっと崇高なものだと感じていた。
それは彼女たちの全員が『尊重するに値する』と感じる程であり、あのヴィータですらそれを侵すような事はしなかった」
のようにした方が宜しいかと思います。

>それは歪で……しかし、何処か気高い。その矛盾した価値観を、シグナムはしかし理解できるだけのものを持っていなかった。
 「シグナムはしかし」と「理解できる」の間に「、」を入れた方が強調が効くと思います。
>そんなシグナムの姿を、どう思ったのだろう、後ろを向いたままの士郎は、暫く、待つかのように佇んでから……やがて、
 「どう思ったのだろう」で区切っていいと思います。それから「暫く」はその前でも書いているので、ここでは使わない方がいいかと思います。
「彼女の言葉を待つかのように~」とした方が、テンポが良くなると思います。

 >思わず掛けた言葉。それを、暫し考え込むように士郎が沈黙する。その間はせいぜい一、二秒程度だろう。
 前半で「暫し」と言いつつ、後半で「一、二秒程度」というのは矛盾している気がします。
ここでは「暫し」を外した方が宜しいかと思います。

>背中越しに返ってきたのはそんな言葉。まるで子供の駄々のようにすら聞こえるその言葉にどれ程の意味が込められていたものか。
 後半部分は「まるで子供の駄々のようにすら聞こえるその言葉に」と「どれほどの意味が込められていたものか」と分けた方が、
読みやすくなって強調も付くと思います。

>いつか、星空の元での二度目の決意。そばに居たザフィーラのみ、自らの将の決意を聞いたのだが……数日前のそれが、今では遠い過去のように思えてならなかった。
 冒頭の「いつか」は「未来の不定の時」を表すので、ここでは似つかわしくないと思います。
「過去の不定の時」を表すのなら「いつぞや」の方が正しいです。

>「そうだな……有体に言ってしまえば、最初は足手纏いだと感じたな。ヴィータの言う事もあながち間違いではないと思ったりもした」
 ここの後半部分は「ヴィータの言う事もあながち間違いではない、と思ったりもした」と区切った方がいいかと思います。

>「かもしれん。全く、厄介なものだ……私自身、衛宮の提案した作戦が効果的である事は分かるのに、何処かでそれを実行したくないと思っている……いや」
 地の文で使っている「……」での挟み込み(?)を台詞で入れるのはどうか、と思います。
ここは混同を避けるためにも、「実行したくないと思っている。……いや」とした方が宜しいかと思います。

>彼女たちは、表向きには反対ながら、士郎の提案に九割、乗りかかっている自分たちを自覚し、それでも、その提案を跳ね除ける事が出来ない歯がゆさも感じていた。
ここも「、」を使いすぎていて、文がブツ切りのように感じます。
「彼女たちは表向きでは反対しながら、士郎の提案に九割乗りかかっている自分達を自覚し、」と繋げた方が良いと思います。

以上が12話目を読んでいて気になった点です。全体的に句読点の使い方がチグハグな点もあって、読みにくい箇所があります。
しかし、キャラ達の揺れ動いている心情や士郎の歪さを巧く描写していると思います。私にはとても真似できません。
これからの展開も期待していますので、無理のない範囲で執筆してください。
黒王 2009/09/04(Fri)19:59:08 編集
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