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Sword of A's Act.10

 誰もいないはずの児童公園で、一人息を切らせたように喘ぐ声が聞こえる。

 必死に酸素を求め喘ぎ続ける呼吸を落ち着かせようと、シャマルは一人、倒れ付した状態で、起き上がるために腕に力を込めていた。

 普段の清楚な面影も無く、ともすれば蟲惑的にすら写るその姿は例えようも無い色香を醸し出しているが、苦しげに歪む表情に劣情をもよおされる者は稀であろう。

 何が起きた、のか。

 理解できなかった。自分はつい先ほどまで管理局の追っ手から逃れるために、闇の書を起動した……そこまでは覚えている。

 その後何があった?

 自分が辛うじて覚えている事と言えば、起動後に突然の衝撃が奔った様に痙攣した体。

 そして、その後に――――。

 
 ――――シネ――――


「っ!」

 瞬間的に頭に浮かんだ単語を首を振るうことで消し去る。

 そうしながらも、視線は手元……抱えていた書の存在を追っている。困惑と畏れすら込めて。

 ここ最近、闇の書絡みの不可解な事件が多かった事は、シャマル以外の他のヴォルケンリッター達も理解している。

 蒐集についてのみならず、自分達が知るはずの「闇の書」とかけ離れた行動が随所に目立つのだ。
今回の暴走とも言える魔力発動はその極め付けだろう。この事について、更に仲間達とも話をせねばなるまい。そう考え、激しい偏頭痛に顔を顰(しか)めながらも、ふらつく身体を起き上がらせる。

 よろよろとした動作で頼りないその様は、普段の彼女からは考えられないほどの衰弱振りだ。自覚がある故に、はやての前でそれを見せることは避けたい。そう考えながら、一つ大きくため息をついたその瞬間。


 ぱきりと、乾いた音が耳に届いた。

 

「! ――誰!」

 おぼつかない足元を何とか制御し、音のあった方角を振り向く。

 その視線の先、一人の少年の姿を目にした時、シャマルは驚きに大きく目を見開いた。

「貴方は――――」

 背は自分と同程度、赤い髪に、服の上からでも分かるすらりと引き締まった体躯。

 先ほど始めて会ったばかりの少年……衛宮士郎はやがて、驚いたシャマルが立ち直る前に口を開いた。

「……シャマル、さん?」

 驚いたような、そして困惑したような表情でこちらを伺っているが……シャマルにとっての内心の驚きは、この少年の比ではない。

 何故この場にいるのか。いや、先ほど転移魔法を行ったばかりだと言う事を考えれば、恐らく何らかの異変を感じてこの場に現れたのだろうが……それ以上に、見たところ魔力を感じられない人間が、人払いを敷いた結界内に入ってきた事に警戒心を強める。

 偶々この場所に入ってきた可能性もあるが、そもそも、一般人は異常を察知できないように強化し、シャマルの姿すら視認出来ないようにした結界に、「偶々」で入って来られる人間がいるものだろうか?

「――――何故、ここに?」

 あくまで冷静に、感情を感じさせ無いよう注意しつつ……ふらりとした体を慌てて支えようとした少年の事を手で制しながら、息も荒く続ける。警戒するかのように細められた瞳と共に、有事に備え、クラールヴィントに意識を集中する。

 問われた方もなんと答えていいのか迷うようにその姿を見つめていたが――――やがてぽつり、ぽつりと一言ずつ区切るように語りだした。

「いや、その……取り合えず光が見えた後に物音がしたんで、何事かと思って……そうしたら……」

 そう言って、確認するかのようにシャマルの瞳を覗き込む。それだけで、彼の言いたい事は嫌でも判ってしまう。

 今のシャマルの格好は騎士服……主から賜(たまわ)った、騎士の誇りの具現とも言える装束である。物々しさはシグナム等に比べればましとは言え、現実社会に溶け込むには、かなり無理のある格好であると言わざるを得ない。仮装パーティーであろうとも、このような格好で来る者はまずいないだろう。

 ともすれば、自身が異常者であるかのような思考に気付き落ち込みそうになってしまうが……この場所でこのような格好でいる理由を説明をしなければならない悩みに比べれば軽いものだ。

 シャマルとしては、士郎が何故この場所まで一人でやってきたのかを問い質したい所なのだが、荷物をはやての家へ置いて帰る途中と言えば一応の辻褄は合う。さて何と言ったらよいだろうかと重い口を開こうとしたところで……。

(――――?)

 変化に気付いた。

 表情硬く自分を見つめる士郎の顔は、疑問と困惑で占められている。その仕草にも特に不自然な所は無いように思える。

 だが……何処か違和感が付き纏(まと)う。

 それはそう……何処か場違いなドラマを見ているような――――感情の落とし処を間違えているような、奇妙な感覚。


 その違和感に、シャマルが思考を向けた矢先――。


 唐突に士郎自身が、何事かを呟きながら先ほどまでいた場所から一瞬で飛び退いた。それこそ、シャマルが呆気に取られるようなスピードで。

 何が起こったか理解できなかったシャマルはしかし、続く事態にその機会を得る。

 シャマルから向かって右斜め上方、その場所から空を切り裂くように赤色の魔力弾が飛来したのだ。その速度はトップスピードで空を飛ぶ鳥そのもの。やがて、空気抵抗の際に生じる風圧を伴いながら地面に深々とめり込んだと同時、周りの部分が陥没したかのように浅く、蜘蛛の巣状にひび割れる。

 シャマルもよく知るベルカ式魔法――――シュワルベフリーゲン。

 ドイツ語で「飛翔する燕」を意味する赤い球体がその名の意味を周りに確認させたと同時、それに勝る速度で赤い突風が舞い降りた。

「うらぁぁぁぁぁぁ!」

「!」

 見知った赤い姿が無骨な槌を振り上げ、降りたった速度そのままに一度地面でバウンド、その反動を使い、士郎がいる方角へ微塵も隠さぬ殺気と共に突撃して行く。

「ヴィータちゃん!」

 声をかける暇こそあれ、一般人ならばそれだけで内臓破裂してもおかしくないような一撃を惜しげもなく放つヴィータ。重い質量が空気を切り裂き、突然の事態に固まる士郎へと叩き付けられる事を危惧し、反射的に諌めるかのように声を上げかけたシャマルは……しかし、

「――え!」

「あんだと!」

 ヴィータとそろって驚愕の声を上げることになった。

 士郎の手の中……先ほどまで何も握っていなかったはずの両手に、まるで手品のように、見慣れない双剣が現れたのだ。

 それは白と黒……ミッド式ともベルカ式とも異なる形態の文様を描かれ、一般的なデバイスの形状とも異なる、しかし、確かに強い魔力を感じさせる一品だった。

 それがヴィータの一撃を受け流すように弾いた……と思った瞬間、そのまま体を捻り、かつ突進力を殺すようにさらに大きく後ろへと飛び下がる。それを見たヴィータが舌打ちをしながら、追加の鉄球を出そうと片手に魔力を込めるが、その魔力塊を撃ち込むより前に、ヴィータの方が驚いた表情を見せ、慌てて魔力を込めたままの左手を突き出した。

 鉄球の代わりにその手から出現したのは、ヴィータの全身を隠すほどの障壁……三角形を幾つか組合わせた幾何学模様だ。それはゆっくりと時計回りに回りながら、来る脅威……いつの間にかヴィータの斜め上から襲い掛かってきた無数の剣、そのことごとくを弾き返した。

「こいつ――!」

 剣の数は計五本、弾かれた次の瞬間、溶けるように細かい粒子……魔力の残滓を散らしながら消え去るそれを横目にしつつ……不意をつく形で右手から現れた物体に、苛立ちを一瞬収め、更に驚愕する。

「な――――!」

 いつの間にそこまで寄っていたのか、気配すら殺し驚異的なスピードで近づく物体。それが円月輪のように旋回する先ほどの双剣だと気付いたときには既に、弧を描きヴィータの左右へ回り込むように飛翔していた。

 しかし、ヴィータの反応も早い。片方……若干早く飛翔した白い刀に合わせて、再び障壁を張り、黒い方に関しては、彼女の相棒であるグラーフアイゼン……手に持つバトルハンマー型のデバイスで受け止める。

 まるでチェーンソーのようにガリガリと異音を立てながら障壁、そしてデバイスに食い込む双剣。予想外の攻撃に両手を取られた形になったが、相手も武器を失ったはずなのでこれさえ凌げればこちらに断然有利な状態で戦いを進められる……そう考えたのか、両腕の魔力を強め、力任せに叩き落そうとする。

 その行動が間違いである事にいち早く気付いたのは、半ば呆然と成り行きを見守っていたシャマルだった。

「! 駄目! ヴィータちゃん!」

「っ!」

 危険を知らせる声に合わせるように、夜闇から一体の影が飛び出す。その両腕から緑色の回線……とでも言えばいいのか、光を伴った奇妙な文様が浮かび上がり、次の瞬間には、ヴィータの目の前に再び士郎が現れていた。

 あり得ない事に、その手にはヴィータが今、対処に苦慮している双剣とまったく同じものが握られていた。それを交差するように重ね合わせ、先ほどのヴィータもかくや、と言えるスピードで突撃してくる。

 ヴィータは気付いているのかは判らなかったが、その身体には僅かながら魔力を感じ取る事ができる。

 恐らく高速機動系の魔法なのだろうが、起動の際の兆候……少なくとも魔方陣の起動もデバイスの支援も確認できなかった事から、相当穏行に長けた物なのか、はたまた、まだ見ぬ世界の秘伝なのか……どちらにしろ、「それ」が自分たちの常識からは逸脱している事は確かだった。

「舐めんな! らぁぁぁ!」

 だが、そこは幼く見えてもベルカの騎士、未だに迫らんと異音を発する左右の双剣の軌道を強引に変える。間一髪、ヴィータの左右へ抜けるように交差する銀光と共に素早くグラーフアイゼンを両手で持ち直し、今度こそと叩き付けるように振るう。

 それは突進してきた士郎の攻撃とぶつかり合い、小規模な魔力爆発と共に一瞬、火花と光を散らす。

 交差する刃と鋼。その音を最後に、先ほどまでの小競り合いが嘘のような静寂が戻ってきた。

 そして――――。

 

 

12月10日 PM 8:28 海鳴市住宅街

 

 

 凍った時間に聞こえるのは、自身――――衛宮士郎の荒い息使いのみ。

 緩慢無く響き続ける頭痛を堪え、双剣の片割れ……莫耶をぴたり、と赤い衣装の少女の喉元に突き付けていた。

 同様に、赤い少女が先ほどまで振り回していたハンマーは、腹部へ到達する直前、ギリギリの所で干将と力の鬩(せめ)ぎ合いになっている。

 本来ならば拮抗することなどあり得ないだろうが、それは自身の首に突きつけられた莫耶を見据えた少女が直前で引いたのかもしれない。そうでなければ今頃内臓の一つでもやられて、濁った血を吐き出しながら転げまわっていてもおかしくは無い。

 まあ、それでも受け止める際にはかなり無理があったようで、先ほど、嫌な音を発した後から左腕の感覚が無い。魔術の支援があるので暫くは大丈夫だろうが、骨が折れていたり筋が逝っていたとしたら、長期的な戦闘は困難である。

 いや、そもそもここまでイニシアティブを取って戦いを続けられた事自体が自分にとっては僥倖と言えた。奇襲という手段に加え、戦いに対する備えや、予測した戦術が功を奏したといったところか。シャマルが声をかけたからには彼女の仲間なのだろうが……悪い予感が当たった事に、内心に焦りが広がる。

 今の所、少女にもシャマルにも気付いた様子は無いものの、士郎の身体は見た目以上にガタが来ている。

 体内で荒れ狂う魔力に加え、無理な投影の連続によって激痛を伴う魔力回路……しかし、つい先日死に掛けたばかりだというのに、日を置かず、同じような状態になる事が多いのは、本当にあの戦争の再来のようだと暢気に考え、場所も弁えず苦笑しそうになってしまう。

 少女の方はまるで親の敵のように此方を睨みながら、攻める事も引く事も出来ない現状に舌打ちするだけだ。シャマルの方は呆然とした様子から立ち直り、不安と困惑の入り混じった難しい顔で、状況を観察している。

 若干、此方の予想と違う形に状況が流れている。真逆、こんなに早く自分の手札を一枚切るとは思わなかった。まあ、大本の思惑自体は未だ崩れてはいないが。

 本来ならばこちらが話の主導権を握る事を考えていたはずなのに、やはりどうにもイレギュラーというものは在り得るようだ。そんな奇妙なほどに静かな沈黙を破るのは-―――第三者の存在だと言う事も予想の内ではあったが。

「!」

 そばのシャマルが何事かに反応し、振り返る。

 大体、十秒足らずの間を置き……彼女は現れた。

「これは――――一体、どういう状況だ?」

 予感はあった。彼女と似たような格好のシャマルを見たときから……そして彼女の仲間らしい少女を見た後、来ると言う事も予想できた。

 だから、それに対して自分は冷静さを欠くことは無い。

 公園、シャマルのすぐそばへ音も無く歩いてくる人の姿……あの夜と同じ鮮烈な甲冑姿を忘れる事など不可能だ。

「シグナム……」

 ポニーテールにした髪を揺らしながら、抜き身の刀を携え佇む姿に、シャマルが呆然とした声を発する。目の前の赤い少女から目を離すにもいかないので詳しい状態は確認できないものの、今の所(抑えているのかもしれないが)敵意らしい敵意は無さそうである。

「合流地点におかしな力があるとヴィータが先行したので来て見れば……」

 ちらり、と騎士、シグナムが此方を伺う様子を雰囲気で察したが、ヴィータの方を油断無く見据えつつ、自分も口を開く。

「丁度一週間ぶりって所か。どうにもお互い『こう言う事』には縁があるらしいな」

「…………」

 わざと軽口を叩くように口を開いたその言葉に、反応したのはシグナムではなくシャマルだった。

「シグナム、じゃあ例の赤毛の魔導師って」

「……ああ」

 それだけで事足りたのだろう、息を呑むように沈黙するシャマルと無言で視線を歪めるヴィータ。

 さて、ここからが本番だ。

 ここから先は正に綱渡りの連続である。一歩間違えば、少し前の光景の焼き直しをする事になる現状、これから並べる言葉は十二分に気を付ける必要があった。

 現在進行形で刻々と変化する状況に、言葉を発そうとして――――ひやり、とした、馴染み深い感覚に触れ、そちらへと意識を戻した。

「ずいぶん余裕だな? テメェ」

 目の前の相手が他の相手に意識を向けるのが気に食わなかったのか、ヴィータと呼ばれた少女が口を開いていた。さっきの一瞬、騎士……シグナムと言ったか、彼女に話しかけた際、身じろぎするような動きがあったが、牽制するようにこちらが双剣を動かした事で、微かに舌打ちしていた。恐らく、隙を見つけ出して動く算段だったのだろう。

 少女と言っても良い相手の喉元に剣を向けるのはかなり心苦しいが、先ほどの実力を見る限り、下手に力を緩める訳にもいかなかった為、半ば葛藤しながらの決断ではあったが、それは自身の心の内だけに留めておけば良い事だ。

「いや、此方としては純粋に何があったのか確認したかっただけなんだが、な。シャマルさんが倒れていたのを見た時には流石に驚いたけど」

「……あん?」

 その言葉に、ヴィータがぴくり、と眉を動かした。微かな手応えを感じながら、更に言葉を紡ぐ。

「別にここで戦いたかった訳じゃない、って事だ。シャマルさんに色々と質問したかったのは事実だけど、別に何かをしようと思ってた訳じゃ……」

 殊更(ことさら)ゆっくりと紡ぐ言葉……それが言い終わらないうちに、返ってきたのは烈火のごとき怒りだった。

「ふざけんなよ! 寝言は寝てから――」

「――待て、ヴィータ」

 激昂しながら憤激を垂れ流そうとしていたヴィータの言葉……それが、シグナムの有無を言わさぬ一言でぴたりと止まる。

 再び視線をそちらに向ければ、今まで黙って自分たちのやり取りを見つめていたシグナムが、徐にシャマルに向き直っていた。颯爽としたその仕草に、付け入る隙などあろうはずも無い。

「シャマル、この男と知り合いなのか?」

 静かに問いかけるシグナム。そこには、俯いたままに表情を読み取れないシャマルの姿があった。

 引き結ぶ口に、視線を下げたそこから、何かを読み取る事は難しい。

 やがて、シャマルが顔を上げる。その表情はさすがに硬く、未だに困惑したような表情でちらりと此方を凝視する。何ともいえない微妙な視線はどこか居心地が悪く、目の前のヴィータがいなければ、視線をあさってへ向ける事も考えたかもしれない。

「ええ……と言っても、会ったのはついさっきなんだけど」

「つい先ほどと言うと、お前があの場所に来る前の事か?」

「そう。そこではやてちゃんとスーパーにいる時、偶々――――」

 そこまで言った瞬間、はっ、とシャマルが表情を変えて士郎を見る。ヴィータ、シグナムとも、シャマルの一言に対して様子が変わった事に気付き、いぶかしむ様に、自身の視線が歪む。

「真逆――貴方の目的は……」

(……目的?)

 そのままシャマルが何かを言おうと口を開き、それに視線を向けた一瞬――――。

 眼前の一人の騎士、それが纏う空気が明らかに変わった事で、弾かれたように動いていた。

「テメェ……はやてに何かするつもりか!」

「!」

 先ほどの憤激が「動」であればこちらは「静」

 でありながら、先ほどよりもプレッシャーが増大しているのは何故か?

 拮抗していたはずの力……喉元に剣を突き付けられているにも拘らず、それらを振り切り、強引に押し開けようとするかのように力を込めてくる。

「ヴィータちゃん!」

「ヴィータ!」

 相手にとっても予想外だったのか、目の前の少女に対して叫ぶ声が聞こえるが、自分の方はそれどころではない。

(な、馬鹿な……そんな事すれば自分だって――!)

 それは、文字通り自身の身を削る行為に等しい。咄嗟に剣を引いたから良かったものの、下手をすれば少女の喉を切裂いていたかも知れない程に危険な行為だった。事実、その首筋からはかすり傷とは言え微かに血が滴っている。

 故に、効果も覿面だ。

 自身が戦闘形態へと移行する一瞬の隙、人の身ではどうしようもないそこに、空気を切り裂く音と共に、先ほどの凶悪なフォルムの槌が振るわれる。

 紙一重で避けたそれは自身ではなく、地面――――先ほどの赤い光弾の一つが抉った場所、そこに向けて、轟音と共に貫かれ、その衝撃により足を取られかかってしまう。そこまで計算していた、ということだろうか。

 舌打ちをしつつ、不安定な足場でそれでも踏ん張りながら、干将をヴィータが今までいた場所に向けて振るうが、足場の安定しない地形では思うように力が出せず、逆に圧倒的なまでの……それこそ先ほどの打ち合っていたときとは同じとは思えないほどの鋭い一撃に、逆に千将を手元から弾かれてしまう。

「はぁぁぁ!」

 軌道を縦から横へ。十字架のように軌跡を描いて槌を振るう姿には僅かにも停滞は無い。呆れる程のスピードに対してこちらは莫耶一本。更に、腕に故障も持っているというオマケ付き。

 直接受けるのは自殺行為だ。そう感じ、退くのではなく、逆に身体を倒れこませる程、地面スレスレに前傾させる。その姿は、肉食の獣が伏せを行う様に見えたかもしれない。

 間一髪、頭上すれすれを掠めていく質量をやり過ごした後、間を置かず莫耶を頭上へ、半円を描くように切り上げ追撃を凌ぐ。だがこれはあくまで牽制。そのまま流れるように逆手に持ち替えた莫耶を横薙ぎに滑らせようとしたところで……。

「っ!」

 ズキリ、とした感触と共に、一瞬腕に痺れが走る。タイミングを外され不味いと思ったときには既に目の前の槌が振り落とされていた。

 判断は一瞬。顔だけは庇う様に、強化した右腕を眼前に掲げる。グキリ、と嫌な音が聞こえ、まともに受けた右腕に激痛が奔るが、気迫でそれを押さえ込み、半テンポ遅れた莫耶を今度こそ、と叩き込んだ。

 だが如何せん、相手が悪い。

 相手の方も防がれた攻撃から深追いする事は避け、すばやく後ろへと下がる。ぶん、と風を切る音だけを残し、僅かに少女の服の切れ端だけを持っていく莫耶に対し、返礼と言うように三度、その槌を振るう。

 逆手から順手へと持ち変える暇さえあれ、その一撃を何とか受けたらん、と振るわれ自分の一撃は……しかし、

(づ――――あ!)

 圧倒的な力の前に競り負け、逆に莫耶を手から離してしまう。それだけでは足りず、まるでピンボールのように自身の体が軽々と吹き飛ばされた。

 余りの衝撃に、脳がシェイクされ一瞬、意識が飛びかけるが、ここで早々に意識を手放すわけにはいかない

「止めだ!」

 この瞬間、勝負は決した。少なくとも、目の前の少女はそう判断したに違いない。

 躊躇無く飛び込んでくるヴィータに対し、こちらは徒手空拳である。そう判断しても仕方があるまい。だが、粘り強さ……生き汚さと言う点で言えば、自分も負けてはいない。

「っ! 投影(トレース)――――っ!」

 その言葉を吐いた瞬間、口の中に鉄錆の味が広がり、回線の一部がエラーを起こしスパークするが、それを強引に捻じ込み、続きの言葉、それを神速の速さで口にする。

「――――開始(オン)!」

 瞬間、ギリギリのタイミングで再び現れた干将・莫耶が敵の攻撃を受け、何とか攻撃の軌道をずらす事が出来た。流石に何度も見続けたためだろうか、驚愕よりも苛立ちを前に出してヴィータが反応する。

「何度も何度も、うざってぇな!」

「っ……待て、話を――――」

 何とか話をしようと試みるものの、聞く耳を持たぬと、更に苛烈な攻めを行うヴィータ。

 彼女の一撃一撃が途方もなく重く、一度仕切りなおしを、とも考えるが、下手にこちらが距離を離せば間違いなくさっきの射撃型の魔術で追撃されるだろう。さりとて、このままハンデを負って戦い続けるのも得策では無い。

 戦況を鑑み、ギリギリまで状況を見極めようと粘る為、限界などとっくに超えている体を無理に動かし食いつくが……明らかに精彩を欠いた動きでは、こちらの負担が増すだけで、徐々に追い込まれていく現状を打破するには足りない。

 やがて、何度目か判らない打ち合いの後、終にその瞬間がやって来た。

「――――っ!」

 大振りの一撃と共に、今まで以上の衝撃が腕に走る。

 瞬間、ガクッと、左腕が全く動かなくなるのを感じた。自分の意思とは裏腹に、腕の方が根を上げたのだ。

(まず――――っ!)

 このタイミングで左腕をカバーするほどの余裕は無い。

 そして、目の前の騎士が、その隙を見逃すはずも無かった。

「はぁ!」

 どごん、と、まともに腹を抉る様な一撃を受けたと感じたときには、視界が流れるように加速し、一瞬の意識の停滞の後、手近な木にその体を叩きつけられていた。

 轟音とともに、揺さぶられる木から葉がひらり、ひらりと舞い落ちる中、遅れて全身に走った激痛に、体をくの字に折り曲げ咳き込む。

「ぐ……がはっ、げほっ、げほっ」

 絶え間無い嘔吐感と共に、胃の中の物をその場へと吐き出す。微かに赤い物も混じっていたように見えたのは、気のせいだろうか?

 視界が揺れ、霞む目の前にゆっくりと歩み寄る赤い影。それを認識した瞬間、立ち上がろうと足に力を込めるものの、思う様にいかず、無様に這いずる事しか出来ない。

 そんな体とは裏腹に、心はいつもと同じ……まるで澄み渡るように清涼で、冷徹に……他人事のように、状況を見据えていた。

 

 そう、それはまるで「アイツ」のように冷徹な自分自身。

 自身が最も忌み嫌う、自分の中の別の「自分」

 


(潮時か……くそっ……)

 謎の男との連戦に加え、盾を投影したのも効いていたとは言え、余りにも不甲斐ない戦い方だ。

 幾ら相手がサーヴァントクラスとは言えども、ここまで後手に回るとは……相手の見た目に惑わされ、何処か自分でも無意識に傷付ける事を躊躇していたのかもしれない。

(動け! この――!)

 最早話し合いどころでもなく、笑う足を叱咤しながら、普段の倍以上の時間をかけ、こみ上げてきた血塊を飲み下し、ゆらり、と幽鬼のごとく立ち上がった。

 まさか、ここまでして立ち上がってくるとは思わなかったのか、自分の姿を見た少女の足が一瞬止まる。此方の様子に何かを感じたのか……油断無く構えながら様子を伺い、即座に仕掛けてくるような事はしない。

「……話し合いは決裂と、そう考えて良いのか?」

 そんな中、ぽつりと口から出た言葉。ヴィータの方はふん、と鼻で笑いながら律儀にその問いに応えてくる。

「テメェに話すことなんざ元からねぇよ。知ってるか? 『和平の使者は槍を持たない』って言葉を?」

「……この場合、槍を持って襲ってきたのはそちらだと思うんだがな?」

「るせえ!」

 ぶん、と振り切った槌をぴたりと足元へ静止させ、息も荒く此方を睨め付けてくる視線に対し、負けないように、決然とした瞳を向ける。

 引かぬという明確な意思、そして視線に、わずかに気圧されるように、ヴィータの方が……おそらく無意識にだろう、一歩後じさる、それを確認しながら、対抗すべき手段を創造する為、自身の内へと素早く潜り込む。

(足りない……この窮地を脱するにはまだ足りない、想像しろ、そして創造しろ。最強の自分を、この場を納める事の出来る『力』を――――)

 干将・莫耶をはじめとする宝具の無茶な連続投影、それに伴い異常を示す魔術回路、それを無視して幻想する。

 彼女に勝つのではなく、死という現実に打ち克つ手段を。

 あの弓兵ならば、こんな事では止まらなかった筈だ。アイツに出来て、自分に出来ない筈は――無い。

 表に出した気迫、それがプレッシャーとして渦巻き、持ち直した騎士のほうも此方を睨み付ける。

 お互いが全力でぶつかるべく力を溜める、一触即発の空気、それは……。

 

 

「そこまでだ」

 

 

 まるで清涼な風のような一言と共に、水を入れられたことで呆気無く霧散した。

「シグナム! 止めんなよ!」

「――少し頭を冷やせ。らしくないぞ」

 自分とヴィータ、ちょうどその間に割って入るように一振りの刃が振り下ろされている。

 その光景を見据えつつ、シグナムと呼ばれた騎士、そして緑の法衣(?)を着たシャマルを視界に入れたことで、呆然と、毒気を抜かれたような表情で……頭に描いていた設計図、それを破棄する。

 相当自分でも追い詰められていた事は自覚していたが……ここに来て、漸く話を聞く態勢になった、と見るべきなのか。まあ、警戒心が微塵に揺らいでいない時点で、どこまで信用するべきかは怪しい物だったが、先ほどの殺気が嘘のように霧散してしまった事に、頬を掻きながら、微妙な表情で少女と騎士……シグナムのやり取りを見つめていた。

 と、話が纏まったのか、その視線が、こちらへ向けられる。

「衛宮士郎、それが貴様の名前という事で良いか?」

「……ああ」

 ゆっくりと頷く自分の顔に、疲労は浮かんでいたかどうか……完全に息を付けるわけでは無いが、束の間でも休めることはありがたい。そう思い、反応が無い左腕をもう片方の腕で押さえようとしたものの……右腕にも鋭い痛みが奔った事で、渋面になりながら腕を下げる。

「成り行きとはいえ、いきなり襲い掛かってしまった非礼は詫びよう。少なくとも、お前が此方に危害を加える気はないといった言葉……二言は無かろう?」

「元からこっちはそのつもりだったんだが……まあ、仕留めそこなった敵がこんな場所で一人でうろついてるんだ、ある程度警戒するのは仕方が無いとは思うよ」

 大きくため息を吐きつつ答える。実際、自分としてもこの場所で見たのがシャマルでなく、目の前のシグナムであったならば、話しかけようという気も起きなかったかもしれない。

「シャマルから掻い摘んだ話は聞いた。主と知り合った切欠も含め、此方としても聞きたい事はある。が、貴様を完全に信用するわけにもいかん」

「……この状態の俺に何か出来ると思うのか?」

 明らかに、怪我人と見て分かるほどのボロボロな格好に加え、普段の半分以下の身体能力でこの三人……シャマルは未知数だが、それを出し抜くのは……残念ながら、ほぼ無理だと言って良い。辺り一帯を焦土にでもするならば、まだ手はあるかもしれないが。

 そんな自分の様子がおかしかったのか、シグナムは微かに、不敵さを感じさせる笑みを浮かべる。

 思えば、これが彼女が見せた初めての笑みであった訳だが……それがこんな男らしい笑みなのも、どんなものだろう?

「貴様の手の内、その全てをここで晒したわけでもあるまい。ヴィータや私との戦いぶりを見ていれば、これ以上の隠し玉を持っている可能性くらい予想は付く……事実、ヴィータの攻撃に対し、貴様は先ほど倒れることを良しとせず、立ち向かおうとしたではないか」

「はは……随分と買い被ってくれるんだな」

 嫌味ではなく、本心からそう言いながら……その顔に一筋、冷や汗が流れる。

 どうやら筒抜けらしい。まあ、さっきは目の前の相手に集中するあまり、後の事を考慮する気が削がれていて、自分でも何をするかわからないような状態だった。あのまま戦いを続けていれば、どちらかが倒れるまで戦っていたかもしれない。そういった意味では、ここでの水入りは渡りに船、というものだった。

 ――そう、本当に僥倖だ。

 このまま戦い続けていれば……ひょっとするとまた「衛宮士郎は道を間違えてしまったかもしれない」のだから。


「……ここでこれ以上話す事は得策では無いな。シャマルの結界があるとは言え、管理局と事を構えてからそれほど時間が経っていない。まあ、お前が管理局の手の者、であれば状況も変わってくるが……」

 揶揄するように、だが、全く笑っていない視線を受け流しながら、自身は困ったような顔でシグナムを見据えた。

「――――あー、すまん。話の腰を折るようで悪いが、一つだけ質問良いか?」

「? なんだ?」

 その言葉に、訝しげにシグナムの顔が歪む。それをしっかりとした顔で見据えながら、真顔のまま自分は口を開いた。

 ――――それが、この「世界」を確認する言葉だと、端的に言い表しているのに気付いたのは、呆気にとられた彼女の顔を見てからの事だったが。

「さっきから言っている管理局ってのは……此方の『世界』の魔術組織と考えて良い訳か?」

 

 

12月10日 PM 8:34 海鳴市某マンション

 

 

 闇の書、及び守護騎士共に完全にロスト。

 リンディ・ハラオウンは、現場からの報告に、開いていたウィンドウを閉じながら溜息を付いていた。

 全てが上手くいったと、そう思っていた。少なくとも、クロノ・ハラオウンが現場で闇の書を押さえた時点で、九割九分こちらの勝ちを確信していたのは確かだ。

 あの瞬間までは。

「……見積もりが甘かったと、そう考えるべきかしらね」

 無言でアースラから持参した湯飲みに手を添えるリンディに、バリアジャケットから私服に着替えたクロノが頭を下げる。

「すいません、全てこちらのミスです」

「――いえ、クロノ執務官は良くやりました。実際、流れはこちらにあったのだから……闇の書の力を使って逃げる事を考慮してなかったこちらにも責任はあります」

 現場で戦闘を行っていた他の四名のうち二名は、今現在、エイミィから簡単なレクチャーを受けている。言わずもがな、彼女達……なのは、そしてフェイトの新たなる力となるべく、デバイス達が無理を承知で懇願した結果取り入れられた「カートリッジシステム」とその他、拡張されたデバイスの機能についてだ。

 古代ベルカに端を発する、一時的な魔力増強機能。ミッドチルダでも開発はされていたものの、信頼性への不安や扱いの難しさから、一般的に普及する事は無かったのだが……敵と同じ土俵に立つために、敢えてそれを取り入れたのだ。

 レイジングハート・エクセリオン

 バルディッシュ・アサルト

 新たなるその名を噛み締めながら、自分と共に強くなろうとする相棒の姿に、やさしく微笑み返す二人。

「ありがとう……レイジングハート」

<<All light>>

「……バルディッシュ」

<<Yes sir>>

 そんなやり取りに、目の端を僅かに緩めながら……湯飲みを置いたリンディは、手を膝に付け、考えるような仕草で言葉を発した。

「問題は、彼らの目的よね……」

 なのはが赤い少女……ヴィータに話を聞こうとしたもののはぐらかされてしまった、この話の肝ともいえる部分。それについての疑問は、彼女、そしてクロノも、考えは一致しているようだった。

「ええ、どうも腑に落ちません。彼らはまるで、自分の意思で闇の書の完成を目指しているように、感じますし……」

「? それって何かおかしいの?」

 難しい顔で考え込む二人に対し、人型のまま窓際で腕を組んで聞いていたアルフが疑問を挟む。

「闇の書ってのも、要はジュエルシードみたく、すっごい力が欲しい人が集める物なんでしょう? だったら、その『力』が欲しい人のために、あの子達ががんばるってのも、おかしくないと思うんだけど……」

 何気ない疑問に、暫し顔を見合わせる二人。彼らの間にだけ判るやり取りが一瞬だけ行われた後、徐にリンディが頷く。それをきっかけに、クロノがその疑問に答えるように口を開いた。

「第一に、闇の書はジュエルシードみたいに、自由な制御の利くものじゃないんだ」

 その言葉を引き継ぐように、今度はリンディも口を開く。

「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。少なくとも、それ以外に使われたという記録は一度も無いわ」

 その言葉を、彼らは実感を持って受け入れていた。事実、アルフはその言葉に妙に納得したような顔で、それ以上何も言わず沈黙している。

 ユーノ、アルフ、クロノ、なのはやフェイトといった、A~AAAランクに相当する魔導師、使い魔たちの結界を「破壊する寸前まで追い込む攻撃」を見たのだ。それも無理からぬ事だった。

 やがて、彼女達守護騎士の人格などの話に話題が移行する頃、ふと、なのはの視線の先に、フェレットのような小動物……変身魔法により変化した姿でソファーで伸びているユーノ・スクライアの姿を捉え、心配そうな表情で言葉をかける。

「ユーノ君、本当に大丈夫? こっちに来てから、ずっとそんな調子だけど……」

「大丈夫、と言えば大丈夫かな。はは……」

 少年特有の強がりも数秒と持たず、やがてまたぱたりと倒れこんでしまう。

 思えばあの時の攻撃……闇の書から魔力が迸った瞬間、その場にいた誰もが戦慄していた。

 かつての大魔導師、プレシア・テスタロッサがジュエルシードの力を制御して行った魔力攻撃、それに勝るとも劣らない、禍々しいと評するのすらも生温い破壊衝動。

 その攻撃で一番のとばっちりを受けたのは、他ならぬこの少年だった。九歳にしてAクラスに匹敵する魔力と、防御、特に結界魔法に定評のある(特化しているともいえる)魔導師にしても、この攻撃を完全に防ぐ事は敵わず……状況に慌てた他の面々に助けられる形で、どうにか結界を維持する事が出来た。

 だがその対価は大きく、たった一度の攻撃で少年の魔力はほぼ底を付いてしまいダウン。使い魔であるアルフが、フェイトと魔力を共有する事でぴんぴんしているのを微妙に恨みがましい目で見ながら、省エネモードともいえるフェレットの状態で、少しでも早く魔力を回復させようとしているのである。

「またあの力が使われたら、今度は魔力消耗だけでは済まない様に感じるけど……それについての対応はどうするの?」

 なのはとユーノのやり取りを横目にしつつ言うフェイトの言葉に、クロノは難しい顔のまま答える。

「確かに可能性としてはゼロじゃない。が、予想としては、今回のようなケースで来る事はまず無いと言っても良いだろうな。闇の書の概要については前に言ったと思うが、騎士たちが完成を急ぐのであれば、僕達との小競り合いで一々蒐集した魔力を撃つのは割に合わないだろうし……まあ、例の『あの男』がそそのかして、何かをする可能性もあるけど……」

 そこで不意に言葉を切り、ちらりとエイミィへと視線を向けるクロノに対し、珍しく笑顔を治め、真面目な顔付きでエイミィが答える。

「あの仮面の男の事だよね? と言っても、前のときと同じようにあまり情報は得られなかったんだ。サーチャーにもレーダーにも……これも出鱈目なんだけど、何の反応も無かったし……ただ」

「ただ?」

 先を促すクロノに、エイミィは虚空にウィンドウを開く。そこには先日、フェイトを拘束した仮面の男の姿が映し出されていた。

「数日前にフェイトちゃんを拘束したあの魔法……詳しいデータは取れなかったから、不鮮明な部分はあるんだけど、プログラム大本の公式がアレンジした部分を除くと、管理局で一般に使われている魔法にすごく似ているって言われてるんだ。今は退職してしまった管理局員がその手の魔法を教えた可能性もあるけど、それを含めてもあれだけの完成度は、一般的な魔導師にはまず無理だって」

「……そうか」

 重く沈黙するクロノに向け、惚けたようななのはと、何かを感じ取ったのか、驚きの表情で固まったフェイトが声を上げる。

「え――――」

「そんな、それって……」

 僅かに苦味を含んだクロノの表情、厳しく引き締まったリンディの顔、そして不安そうなエイミィの顔を見やるに、彼らが言いたい事は容易く予想できる。



 管理局に、内通者が存在する。



 言葉には出さないものの、そう言っているに等しいやり取りであった。

「まだ、決定的な証拠があるわけでもないから、具体的なことは言えない。こちらの考えすぎで済めばそれに越した事では無いし、それに――――」

 やや硬い表情のまま、何か言いたそうに黙ってしまったクロノに対し、先ほどまで苦しげに呻いていたユーノまでもが、怪訝そうな表情で、様子を伺っていた。

「? クロノ、どうかしたの?」

 俄かに何かを言おうとして、フェイトが口を開いたとき、クロノは自身の考えを打ち消すかのごとく、僅かに首を横に振っていた。

「いや……すまない。こっちの事だ。それよりも彼女達の今後の行動の予測についてだが――――」

 クロノがそう言って何でもない様子をアピールする以上、それ以上の質問は無粋であろう。

 そう判断した彼女達は、少々不自然なクロノの様子にそれ以上何も言わなかった。

 だが、この場で、クロノが敢えて口にしなかった言葉は、幸か不幸か、この場の誰もが思っている共通の認識であった。

 

 

 少なくとも、このまま何事も無く闇の書を確保する事だけは、絶対にあり得ない。

 そして――――闇の書を追ううちに、何か決定的とも言える事件が起きる予感。

 予知めいたそれを、誰も言葉にする事は無く、話し合いは、全く別の方向へ流れていく。

 

 

 誰もが、何れ来る決定的な何かを感じながら、夜はただ深まり、過ぎていく……。

 

 

Act.10 END

 

 

 

 

 

 

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感想
更新待ってました~
相変わらず猪突猛進ですね、ヴィータ。そして相変わらずボロボロの士郎。士郎は闇の書が穢れた聖杯と同じみたいな物と知ったら確実に消滅させようとするんですかね?

後、士郎の料理を食べたシグナム達の反応が見てみたいですね。
2008/06/08(Sun)13:39:20 編集
無題
シグナム、士郎フラグ立てる?
なんかこれは士郎がヒロインで良いんじゃねーですか旦那?


色々と混迷してきましたね。士郎と言うイレギュラーが物語の中心になる日が刻一刻と近付いてますね。
次回、楽しみに待ってます。
NONAME 2008/06/08(Sun)19:06:24 編集
感想
ブラボー!おお、ブラボー!
新作待ってました。ヴィータはこのぐらいでも良いんじゃないですか? この頃は喧嘩っ早いイメージがあるので……
相変わらず士郎の強さが程よいバランス。自分の中での士郎強さは、他のメンバーよりも少し弱いくらいです。
志貴にしても士郎にしても『基本的には誰よりも弱いけど、誰もが勝てない状況下において唯一逆転できる可能性を持っている』のが魅力かと。
西成 2008/06/08(Sun)19:33:13 編集
無題
毎回楽しんで拝見させていただいております。初めてのコメントでいきなりこのようなことを言うのは気が引けるのですが、今回の“PM 8:02 海鳴市住宅街”の場面で「……士郎の身体は見た名以上にガタが来ている。」とありますが、“見た目”ではないでしょうか? 
名無し 2008/06/08(Sun)22:03:34 編集
更新やっほう
いつも楽しく見てます。なのは達とあまり絡まないクロスオーバーのバランスが好きです。絡んでも面白そうだけど。応援してます♪
taka 2008/06/08(Sun)23:12:40 編集
無題
更新ナイス!
それにしても士郎の強さが絶妙ですな!このままいってください。お願いします。

次回も楽しみにしてます。頑張ってくださいね^^
どら 2008/06/09(Mon)01:23:56 編集
感想
待ってました!
ようやく士郎が活躍しつつありますね。
10(2)が待ち遠しいです。
NONAME 2008/06/09(Mon)14:17:36 編集
がんばってください
お疲れ様でした! 
今回も楽しく読ましていただきました。
パワーバランスは西成さんのいうとおりだと思います。続きを楽しみにしています。

お体に気をつけて、がんばってください!
黎明 2008/06/16(Mon)17:48:32 編集
ふと思ったこと
ヴィータのウザさをとても良く表現してて良かった。よくこんなDQNと付き合ってられるなぁっと感心した。
弥生誠 2010/02/03(Wed)06:54:08 編集
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