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Sword of A's Act.11 vol.1

 瞼に僅かに差し込む光で、シグナムは目を覚ました。

 八神家の居間、その場所で僅かに頭を振り、若干残った眠気を吹き飛ばす。

 どうやら、疲れて眠ってしまったらしい。

 最近の過酷な蒐集と、管理局との小競り合いが効いているとはいえ、はやてに最近「ソファで眠ったら風邪を引く」と注意を受けたばかりだと言うのにこの体たらくだ。

 申し訳ありません、主。

 心の中だけで詫びを入れながら、徐に立ち上がろうしたところで、変化に気付いた。

 いつの間にかかけられたタオルケット。

 そして何かの物音。まるでいつぞやの朝の繰り返しのようなその光景に、疑念と共に首を捻る。

 主であるはやてが帰ってきたのか。だが先日は友人である月村すずかの家に泊まると言っていた。今日帰ってくるとは言っていたが、それにしても余りに早すぎる。

(シャマルが先に起きたのか? それにしては何かが違うような気……が……)

 徐に視線を音のした方角、キッチンの方へと向ける。

 そして、硬直。

 

「む、起きたのか?」

 


 まったく予想だにしなかったからこそ、何の情報もなく見たその光景に絶句してしまったとして、誰が文句を言えるだろう?

 そこにいたのは、一人の主夫……もとい、少年と青年の中間に位置する男の姿だ。

 いつ見ても仏頂面に見える顔に、頭にはバンダナを巻き、シャマルも愛用していたピンクのエプロンを装備。右手にお玉、左手に小皿を持ち、少し視線を下に落とせば、湯気を立てる鍋の姿。

 無言で視線を横に移せば、似たような格好で苦笑を浮かべるシャマルの姿も確認できる。

 それだけを確認して、何故かシグナムは今まで感じたことの無い種類の頭痛を感じ、徐に蟀谷(こめかみ)を抑えながらゆっくりと問いかけた。

「……どういう状況なのか、一応聞いても良いか?」

「え、ええと……」

 誤魔化すように視線を逸らすシャマルに対し、士郎が代わりに答える。

「ああ。シャマルさんに頼み込んで朝食の手伝いを……ひょっとしてまずかったか?」

「…………」

 そういう事を聞いている訳ではないのだが。

 存外にそう訴えかけるように無言で、起きたばかりだと言うのにどこか疲れたような表情のシグナムに、慌てて取り繕うようにシャマルが声を上げる。

「ほ、ほら士郎君とってもお料理上手じゃない? だから少し私も習っておこうと思って……士郎君も、泊めてもらった恩を返したい、みたいな事言っていたし、その、えーと……」

「一応、私たちは昨日まで敵対していた筈、だったのだが?」

「あー、その、あ、あはは……」

 そうシグナムが切り返したことで、苦笑を浮かべたまま、誤魔化すように笑うシャマル。それを黙って見つめた後、静かに、しかしややもすると恫喝になりそうな程わざと感情を抑えた声で、この状況の元凶を細めた目で見据えた。

「貴様も、警戒心というものが足りないのではないか? 確かに私たちは『同盟』を結んだが、昨日の今日で、何故そのような行動に移れるのだ?」

 歴戦の戦士として、ヴォルケンリッターの将としての言葉を真っ直ぐに受け止めながら、士郎は少々不機嫌そうに顔を歪める。まあそれもシグナムの言葉に怒っていると言うよりも、不貞腐れた子供のような表情だったのだが。

「む、まあ俺だって少し無謀かなとも思ったけど……現状、頼れるのはシグナム達位な訳だし、管理局に今までの行動がばれたら困るのもシグナム達だろう? 命綱を握られているのに、早々に裏切るような無謀な真似は俺もしないぞ」

「それだけの理由でこのような行動に移っているという訳ではあるまい? いったい何を企んでいる?」

「企むって……なんでさ? 味方になる人の信頼を得るためには、それに見合った行動をするのが当たり前だろう」

「…………」

 どうにも話が平行線で交わることが無い。いい加減、苛立ちを込めて一喝しようとしたシグナムは、次の言葉に、冷水を浴びたように黙ってしまう。

「それに、俺の行動は昨日明言したと思うぞ。最悪の場合の想定と、それに伴う譲歩案を飲んだのもシグナム達のはずだ」

 その言葉で、先日のやり取りを思い出したのか、シグナムも、シャマルもそれ以上言葉無く士郎を見つめる。

 そう、偶然が重なったとは言え、強制して「こちら側」に引き込んだのはシグナム達なのだ。

 時には脅しのような言葉をかけられながら、数点の条件だけでこちらの要求を呑んでくれた士郎は、本来ならば被害者の立場であり、それがここまで協力的な態度でいてくれることこそが僥倖なのだ。

 感謝こそすれ、忌むべき態度こそお門違いなのだが……それでも昨日も含め、士郎の行動は些(いささ)か突飛に過ぎるのも事実である。あれだけの戦いの後に、どうしてこの男は掌を返したように協力できると言うのだろう?

 そこに何か企んでいると考えるのが自然だし、本気で言っているのであれば、真正の馬鹿者として、シグナムの評価がまた変わること請け合いだ。

 どうしても割り切れないものを感じながら、ふと、先日のやり取りを思い出す。

 誰にも聞こえないような小声で……ただし、シグナムだけには聞こえていた言葉。

 士郎が何を思いその言葉を言ったのかは、シグナムも知らない。その言葉がどれだけの意味を持っていたのかにも、何かを言える立場では無いことも判っている。

 ただ――――その表情が余りにも遠くを見ているようで、どこか悔しそうに、そして何かを悟ったように見えたのは、彼女の見間違いではあるまい。

 

 

 彼はこう言っていた。

『正義の味方は、味方した人間しか救わない』と。

 

 

 12月10日 PM 9:04 海鳴市中丘町

 

 

 誰もが沈黙するその光景は、先日までの賑やかさが嘘であったように思えた。

 八神家の居間、そこには暗い雰囲気が漂い、心なし空気までも重くなったように錯覚する。

 一足先に八神家へ戻り、周辺に敵がいないことを確認して待機していたザフィーラと、シャマル達四人が合流したのは、士郎とヴィータの激突から五分としない内だった。

 無言でここまでついてきた士郎が、玄関前に佇み、シグナム達と短く会話するザフィーラの姿に驚き、ザフィーラの方もどこか探るような瞳で士郎を見据えていたが……結局は何も言わずに、玄関の中へ入っていった。

 士郎にとっては帰ってきて早々、四足歩行の肉食獣が貫禄ある言葉で喋り出せば驚くのは当たり前だが、それで取り乱すような無様な真似は流石にしなかった。

 そもそも、言葉を発したことよりも、どう見ても高位の使い魔としか思えない程の魔力の高さとその瞳に込められた知性の高さの方にこそ驚愕していた、というのが士郎の正しい認識なのだが。

 ぼんやりと愚にも着かない思考を浮かべながら、手持ち無沙汰気味に視線を向かい合わせになった面々へと向ける。

 座っているのは四名……いや、三名と一匹。

 腕を組み目を瞑り、黙然と佇むシグナム。
 
 道すがらずっと士郎の事を睨みつけていたヴィータ。

 どこか心配そうに、皆の顔を見つめるシャマル。

 そしてソファの脇に蹲(うずくま)る犬……もとい、狼であるザフィーラ。

 はやてやすずか達の姿はここにはない。士郎が持っていた買い物袋も無くなっている事から、恐らくノエルと共に月村家に向かったのだろう。

 士郎自身は、玄関先ではやてやすずかに会った時になんと言い訳をしようかと悩んでいたために、このような形で説明が省けた事は、幸運と言えるかもしれない。ただ、色々と迷惑をかけてしまった上に、余りにも無責任に仕事を押し付けてしまった埋め合わせは今度しなければなるまいが。

 今は、シグナムやヴィータ、そしてシャマルとも普通の私服姿であるものの、余りリラックスしているようには見えない。自分という異分子に対しどういう風に対処するべきかと言う事と、今後の自分の身柄をどうするかを考えなければならないのだから当然だろう。

 一応、幾らかは伏せた事項はあるものの、それでも自分が知る限り、伝えられる限りの情報は向こうへと伝えたつもりである。

 魔術と魔法の違いといった世界の根幹に関わる事から、この街に来た経緯と、今までの自分の動向など、最近の事まで。

 お互いが意見を交換し合った後の微妙な間……数分にも数時間にも感じられる沈黙、それを最初に破ったのはシグナムだった。

「……秘匿され、血筋によって連綿と受け継がれる魔術と呼ばれる私たちの知らない魔法体系、その管理組織として存在する魔術協会や異端狩りを主とする聖堂教会などのコミュニティ、五人しかいないはずの魔法使いに英霊と言われる伝説上の英雄の話……か。本来なら性質の悪い作り話として聞くべき話ばかりだな」

「……お互い様だな。こっちも時空管理局なんていう次元世界を管理する組織が存在するとか、デバイスによって魔法を行使するとか言われても……出来の悪いSF映画位にしか思えない」

 いつか遠坂凛が言っていた言葉を、士郎は思い出す。

『魔法も科学も、行き着く先は同じである』

 時代と共に科学が発展することで、本来ならば『魔法』の領分であったこと……空を飛んだり、火を出したり、大きなものを運んだりといった事が誰もが使える手段と化し『魔法』から『魔術』に格下げされた技術は幾つもあると言っていた。

 可能性として考えられるとすれば……この世界は魔法と科学が融合する事で、独自の進化の過程を築き上げてきた、という事だろう。

 本来ならば水と油のように相容れないはずの知識体系を掛け合わせた管理局という存在は、成る程、それだけを聞くと一筋縄ではいかない組織にも聞こえる。何より、凛がこの事実を知った場合、どんな顔をすることか……余り想像はしたくない。

「……この場所に来る前の『世界』ではお前は死に掛けていたはずで、何故この場所に来たかも分からず、調査を行っているうちに私たちと管理局のいざこざに巻き込まれた、と。詳細はそんな所で合っているか?」

「ああ、それで間違いない」

 確認の意味でそう語るシグナムに、静かに頷く。そんな様子を横目に、困惑した顔を向けながらシャマルが声を上げる。

「でも図書館ではやてちゃんに会っていたなんて……はやてちゃん、そんな事一言も言ってなかったのに……」

「その辺りは、主の悪戯心というものかもしれん。主はやては時に、そういう気まぐれを起こすからな」

 それまで目に見えて硬かった表情を、シグナム、シャマルとも少しだけ緩める。そこに僅かに暖かいものを感じたのも一瞬、再び真剣な顔になりシグナムが口を開く。

「それで、お前はこれからどうしようというのだ?」

 根本的な問い。それに対し自身は全くあの時と変わらぬ……何時ぞや、月村家の面々にも語った答えを返す。

「――――何とかして俺が元いた場所に帰る。その想いだけは今も変わらない」

「だが、聞けばお前の世界は単純な次元世界とも違う……『平行世界』だったか、その可能性があるのだろう? 戻る手がかりはあるのか?」

「それは……」

 シグナムの静かな問いに、何も言えず黙ってしまう士郎。それに畳み掛けるかのように、シグナムは言う。

「シャマルにも確認を取ったが『時計塔』『巨人の穴倉』『彷徨海』という名前の組織は、この地球には存在していないとの事だ。個人レベルでどうにかできる事ではないと、お前も分かっているのではないか」

「……何が言いたいんだ?」

 その問いかけに、士郎は警戒感を露にし、真っ直ぐにシグナムの視線を見つめ返す。

 先ほどからこちらに疑問を投げかけるシグナムの意図がはっきりとしない。

 自分の話を聞き、単純に疑問を持っているのではなく、まるで何かを確認するかのような台詞。そこに滲み出ている物に、少なからず心を動かされる。

 まさか……いや、しかし……。

「お前が言っている事は確かに荒唐無稽だが、筋は通っている。もし本当ならば……こちらで協力ができる可能性があるかもしれない。そういう事だ」

「な、シグナム!」

「シグナム、貴方……」

 大方の予想通りの言葉に、ヴィータが驚いたように目を見開き、シャマルが何かに気づいたように反応する。それを横目にしながら、シグナムは続けた。

「状況がどうであれ、この男は私達、そして主はやてにも深く関わっている。管理局に協力を仰がれるよりかは、こちらに引き入れた方が得策と、そう考えたまでだ」

 その言葉を黙って聞きながら……先ほどから妙な既視感を士郎は感じていた。

 はやての事を主と呼び、身を粉にして尽くそうとする。そのあり方は、まるで――――。

 脱線しそうな思考。それを僅かに頭(かぶり)を振るう事で抑える。その思考は、今、この話には関係無い。

「行き成り話が飛躍したが……それに見合うだけの物を、シグナムたちが持っていると解釈して良いのか?」

 交渉と言うからには、それに見合うだけのカードを持っていなければ意味は無い。だが、シグナムは割とあっさりとした様子でこう答えた。

「……残念だが、私たちの持つ情報ではお前の望みは果たされるべくも無い」

「…………」

 からかっているのだろうか? どうにもシグナムの話し方に、はぐらかされている感じが抜けない。それを意図したのか否かは兎も角、こちらに相応の疑問を持った瞬間を狙い、

「今は――――まだ、な」

「……何?」

 そう、切り返すかのごとく、今までの言葉をあっさりと翻した。

 知らず、シグナムのペースに一時陥ってしまった事に、士郎は心の中だけで舌打ちする。

 どうも先入観から、彼女の話術の程を侮っていたようだ。油断が遠からず危険に繋がる事は熟知していたはずなのにこの体たらく……あまりいい傾向とは思えない。数々の油断や偶のうっかりはこの体になった事での弊害か。

 ……師匠の影響などと言ったら、あかいあくまのとっても面白い顔が見られそうな気がするが、自分もそこまで命知らずではない。

「お前はいつぞや言っていたな、『なぜこの様な戦いを我らは行っているのか』と。我ら目的は……ひょっとすれば貴様の目的にも合致するかもしれん」

「何を言って――」

 困惑の声音を出す士郎に対し、饒舌に滑っていた舌がぴたりと止まる。一瞬の沈黙と思考。何かを逡巡するかのように瞑る瞳は数秒、やがて、何かを決意したように見開かれる。

 この瞳は知っている。かつて自分と戦った際、奥義を出す直前に見たものと同じ瞳だ。

「……そうだな。そちらの事情は聞いたし、現状、これしか手は無さそうだ。シャマル」

「本気、なのね」

「ああ」

 躊躇なく頷くシグナムに対し、シャマルは一度だけため息をつき、真剣な表情で、右手をすっと、持ち上げる。

 それまで黙ってやり取りを見つめていたヴィータが非難するような視線をシグナムに向けるが……数秒後、舌打ちをしながら、視線を明後日の方へ向ける。それを横目だけで確認したシグナムが、シャマルに対し一つ、頷いた。

「クラールヴィント、お願い」

<<ja.>>

 短いやり取り……その後に、シャマルの右手薬指と中指にはめた指輪、クラールヴィントが光り輝く。

 士郎がその光景に驚きを浮かべる間こそあれ、数瞬の後に、シャマルの目の前に三十センチ程度の大きさの穴が開く。躊躇無く手を入れ何かをまさぐる様を見やり、宝物庫から宝具を取り出す一人の王の所作を思い浮かべる。

 ゆっくりと穴から取り出したのは一冊の本。

 年代物を思わせる落ち着いた表紙に対し、異色とも言える金十字の組み合わせが印象的である。

 タイトルらしきものが無く、辞書ほどもある分厚さを誇るその本は、見ようによっては風変わりな日記帳に見えなくも無い。事実、そう言ってしまった方がしっくりくる様な装丁ではある。

 ――――それを見つめた瞬間、士郎の中で何かが沸き立った。

(っ!)

 見た目だけ言えば、それはただの本だろう。だが違う、感じる感覚もその存在も、ただの本であるはずが無い。

 ヨーロッパの百年戦争において、ジャンヌ・ダルクの一番の理解者と言われた男が、ジャンヌ復活を願う執念と狂気と共に行使したと語り継がれる「ルルイエ異本」

 イスラエルを繁栄に導いたソロモン王によって記された、72柱の悪魔たちを詳細に記した「レメゲトン」

 失われしアラビアの魔導知識を保存し、見た者を狂気の狭間へと突き落とす「ネクロノミコン」といった、実在したのかどうかも定かではない魔導書が脳裏に浮かぶが……これは現実に存在する禍々しさを放っている「本物」であるという認識が、頭の中にある。

 一瞬で呑まれそうになる思考に、歯を食いしばり思考を落ち着ける。解析など不能。こんな物を何の供えも無く理解しようとすれば廃人化は確実である。

「それ……は……」

 知らずに震える声を出す士郎に対し、訝しげにシグナムたちがこちらを見据えるものの……それにあえて取り合わずに、その重い口を開いた。

「先ほど、次元世界の説明はしたと思うが、太古になんらかの原因で消滅してしまった次元世界というものも数多く存在している。その多くは、自然災害といった天災によるもの以外にも、戦争、人の業というものが原因となる事も多い」

「…………」

 黙って耳を傾ける士郎に、シグナムはさらに言い募る。

「そんな崩壊した次元世界の中で、稀に高度な魔法技術の遺産が、何らかの理由で他の世界へと渡る事がある。そのようなオーパーツとも言える物品を総称して『ロストロギア』と呼んでいるのだ……呼び名自体は管理局の受け売りだがな」

「ロスト……ロギア」

 シグナムのその言葉と共に、目の前に重なるかのように、赤く黒い地獄が、一瞬視界にフラッシュバックした。

(まずい……これは……)

 喉がカラカラにき、脈拍が上昇し、まるでサウナの中にいるかのようにじっとりと張り付く汗疹に呼吸も不自然な程に上がっていく。それを無理やりに飲み下し、目の前に現れた……シグナム曰く「ロストロギア」と呼ばれるであろう物品を睨めつける。

「その、シャマルさんが持ってる『本』も……」

「ああ。そして私たちが戦う理由でもある」

「何――――?」

 一瞬、惚けたように返事をしてしまう。

 これが、理由などと言われても、それだけで納得できるような人物はこの場にいないだろう。それを見越してなのかどうなのか、思わず食いついてしまったのは、後から考えれば、シグナムの掌の内だったのかもしれない。

「回りくどい言い方もここまでにするか。察しの通り、この本はただの本では無い。ロストロギア『闇の書』……666ページの魔力を蒐集する事で、所有者に絶対的な力を授ける事の出来るものだ。そして――――」

 そこで一旦言葉を切り、ちらりと、他の三人へ視線を移すシグナム。他の三名が何も言ってこない事を確認した後、少々芝居掛かった物言いで、後の言葉を紡いだ。

「その闇の書を起動するまでの主の護衛と蒐集活動の直接的な実行……それが私たちヴォルケンリッターと呼ばれる『守護騎士プログラム』が至上の命題としている行為だ」

 

 

 そこから聞かされたのは、たった一人の少女のために奮闘する騎士たちの言葉だった。

 闇の書。自らの主を求め、彷徨い続ける魔導の書。幾多の彷徨を経て、今の主、八神はやての元で本格的な活動が始まったのが半年前。

 初めこそ、超常現象に触れた事で気絶してしまったものの……闇の書の詳細、そして目的を聞いたはやては、最初にこう言ったそうだ。

「ほんなら、私がみんなの面倒みなな」

 そこから始まる全く新しい生活。最初は戸惑いながらも、皆で笑い、泣き、怒り、そしてまた笑う。

 平穏な日常。それは守護騎士たちにとって新鮮な驚きとともに受け入れられた。

 自分は闇の書に何も望まない、ただ、この平穏な生活が続けば良い。

 星空の元、シグナムにそう言ったはやてに対し、その尊い願いを守る事を固く誓う守護騎士達。

 誰もがいつまでも続くと、そう確信していたはずの生活……それは唐突に終わりを告げる。

 

 

 はやての足の麻痺が、徐々に進行している。

 そう聞かされた時の恐怖、そしてやり場のない怒りは守護騎士たち全員に伝播した。

 気づくべきだったと、シグナムは悔恨と共に歯軋りする。守護騎士プログラム、そして闇の書は、少量とは言え主からの魔力供給で動いている。魔導師として覚醒していないはやてにとって、魔力を消費するという行為、それ自体が知らず知らずのうちに負担になっていたのだ。

 その負担は麻痺と言う形で現れていることにも気付けず、ただ、平穏な毎日に疑問を差し挟む事も無かった。今から考えれば随分と暢気な考えであったろう。

 麻痺の進行は、遠からず、確実にはやての命を奪う。

 はやての担当医である石田と呼ばれる医師は全力でそれに対処するとは言っていたが、原因が原因だけに、今のこの世界の医療で対処するのはまず無理な話であった。

 いや、魔導治療の知識も整った管理局であろうとも不可能であろうという考えは変わらなかった。あるとすれば闇の書との契約の破棄ぐらいだが……一度結んだ契約を破棄するような例は、過去に一度も見たことが無い。

 そんな中で、はやてを助ける方法はただ一つ。

 闇の書の完成。元々、魔導師として未熟だからこその負担の元、それさえ解決できれば麻痺の進行も止まる。

 その為に行うのが蒐集と呼ばれる活動……他人から魔力を奪い、闇の書に記述させる行為。それを666ページすべて埋めるまで続けると言う事は、途方もなく大きな「時間」という敵との戦いでもあった。

 たった四人。誰にも協力を頼めない騎士達の孤独な戦いが、その瞬間、幕を開けたのである――――。

 

 

「……我らは誓ったのだ。主はやてのため、泥を被る役目を引き受けようと。それでこの身が地獄に落ちる事になったとしても構わぬ、とな」

「それが、お前たちの目的、か」

「そうだ。無論、この件が終わった後には相応の罰を受ける覚悟もある。その程度で贖罪になるとは思えぬが、主には日の光の元を歩いて欲しいからな」

 守護騎士達はその時の光景を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙っている。それを横目に、黙って話を聞く士郎は、しかし、心の内には複雑な思いが去来していた。

(守護騎士プログラムと闇の書……成る程、さっきから既視感を感じるわけだ。というか、システムそのものが『あれ』にそっくりなんだものな……)

 かつての記憶の中に埋もれながら、なお輝きを失わない物。一瞬だけ、その時の光景を思い出しながら、やがて微妙な間を破るように、ふう、と大きくため息をつく。

「どこの世界にも、似たような話はあるんだな……」

「……?」

「何でもない。それで、俺に対する処遇はどうするつもりだ?」

 そこで一度言葉を切り、鋭く視線を歪める。

 士郎は気づいていなかったが、それは獲物を狙う猛禽類の瞳と同位である。シャマルは元より、戦慣れしているシグナム達ですら一瞬呑まれるような視線だった。

「この話を聞かせたということは、俺にもその蒐集行為を手伝わせる、その意図があってのことなのか?」

「……どう受け取るかはお前の自由だが、それを全く意識していないと言えば嘘になるな」

「もし、俺が断れば?」

「…………」

 表情きつく、今にも飛び出してきそうなヴィータを鋭く手で制し、淡々とシグナムは語る。その手に持つ切り札、それを平然と一枚、切り出しながら。

「抵抗があるのは分かるが、良いのか? ひょっとすればお前の目的を叶える事に繋がるかもしれないのだぞ?」

「……闇の書、か」

「ああ」

 彼女はこう言いたいのだろう、自分達に協力すれば、士郎の願い……自分が元いた場所への帰還を実行することも出来る、と。

 闇の書の蒐集行為がどれだけの規模の物であるのかはわからないが、あの破壊力を見るだけでも行使する魔力の程が人知を超える物である事は理解可能だ。闇の書が溜め込んだ知識とその圧倒的な力を行使すれば、もしかすると「第二法」の真似事も出来るかもしれない。

 可能性でしかない話ではあるが、それでも何の手がかりもなく歩き続けるだけだったころに比べれば、縋るには十分な理由とも言える。

「そうだな、確かに俺のメリットも大きい。何より、帰還実現の可能性が出てきたってだけでも僥倖だろうな」


 やがてゆっくりと周りの者たちを見ながら、士郎は宣言した。

 士郎が話を聞く前から用意していた、揺ぎ無い答えを。


「けど――――今のままでは協力は無理だ」

 迷い無いその言葉。そこに込められた意味を当初、周りの者は理解出来ず一瞬、呆気にとられてしまう。まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情。その意味が浸透すると同時、取り繕うように表情を諌めたシグナムが士郎へ声をかける。

「……訳を聞こうか」

 表情そのものは全く変わっていない、だが心なしか先ほどよりもプレッシャーが増しているように感じる。だが、それはプレッシャーを真っ向から見据えた士郎も同様だった。

「確かに蒐集行為そのものは褒められたものじゃない。だけど、俺が不満に思っている事はその他にもある」

 有体に言えば「怒っている」と表現していいだろう。ある程度の感情のコントロールは魔術師の必須項目であるが、それでも、どうしても気に入らない事が話しの中にあった。

「あんた達が誰かを救いたいって想い、それを否定する気なんて無い。けど、その救うって気持ちの中にあんた達の姿はあるのか?」

「――――何?」

 その言葉に、驚いたようにシグナムが声を上げる。

「自分達のやってきた事に対し向き合おうとする気持ちはあるのは結構だが、『自分達だけ』が罰を受けた結果、はやてちゃんが取り残されてしまう事は考えていないのか?」

「――――っ! それは……」

 予想だにしない……否、予想していながらあえて考えないようにしてきたと言うべきか。明らかな動揺を感じながらそれでも殆ど態度に示さなかったのは、賞賛に値するだろう。

「あり得ない、とは言えないんじゃないか? 俺は管理局のことなんて良くは知らない。けど、組織として、他者を襲撃する事で願いを叶えた者に対しては、大小の差こそあれ、出頭した際に何らかのペナルティは課すだろう……それが考えうる中で最悪のペナルティで無いとは、誰にも言えないだろう?」

 かつての戦争のような、様々な思惑、利権からの監視……実質は黙認であったとは言え、そもそも、あのようなケースは協会の方針と照らし合わせても稀な物だった。

 封印指定の宣言をあの世界で受けたからこそ、士郎には分かるのだ。組織の強さと、その怖さを。

 管理局がはやての身の上を案じ、裁判になったりするのならばまだマシだ。大まかに聞いた所、司法機関と警察機構が一体化したような近代的な組織というイメージは士郎も持っている。

 だが、どの世界、どの組織であろうとも、闇の部分というのは存在するのだ。最悪、管理局が協会のような組織と同じ結論を出すのならば……その結果は火を見るより明らかだ。

「……だが、それならばどうすれば良いと言うのだ? 我らに手は残されていない。考えうるベストが無いのならば、まだ最悪にならぬ方法を探すほうが建設的なはずだ」

「そうじゃない」

「? 何を?」

 即座の否定に、今度こそ困惑した表情を表に出すシグナム。それを見据えて……知らず知らずの内に熱くなってしまった内心の熱を冷やそうと、心持、感情を抑えるように、冷静になって言い直す。

「そうじゃないだろう? 本当に彼女と……はやてちゃんと共に歩いて行きたいのならば、それで彼女が傷ついたとしても今、彼女に言うべきなんじゃないか? いや、それだけじゃない。自分たちの今の行いを誰かに伝えて、穏便に魔力を蒐集する方法だって――――無いとは言えないんじゃないか?」

 言いながら、自分の言葉がいかに独善的で自分勝手な言葉なのか、それを理解してしまい思わず自嘲的になってしまう。

 一体どの口がそんな言葉を吐くのだろう。筋など通っていないし、子供染みた責め言葉など、大して聞く耳があるとも思えない。

 だけど、言わずにはいられなかった。

 子供染みているとか、理想論だとか馬鹿にされても、それでも嫌だったのだ。誰かの為に努力した人間が、その為に不幸になってしまう現実など。


 ――――遠き日のあの場所。黄金の別離を果たした気高き騎士王のように、その人生(みち)が間違っていなかったと、最後の最後で、胸を張れるように。


 そして、それは士郎が目指す「全てを救う」正義の味方に合致するための数少ない願望でもあった。

「……さっきから黙って聞いてりゃぬけぬけと言ってくれるぜ。テメェの案に沿って、管理局の連中に頭下げて協力してくださいとでも言うつもりかよ? それこそ本末転倒になるんじゃねえか?」

「…………」

「テメェがどう考えてるのかなんて知らねぇが、闇の書のページを埋めるのは並の魔導師の魔力じゃ足りねえんだよ。百人か千人か……管理局だって慈善事業じゃねえ。そんな人数分の魔力を素直に差し出すとでも思ってるのか?」

 さすがに我慢の限界だったのか、ヴィータが不機嫌さを隠さぬ声音で声を上げる。それを正面から見据える自分の顔に何を見たのか、嘲笑するかのようにヴィータが鼻を鳴らした。

 この少女と和解するのは一筋縄では行かないらしいとは先ほどから感じてはいたが……ここまで嫌われるとは、流石に予想外ではあった。

「シグナム、やっぱりこいつリンカーコアと記憶奪って放っておいた方が良いんじゃねえか?」

「――――っ!」

 明確な敵意に自分の直感が危うく反応しかかる。まさかこの場所で戦いになるとは思えないが、万が一、ということも有り得る予感に、反射的に体を硬直させる。

「よせ。主はやてに何と言い訳をするつもりだ? それにここで戦えば、最悪管理局にこの場所を感知される事になるぞ」

「ちっ……」

 舌打ちをしながら、忌々しげにヴィータが引き下がる。それを見据えて、士郎も内心の緊張を緩めながら、反射的に浮かせかけた腰を再びソファに沈めた。

 流石は烈火の将と言うべきか。リーダーとしての心構えとカリスマ性は持ち合わせているらしい。

「……お前が言う事も分かるが、それは結局理想論だ。主はやての命に背き、蒐集行為を既に実行してしまっている現状が変えられない以上、私たちの目的は既に『闇の書』の完成に絞られている。それを言葉で言い繕った所で結局は変わらない。望むべくは、裁きの日に少しでも温情を期待する位だが……それでも、管理局に騙され全てをふいにしてしまうよりかは、ずっと良い」

 揺ぎ無い答え。これではもう話し合いは平行線を辿りかねない。

 互いに譲れないものが有る為に、どうしても意見を噛み合わせることが出来ず、その結果言い争いになる。どこかで妥協点を見つけない限り、この状況は打破できないだろう。

「それに、お前は少々勘違いをしているのでは無いか?」

 そう言って、シグナムはすっと立ち上がる。

 その瞳に映るのは何の色か……少なくとも、友好の色だけでは無さそうだ。

「協力を拒むのならばそれでも良い。ただし、お前が管理局に頼る可能性も考え、監視を付け……最悪、先ほどヴィータが言ったような行動に自分たちは移ることもできる」

「脅迫か?」

「厳密には……いや、取り繕っても同じか。そのように捉えてもらって構わん」

 まっすぐとした視線。救いたい者の為に、切り捨てるべき一を覚悟した表情。それは決して嘘ではないはずだ。

(全く……)

 そんな表情と決意を見せられて、自分の心が動かないはずは無い。

 自分でもどこかで分かっていた。その瞳を、決意を……揺ぎ無き信念を見せられて、それを彼女達が変える事も無いだろう事は予想の内だった。

 場違いなほどに深い深いため息を吐き、徐に頭をガリガリと掻き毟りながら、いい加減、自分の人の良さに嫌気が差しそうになった。

 そう、言葉でどんなに取り繕おうとも、結局、自分は……。

 唐突にそんな行動に出た士郎に対し、驚くような表情で騎士たちがこちらを見据えるが、それを無視して、確認すべき事項を士郎は口にする。

「確認したいんだが……あんたらは蒐集が終わったら、はやてちゃんに全てを話して……罪を償った後ははやてちゃんと平穏に暮らす。それだけが目的なんだな」

「ああ。それ以上、と言うよりもそれだけが私たちの目的だ」

「魔導師の源、リンカーコアだったか。それが抜き取られても余程の事が無ければ命に別状は無いし、一定期間魔法が使えなくなるだけ……なんだよな?」

「ああ。何らかの障害を持っていたりしなければ、無事なはずだ」

「……闇の書は完成したら、はやてちゃんが全てを管理下に置ける。万が一にも暴走して他人を傷つけるような事は無いんだよな」

「そうだな。闇の書が完成すれば管理人格が覚醒する。管理人格自体は主はやてに忠実なはずだ。何かあっても、管理者権限を行使できる以上、暴走を食い止めることも可能だろう」

 淀みない会話の応酬。そこに表出するのは、いかにロストロギアと呼ばれる代物が、出鱈目であるかと言う事だ。まあ、力が力だけに、安全装置も無く放り出すような事はしないだろうし、出鱈目さで言えば、自分の世界も負けてはいないのでお互い様であろうが。

 もう一度だけ重い息を士郎は吐き出す。嘘を言っているような気配はしない。その言葉を信じるならば、犠牲は最小限に食い止められるかもしれない。

「繰り返しになってしまって済まないが、俺はやっぱり蒐集行為自体は反対だ。だけどもし……もし、それでしか救えない人がいるのなら……」

 自分の心の中で、それでも何かが痛みの声を上げる。

 全てを救うなど、絵空事だと分かっていた。あの戦いで未来を見せられるまでも無く、それが現実にどうあがいても不可能であることなどとっくに気付いていた。

 だから自分は、せめて目に映る人々が幸せであることを望んだのだ。

 それが矛盾であると知りながら……十を救うと言っておいて最終的に一を切り捨てなければいけなかったアイツの想いを理解しながら、それでも自分は行くと決めたのだ。

 元より、一人で泣いていた女の子を……救いの手を伸ばす者をただ振り払う事など、衛宮士郎に出来るはずが無い。

「俺はあんたらに協力する。なんなら俺の魔力を蒐集したって構わない」

 だから、そう宣言する。

 誰よりも人を救いたいと思う気持ちと、救えない者を切り捨てなければならない苦悩、その葛藤に悩みながら……それでも理想を求め、衛宮士郎は「正義の味方」を貫き通す。

 

 

 シグナムは目の前の男の言葉に、何度目か分からない驚愕を覚えていた。

 話の流れから、このままでは協力体制にはならないと踏んで強攻策を取ったのは事実だ。

 最早、監視も致し方なしと半ば諦めていただけに、士郎が割りとあっさりと意見を翻し、あまつさえ自分の魔力すらも差し出すと言った時には呆れすら浮べたほどだ。

 何を考えているのか。

 魔力を差し出すということはつまり、犠牲者を少しでも減らそうとするこの男自身の倫理観からだろうか。それにしても、何の躊躇(ためら)いも無くそう言ってのけるその精神は単なる自己犠牲を通り越して異常だ。

 見れば、ヴィータやシャマルは元より、表情こそ分からないもののザフィーラもその光景を呆然と見つめている……が、言ったはずの当の本人はそれにはお構いなく、次の言葉を紡ぐ。

「ただし、条件がある」

 そう言った事で、再び場に緊張が奔る。だが、シグナム達はその言葉に逆に安心してしまった事に気づいていない。

 当然といえば当然だ。条件も無くタダで引き受けるとはシグナム達も考えてはいないから驚愕したのであって、打算的な考えがあった事で漸(ようや)く人間性を感じることが出来たのだから。

 どんな条件だろうか。シグナムは考える。会った時間は短いが、不思議とこの男からは闇の書に関する力……その存在を使い利権を貪るような行為は無いと感じられた。まあ、求めた所で権限の移行など不可能であるし、はやてがまず、それを許さないだろうが。

「その前に――――少し、失礼する」

 戦々恐々とする傍ら、なぜか士郎はそのまま動きを止めたように目を瞑る。

 何を……と考えるまでも無かった。それを、自分たちは嫌というほど目の当たりにしている。だが、何故この場でこの行為をしようとしているのか?

 知らず知らずに身構えるこちらの姿にすら気づかずに、士郎は躊躇無くその呪文を口にした。

「投影、開始(トレース・オン)」

 魔術。異世界から来たと言い張るこの男が使う、自分たちの知る魔法形態とは明らかに異なる技術。

 詳細は聞いていないが、この言葉には覚えがある。あのビルでの戦いと、公園でのヴィータとの戦闘の際に使用していた呪文だ。何らかの武器を取り出す……それも複数と同じものを……だと理解していたはずだが……。

(な――――に?)

 一瞬、その場に現れた物を、どう表現して良いのか迷ってしまった。

 それは紫色の奇妙な短剣だった。

 いや、短剣と評して良いのかどうか……どうも自信が無い。歪な剣先はまるで稲妻を描くように折れ曲がっており、あれでは折角の殺傷力を殺しているといっても良い。

 曲がりなりにも、この男が見せた双剣や螺旋を描く一角剣とは威力の点で劣っていると言って良いだろう。

 だが、この歪な剣には、先の二つには無い何かがある。それはその武器を包む独特な雰囲気から容易に察することが出来た。

「それは――――」

 なんだ、と声を続けることが出来ない。やがてゆっくりと目を見開いた士郎が呟くように言葉を発する。

「……ロストロギアというのがこの世界にはあるって話だったよな。俺たちの世界にもそれに近い物はあるんだ。イングランドで語り継がれる円卓の騎士団を統括したアーサー・ペンドラゴンが持っていた聖剣の話とかは、聞いたことはあるんじゃないか?」

 何時かはやてが読んでいた本の中にそのような記述があったことを思い出す。イギリスのイングランド地方に伝説を残し、遠くこの日本でも知られるほどの聖剣と、それを使い覇道を進んだ英雄の話は、シグナムも興味があり何度か目を通したことがあった。

「俺たちの世界ではそれらの伝説や神話に出てきた武具の事を『宝具』と呼んでいる。これもその一つ……なんで俺がこれを持っているのかという話は後でするが、これはある特殊な場面でのみ、相応の威力を発揮する物だ」

「特殊な場面、だと?」

 その言葉を聞いたシグナムの顔が歪む。

 明らかに殺傷力と言う点で劣る短剣……少なくとも、実践向きではない事は確かである。その宝具とやらを用いて、何を行うと言うのか。

 そんな、シグナムたちの興味に、しかし士郎はその疑問に答える気が無いかのように、全く別の話を切り出した。

「『王女メディア』というギリシャ悲劇を知っているか?」

「何……だと?」

 いきなりはぐらかす様な物言いは、先ほどのシグナムに対する意趣返しか。先ほどとは全く逆の立場になっている事から、意識的にやっているとすれば、少なからず、先ほどの行為を根に持っていたと言うべきだろう。本人の表情からはそのような物を発見できないが。

「ギリシャ神話の古代グルジア王国の王女であり、神代の魔女の名前だよ。裏切りと挫折に満ちた生涯を描いた文字通り悲劇の作品だ。これはその「裏切りの魔女」という特性を具現化し、メディア自身も「ある戦い」で使用し、絶大な効果を上げた実績を持つ宝具だ……こう言えば何を言いたいか分かるか?」

 ある戦い、の部分で士郎の表情に僅かながらの変化が見られた事を疑問に思いながらも、続く言葉に、シグナムは表情を更に驚きのそれへと染めた。

 同時に理解する。勿体付けてまでこの男が語る事を躊躇った、その意味を。

「……この宝具の名は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』魔力で強化された物体、魔力によって生み出された生命、そして……『契約という関係』大凡(おおよそ)、魔術に関係するもの全てを「作られる前」の状態に戻す事が出来る魔術兵装だ」

「!」

「条件と言うのはただ一つ……最悪の場合、俺はこの武装を使い、闇の書とはやてちゃんとの契約を断ち切り、被害の拡大を防ぐ、という事だ」

 その言葉に、衝撃を受けるシグナム達。

 それがもし可能だとすれば、守護騎士たちの苦労を余所に、はやての症状を一気に緩和する事すらも可能であろう。

 だが、それは同時に、守護騎士達の消滅も意味している。契約の破戒などと言う物が実際に出来るとして、実行すれば確かにはやてが助かる可能性はある。だが、所有者がはやてでなくなった以上、闇の書は再び無作為転移を行い、新たな主の元へと旅立つ事は間違いない。

 


 ――――有体に言ってしまえば、

 それは、守護騎士達の死を指していると言っても過言ではない言葉だった――――。

 

(vol.2に続く)

 


 

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無題
更新お疲れ様です!
これは形勢逆転?になるんでしょうか?
なんにせよ士朗はヴォルケン達と立場が対等以上にはなった、てことですよね。
草之 URL 2008/07/19(Sat)22:29:43 編集
無題
ルールブレイカーって伝承にあったっけ?
Fateのオリジナルの宝具だと思ってたけど
NONAME 2010/03/16(Tue)21:39:43 編集
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