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一人の少女が、朝日昇る丘の上を走っていた。
黒髪青瞳、髪は左右に分け、身に纏うのは赤一色。
走る度にふわり、ふわりと揺れる髪を気にする事もせず全力疾走。やがて、その視線の先に一人の男が映った。
背は180を超えるかという長身、白い髪に浅黒い肌、少女と同じような赤い衣装の下は体にフィットしたボディアーマーで覆われており、その下には無駄のない筋肉がのぞく。
その視線は落ち着いた光を持ちながら、走り寄る少女をじっと見つめていた。
やがて息を切らせた少女が、彼を見て呟く。
「――――――」
それは端から見れば、別れ前の恋人のような光景だった。
もう二度と会えない事に悲しみと寂しさを抱えながらも堪える姿は、その少女を例えようも無く美しく、可憐に見せていた。その様に、思わずふっ、と漏れてしまった笑みを浮かべる男に、少女は拗ねたような表情を浮かべる。
刹那の時間。
まるで最後の別れの時を少しでも長く、先延ばしにするように言い募る少女に、男は先ほど見せた物とは違う、まるで少年のような笑みを浮かべ……そして。
「答えは得た。大丈夫だよ――オレも、これから頑張っていくから」
そうして彼は消えて往く。
たった一言、本当に満足そうな言葉を少女にかけて。
蜃気楼のように、幽霊のように、消失していく。
少女は動かない。
ただ黙ってその光景を見守る。
やがて朝日が完全に昇りきった頃。
朝焼けに霞む日を背に、少々乱暴に目じりをぬぐいながら。
少女はすねた表情はそのままに、強い想いを含んだ言葉を、もういない
彼に向けて放った――――
12月1日 AM 6:00 海鳴市中丘町
「え……?」
目が覚めた。
いつもと変わらず平穏な朝の光。時計は今、丁度6時を指そうとしていた。
隣りを見やれば自分と同い年ぐらいの少女が寝言のように何かを呟いている。
それは紛れも無いいつもの朝だった。それを自覚してしかし、今見た内容の夢を再び思い返す。
「あれ……夢?」
頭のどこかでは自覚しながらそれでもそう呟いてしまうのは、夢の内容が余りにも綺麗な一コマだったからであろうか。
自分よりも年上の女性と、それを暖かく見守る青年。
おとぎ話ならば、お姫様とそれを守る騎士を連想させる光景が一瞬、自分がイメージした「騎士達」に被る。
(夢……かぁ。綺麗やったけど……とっても切ない気分になったなぁ)
ふと、自分の事に置き換えてみる。
自分と共に「家族」となった人達。その人達がもしも突然、今の夢のようにいなくなってしまったら。
また独りぼっちになってしまったらと考えると……。
(夢の中の……あの綺麗なひとみたいに、強くできんやろなぁ)
ぽつりとそんな事を考えてしまい、それを慌てて否定するかのように首を左右に降る。
(ううん、そんな事無い。みんな私に黙っていなくなったりなんか絶対に無い。だって……)
家族なのだから。
久しく絆の意味を知らなかった自分が久々に出会った人々。最初は驚きながらも、楽しく騒がしく賑やかな日々。
最初こそ困惑していたものの徐々に笑顔を見せるようになった人々に、つられるように笑顔になっていった自分。
それは自分自身にとって、何よりも欲しかったもの。
(……そうやな)
その事を自覚し、一つ、眠気を払うように伸びをする。
「さあ、ちゃっちゃと朝の支度してまお」
そうして彼女……八神はやては一人、新しい家族の為の朝食作りへと向かった。朝食の用意をする頃には夢の事はすっかり忘れ去っていた。
まるでたゆたう波の中にいるように、意識がはっきりとしない。
夢なのか、現実なのか、鈍った思考ではそれすらも判断する事が出来なかった。
誰かの声が聞こえた気がする。
一人は女、一人は男。
死に掛けの自分に対し声をかけてくれた人達。
救援なのか敵なのか。自分は助かるのか否か。
やがてその声も遠くなり……。
何の脈絡も無く。
不意に、重かった瞼に光が差した。
「え……?」
いきなり開けた視界に、呆然としながらも辺りを見回してみる。
朝焼けに霧を含んだ空気。
清々しいその空気に若干の悪寒を感じ思わず身を縮める。
(何だ……? 一体……)
いまだ夢見心地の思考に活を入れ、その場から立ち上がろうと膝に力を入れた……刹那。
「うわっ!」
自分の体ではないような奇妙な違和感を感じ、再び倒れこみそうになる。
近くの木へ手をかける事で倒れこむことだけは阻止しながら、調子を確認するように足を一歩、二歩とゆっくり前に出した。
明らかにおかしかった。
目線が随分と低いように感じる。大体頭ひとつ分くらいだろうか。
自分の現状を把握する。記憶が確かであれば、自分は中近東の戦場にいたはずである。
絶対的な力を持つ、ある一つの国家が敵視する国の一つ。
未だに内戦が治まらぬ危険地帯。その場所に自分……衛宮士郎は立っていたはずだった。
(しかも重傷を負って……って、そうだ! 傷!)
ようやく昨夜あった記憶に行き着き、体の状態をチェックする。
着ているものはいつもと変わらない聖骸布とボディアーマー……では無かった。
「な――――」
愕然とする。
今自分が着込んでいるものは、そっけない白と青のスウェットシャツにジーンズ、スニーカーと、大凡(おおよそ)戦場にはそぐわないものばかり。
それは五年前衛宮士郎が纏っていた、聖杯戦争当時の衣装に酷似していた。
(どういう事だ? この服……それに怪我どころか傷一つ無い。馬鹿な、俺は確かに……)
そこまで確認してはたと気付く。
服装が五年前の聖杯戦争当時のものならば、自然背格好の方もそれに合わせて――――
(いや、まさか……)
ありえないと思いつつも、今の状況を見るにそれしか考えられないのも事実だった。
ごくり、と唾を飲み込む。
「確認する……必要があるな」
独り言のように呟いた後に、そのまま瞑想するように瞳を閉じ……トランス状態に近い状態へと自己を変革。
集中力はイメージへと注ぎ込まれ、そのイメージを具現化するように、魔術回路を一本立ち上げる。
選択するのは投影魔術。投影物は鏡。
「――――投影、開始(トレース・オン)」
イメージを思い浮かべながら起動の言葉を口にする。そこで自己を変革する暗示は終わり、ついで幻想を形に起こす過程へと流れていく。
周りの音と言う音が排除され、手の中に生み出される感覚のみに支配される事数十秒。
「――――投影、完了(トレース・オフ)」
やがて確かな手ごたえを感じ、集中を解除する。
その結果を確認するのに一瞬躊躇しながら……やがて恐る恐る瞳を開けた。
投影自体は完璧だった。そこには何の変哲も無い昔ながらの手鏡が握られている。それこそ、聖杯戦争当時からは考えられないような精巧さで。
だが、それに感慨を受ける余裕はかけらほども無かった。
そこに映し出された姿を見て、自分の予想が当たったという奇妙な安堵と、何度目かも分からない驚愕とあきれという複雑な感情を面に出しながら……気が付けば、鏡の中の自分に呟いてしまっていた。
「……なんでさ」
そこに映っていたのは、燃えるような赤い髪。
服装だけではない。表情も体格も聖杯戦争当時のままの、衛宮士郎の姿がそこにあった。
(桜台か……説明書きは日本語だし、日本で間違いなさそうだな)
あれから数十分が過ぎていた。
取りあえずより詳しく体の状態をチェックしたところ身体機能、魔力回路共に正常、というよりもむしろ、怪我をする以前よりも快活という、昨日死にかけたとは思えない冗談のような結果が返ってきた。が、それ以上に異常だったのは自身が保有する魔力の方だ。
魔力が、死に掛けたときよりも数段上がっている。
どの程度かと大雑把に言えば強化、投影は問題なし、どころか起きた直後には気付かなかったが、固有結界の維持ですら余裕でこなせそうな程の力の高ぶりを感じている。条件次第では、星々が鍛えたあの『聖剣』に手が届くかもしれない。
昨日感じたことが……いやそもそも、自分がやってきた事が全て『長い夢』で片付けられそうな異常性に、自分自身薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
自分の体に……何者かが手を加えたのではないかと言う、危機感。
それこそ自分が預かり知らぬうちに……自分が気絶していた『あの時』に何かしたのではないかと言う生理的嫌悪感。
だがその事よりも今は優先すべき事項があった事を思い出し、半ば無理やりにその思考を頭の片隅から追い出した。
とりあえず現在の場所の確認のために暫く歩き回り(当然、凄惨な争いの光景は、どこにも無かった)ここが中近東の山奥ではなく日本の山の中……おそらくどこかのハイキングコースの近く……だと言う事を理解したのが今、目の前に立つ立看板を発見したときの事。
そこまで調査して、しかし、今の状況を打破するには決定的に情報が足りていなかった。
なぜ自分はここにいるのか。
なぜ自分はこの姿、聖杯戦争時の格好なのか。
(そもそも、ここは本当に日本なのか?)
これが何かしらの幻術の類である場合、この術を掛けた術者がどこかに潜んでいる可能性はある。
それが敵であり、自分を殺すためにこの空間を作ったとすれば余りゆっくりとしている余裕は無い。アヴェンジャーが行った『聖杯戦争のやり直し』のような前例が、全く無いとも限らないのだ。
(とにかく、一度山を降りて街中に――――?)
改めて動き出そうとしたその時、微かな違和感を感じてその場に立ち止まった。
(何だ? この音……?)
それは気をつけなければ聞き取れないほどの、微かな音。
何かを打ち合うような……ボールを空き缶にぶつけているような音と表現すれば良いだろうか?
それが断続的に、ある意味規則正しく続けて音を響かせている。
(あっちの方からか)
誰かが何かしているのか。敵がいるのか。味方がいるのか。
あらゆる状況を走査、検索し、どのような状況にも対処できるように警戒しながら、一歩ずつ音のした方角へ歩を進めて行った。
どれくらい歩いただろうか。
先ほどまで断続的に続いていた音も止み、取りあえず音のした方角へ当たりをつけて歩くこと数分、唐突に目の前の視界が開けた。
辺りを見回すに恐らく、ハイキングコースの中継点か何かなのだろう。人が数人座れるだけの簡素な椅子がいくつかと、空き缶を入れるくずかごが置いてあるだけの空間が広がっている。
その場所の一つ、木の陰に隠れる自分から十メートルほど離れた場所に一人の少女が佇んでいた。
栗色の髪を白いリボンで左右に結わえ、薄茶色のコートに青いスカートの大凡(おおよそ)小学生くらいの少女。
見た目の年齢ならば、自分の妹兼姉の一人の少女と同じくらいに見えた。
(女の子? こんな場所で一人で何を?)
ここの地元の娘だろうか。あれこれと想像する傍らに、少女が微かに話す声が聞こえてきた。
「今日の――採点――点?」
<<――points>>
(独り言? にしては、二種類声が聞こえるように感じるけど……)
さすがに全てを聞き取るには距離が遠いため、少女が何を言っているのかまでは分からない。散歩か、何かしらの練習だろうか? どちらにしろこんな小さな少女がこんな朝早くに来て行う事、と言うのが、自分には想像できなかった。
声をかけるか否か一瞬躊躇したものの……流石にこの幼さで敵、と言う可能性は(先ほどの妹兼姉という例外はいるものの)少ないと考え、彼女の元へ向けて歩きながらなるべく驚かせないように注意して、声をかける事にした。
「こんにちは」
「!」
その言葉に、驚いた様に振り返る少女。(どうやらファーストコンタクトは失敗らしい)
その際に、首から下げた赤い宝石のペンダント……恐らく、イミテーションだとは思うが……が光を反射して輝き、その光景に一瞬目を奪われる。
(……何だ?)
瞬間的に感じた違和感に、続ける言葉を失ってしまう。
だが流石に、驚かれたままで自分が黙っているのではまずいと考え、硬い表情のまま固まる少女に向けて苦笑したような表情で言い直す。
「ごめん、驚かせちゃったかな?」
「あ、す、すみません! いきなり声かけられて、ビックリしちゃって……」
少女は目の前の自分に対し、非礼を詫びる様にぺこり、とかわいらしくお辞儀をした。
その健気な様子に微笑を浮かべる事を抑えられずに、聞きたいと思っていた情報を改めて尋ねる。
「本当にごめん。ちょっと聞きたいことがあっただけなんだけど……良いかな?」
「あ……はい。なんでしょうか?」
不思議そうに首を傾げる少女に、順序立て、時折嘘を交えて話しかけていく。
自分はこの街に観光に来た者であると言う事。
自然の中を散歩しようと郊外まで出たは良いが、その後の帰り道がわからず難儀していたと言う事。
取りあえず、山道を下っていたら開けた場所に出て、そこで少女に出会ったということ。
真剣に話を聞いてくれる少女に、騙しているという罪悪感から若干良心が痛む。
やがて話し終えた自分に向かい、少女は意外な申し出をしてきた。
「あ、はい。そういう事でしたら私も街に戻りますから、案内しましょうか?」
「え……良いのかい?」
自分で言ってて悲しくなるが、この朝の寒空に上にスウェットシャツ一枚という格好でこんな場所をうろついている見た目高校生くらいの自分を、怪しくないと言うのはかなり無理があるように感じる。
せめて、コートぐらい投影しておけば良かったかな……と密かに後悔する自分をよそに、少女のほうは邪気の無い笑顔でにっこりと微笑んだ。
「はい。困っている人を見たら助けてあげろって、お父さんに言われていますから」
それを聞いて、純粋に良い娘だな……と感じた。
礼儀もしっかりしているし、見ず知らずの自分にも臆する事はない。小学生程度にしか見えない少女なのに、その姿からは自信と、それに裏打ちされた貫禄が見える。
それこそ、自分が出会ってきた一流の魔術師にも引けを取らないほどの。
なぜこんな年端の行かない少女からそのようなものを感じるのか、不思議に思わないでもなかったが……。
現状どう動こうか迷っている自分にとって地元民の協力、というのは心強い。結局は考える事をやめ、願っても無い申し出に静かに頷き返した。
「うん……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらえるかな」
「はい、ええと……」
「あー、すまん。名前だよな?」
どうにも順序が逆な事に、若干の恥かしさを覚えながらもそれは面に出さずに苦笑しながら答えた。
「士郎。衛宮士郎だ。よろしく」
「士郎……さん?」
「?」
自分の名前を名乗った瞬間、少女が驚いたように目を見張った事を不思議に思いながら、しかし次の瞬間には先ほどと同じように、慌てた様子で少女は取り繕う。
「あ……す、すいません。私は、高町なのはです。よろしくお願いします。士郎さん」
「ああ、こちらこそよろしく。なのはちゃん」
そう言いながら少女……なのはに対して笑いかけると、なのはも同じように笑い返してきた。
それを見つつ、さて、と心の中で気合を入れなおす。
疑問はまだまだ多く、その全てが解決するにはどれだけ時を必要とするものか自分には想像がつかない。
だがやらなければならない。
自分の理想に辿り着くためには、こんな所で立ち止まっている時間は無い。
そして、いつか。
俺は本当の……俺自身が理想とする、正義の味方になる。
改めて決意するまでも無く、その想いを確認した。そんな朝の出来事だった。
Act.2 END