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Sword of A's Act.5
烈火の将・シグナムは、突然の事態に困惑と怒りを綯(な)い交ぜながら、この様な事態を招いた魔導師の元へと急行していた。
その心には、先ほどの名乗りあった魔導師……フェイト・テスタロッサに背を向けた事に、屈辱に近いものを感じていた。いかに誓いを破り、冥府に落ちる覚悟をしたとて、生粋の剣士であるシグナムにとって、そう易々と感情が呼応する事はなかったのだ。
それを理解した瞬間、怒りとは別に自嘲に近い感情が心に浮かぶが……それを振り払うように静かに目を閉じ、集中した精神で雑念を追い払う。
フェイトに関してはヴィータに一任してきたため、実質ヴィータはまたしても二対一という不利な状況に置かれた事になるが、フェイトのデバイスは半壊しているし、先ほどのバインドを決めたフェイトの使い魔らしき女の方はザフィーラが抑えている。それを見越せば、まかりなりにもベルカの騎士を名乗る彼女が早々に遅れを取るとは思えなかった。
(よもやこの様な横槍が入るとは……シャマルがリンカーコアを取り出す間だけでも、時間を稼がねばならんな)
ちらりと確認した結界の方は、亀裂が徐々にではあるが、確実に大きくなっている。どんなに大きく見積もっても、持つ時間は二十分に満たないだろう。
その事に、焦りを感じ……やがて見えてきたとあるビルの屋上に一人の人物のシルエットが浮いている事に気付き、飛行速度を更に上乗せする。
(あれか。不意を討つ様な真似をするとは――――ん?)
ふつふつと剣士としての自負を傷つけられた怒りが再燃するのを感じながら、その影が確認できる所まで来たときに、不意に違和感を感じ、眉を潜める。
(なんだ? あれが奴のバリアジャケットなのか? しかし、あれではまるで一般人と変わらない――――っ!)
その瞬間、例え様も無い悪寒に息を呑む。
ビルに立つ人物は、一人の少年だった。
赤い髪に、茶色の革ジャン。着古したジーンズにスニーカーと、来ているものはごくごく普通の、とても魔導師には見えないものばかり。
少年は一振りの剣と、黒塗りの弓を携え、剣を弓に番えている……それだけでも十分異常な光景だが、シグナムにとっての問題は少年の格好でも、その動作でもなかった。
(なんだ……あれは……)
それは一振りの剣。捻じ曲がり、螺旋を描く奇妙な剣。
最初それを見た瞬間、この少年の持つデバイスなのだと思った。
だが違う。あれはそんな生易しいものではない。なにより、禍々しいほどに漏れ出す魔力は、それが通常の方法で作られたものではない事を物語っている。
それは例えるなら、一つの意思とも言うべきものだった。
ただただ、「貫き通す」事だけを主眼に、狂おしい信念を投影した異色の作。
剣としての機能を捨て「矢」としての機能を極限まで取り入れた、一種の「呪い」とも言うべきものが宿っているように、シグナムは感じた。
なるほど、これならば先ほどの破壊力も納得できる。
暫し呆然としていたシグナムは、本来の目的を思い出し、シグナムに気付かずに集中する少年に静かに……しかし、威圧すら込めて声をかけた。
「そこまでにするんだな」
正直に言えば、敵だろうこの少年には異様な不気味さと戦慄を感じている。声に出さなかったのは、騎士としての自分の胆力と、異様な相手をする機会が之だけではなかった、と言う経験からだ。
見た目は高校生程度、と言った年齢の少年がなぜそれほどの力を持つものを手にしているのかは知らないが、今はシグナムも目的のためにやるべき事がある。その事が、敵の異様さを若干忘れさせてくれた。
そんな彼女が、もう一つの戦慄を覚えずにいられたのは、僥倖(ぎょうこう)と言っても差し支えないものだった。
同じ「弓」を使う彼女が、目の前の剣を直視していて、少年自身を流し見る程度だった事も幸いした。そうでなければ、彼女でも下手をすれば完全に呑み込まれていたかもしれない。その少年が発する、もう一つの「異常性」に。
獲物を狙う猛禽類の如く細められた瞳に、一度放てば、必ず当たると確信している……一種の芸術とも言うべき、淀みない立ち居姿。おおよそこの世界の同程度の年頃の少年が持つとは思えない、歴戦の戦士が持つようなその光景。
――――そして、後にシグナムは語る。
その夜は、あらゆる意味で「規格外」の出来事ばかりが起こった、と。
12月2日 PM 8:11 海鳴市 ビジネス街
緊張感が飽和し、額から一筋の汗が流れていた。
騎士と自分の距離は変わらず、その視線……静かに見下ろす冷たい視線に耐える。
ようやく「動ける」と感じたのは、何時になってからだったか。
それこそ、拘束の魔眼でも持っていたのではなかろうかと思えるほどに、その視線に込められた気迫は鋭い。
「――どうする。投降するか、否か? こちらもあまり時間はないのでな、忠告はここまでだ」
ひゅん、と風切り音を鳴らし、剣の切っ先をこちらに向ける騎士。
まるで罰を下す神官、または断罪者のように、その視線は自分だけを見据え、剣は自分を断する時を今か、今かと待ちわびるように輝く。
(く――)
苦しげな心とは裏腹に、思考は冴えていく。頭の中にあるのは、万が一彼女達と対峙してしまった場合の為の、自分が考える最良の手段の選択だけだ。
彼女達の戦いを観察し、この様な事態になったときのために用意してあった非常手段。ある程度のバクチ要素も含むそれを実行に移すため、表向きは彼女の言う事を素直に聞く事にした。
無言で投影した偽・螺旋剣と黒塗りの弓を捨てる。その際、存在の位相をずらし、魔力へと還元することも忘れない。そうする事で、二つとも、まるで砂の城が風に流されるように消え去った。
その光景を見ていた騎士が一瞬、息を呑むのがわかった。だが自分が両手を挙げ、反抗の意思が無いことを確認すると、注意深くこちらへと降りてくる。
互いの相対距離は約二メートル程度か。先ほどの彼女の剣技からある程度の間合いを把握し、恐らく下手に動けばその場で切って捨てられる事を自覚し、今はまだ、大人しく言うことを聞くことにする。
「先ほどの魔法といい、今の武器といい……貴様、管理局の人間ではないな?」
「…………」
こちらは無言で、静かに相手のプレッシャーに耐える。内心はかなり冷や冷やしていたがそれを面に出さぬよう注意しながら。
取りあえず距離は確認した。後はいつ発動させるかのみ。一歩間違えれば取り返しのつかなくなる事態になることを自覚し、命をかけた綱渡りに、口の中の唾を飲み込むこともできない。
やがて、先ほどこちらへ向けていた切っ先を喉元近く……際どい所へと向ける騎士。その目からはありありとした怒りが見えた。
「貴様何者だ。あのような禍々しい剣、見た事が無い。あれはロストロギアか?」
管理局、ロストロギア。自分の聞いた事の無い名前が出るが、思考するのは後にし、タイミングを計る。
そしてそれは……程なく訪れる。
「……俺は」
ゆっくりと開いた口、それに被せるように、一つの光線が視覚を掠めた。
瞬間、爆音と土煙が、騎士の背後から立ち上がる。
「!」
「つっ!」
突然の衝撃に、思わず構えを解いた騎士を横目に、自分も吹き飛ばされないように注意しながら……望んだ結果に、異変に乱れそうな思考すらももどかしく、言葉を紡ぐ。
「――――同調、開始(トレース・オン)」
瞬間的に全身を強化し、騎士が煙に気を取られた瞬間を狙い、後ろに向けて全力で飛びすさる。
この時のために半開きにしていた扉に半ばめり込むように突入し、蝶番が弾け飛ぶ激しい音がその場に反響した。引き戸でなかった事が唯一の難点だったが、強化魔術で問題なく突破できた事に、僅かの安堵と何度目かも分からない器物損壊にビルの管理者に申し訳なさを感じた。
(よし、上手く――――)
そう。その時はそう思った。
相手を出し抜き、どうにか逃げ切ったと思った瞬間。
目の前で赤い華が咲いた。
(え――――)
最初、何が起ったか分からなかった。
ゆっくりと流れる景色に不意に、赤いものがちらりと浮かぶ。
大きく着地のバランスを崩した体はそのまま……赤い華と扉を引き連れて、階下へと落ちていく。
遅れてやってくる灼熱感。
幾度となく体に刻まれた、それはとても馴染み深いもの。
自分が騎士の一撃を胸に受けたということに遅まきながら気付いたのは、階下に、轟音と共に叩きつけられた後だった。
シグナムは先ほどの手ごたえに、戦いの中では滅多に見せない動揺をその顔に刻んでいた。
先ほどの少年が両手を挙げ、抵抗の意思が無いと思っていた所の油断も若干あった。
だが、何者かの砲撃の一瞬の隙を突き、後方……屋上入り口の扉へと、飛び込む姿を確認した際、彼女自身も頭で考えるよりも素早く反応していた。
手に持った大剣――レヴァンティンを両手で握り、一閃するように振り抜く。
自分の理性ではなく、本能が反応した結果。それは綺麗に、少年の胸の部分を真一文字に切り裂いていた。
「な――――!」
自分でやってしまってからその手ごたえと視覚情報との齟齬に眉を潜めた。
手ごたえはあるものの、鉄でも切ったかのように振り抜いた剣は重い。
しかし、少年の胸部は出血し、一筋の雫がシグナムの顔にかかっていた。そこにどうしようもない違和感を感じていた。
(やはりあの格好はバリアジャケットではないのか? しかし、あの手応えは解せん。障壁を張ったようにも見えなかったが……)
そして、頬についた血をゆっくりと拭き取り、手についた赤を無表情な……しかし人が見れば、感情を殺していると一発で見抜ける瞳で、そっと見据える。
(主はやて……私は……)
その、刹那。
「――――バルディッシュ」
<<Scythe Form.>>
「!」
一瞬捉えた気配に鋭く反応し、振り返ることなく前へ跳躍、それに合わせるように手に持つレヴァンティンを真後ろへと向けて振るう。
それに呼応するように、一人の少女が先ほどまでシグナムの立っていた場所へと突撃する。その手には、黒い斧から生える金色の鎌を携えて。
ガギン、と甲高い音を鳴らし、金属同士が噛み合う音が響き、突入してきた相手に、シグナムは表情を歪める。
「テスタロッサ――――!」
僅かに焦りを含んだ声は、彼女を塞き止めていたはずのヴィータへと向け、念話として飛ぶ。その声に、若干の苛立ちが込められている事にも気付かずに。
『ヴィータ!』
『だから、いきなり押し付けるなっつっただろ! ちっくしょ――――』
それだけを語り、ヴィータが沈黙する。その念話が聞こえたわけでもあるまいが、目の前の金の魔導師……フェイト・テスタロッサが、口を開いた。
「……応援を期待するのは無駄です。今はユーノ……仲間の一人が、赤い娘の相手をしているから」
「っ……」
先ほどとは違い、今度は、シグナムのほうに余裕が無くなっていた。
一対一ならば確かにベルカの騎士に負けは無いと自負する。だがまかりなりにも傷付きながらも自分と互角の戦いを行った魔導師とそれが信頼する仲間……全てをヴィータ一人に任せるのは、酷であったと、自分の認識の甘さを思い知らされた時でもあった。
本来ならここでフェイトに応戦するのがシグナムの役目だが、先ほどの少年を放っておけば、再度ここの結界の突破を試みる事は明白である。それは流石にまずい。
(どうする……? カートリッジに余裕はあるが、紫電一閃は先ほど二回見せている。馬鹿正直に撃っても警戒されてしまった現状では前のように上手くは……)
兎に角、どうにかしてこの状況を突破して少年を追わなければならない。表面は冷静に、しかし内面では心穏やかでは無い自分を感じながら、シグナムはフェイトに向け変わらぬ気迫を放つ。
互いにデバイスを構え、そのまま沈黙。
どちらも一撃……たった一撃を叩き込むためだけに隙を伺い、時だけがそれに合わせ過ぎていく。
それは例えるなら、爆発寸前の空気風船に空気を入れ続ける光景に等しい。
そして……シグナムとフェイト、その二人は示し合わせたかのごとく、同時に踏み込み――――。
「!」
フェイトの体に、拘束の魔法が絡みつきその自由を奪ったのも、ほぼ同時の出来事だった――――。
息を切らしながら走り続ける。
今が何階かを確認する余裕は無い。振り返れば騎士がその場に立っているように錯覚し、鼓動もこみ上げてくる何かも無理やり呑み込み、来た道を逆走し続ける。
その時、ずきん、と胸元が疼き、一瞬だけその場に留まる。
はあ、はあ、と切らした息を懸命に整えているそばに、赤いものがぽたり……と床に赤い斑点を付け、その光景に、冷や汗の混じった額を拭う。
とりあえず、何故かすぐに追ってこなかった騎士に疑問と不気味さを感じながら、人の気配を確認し……今はまだ安全と分かった所で現在階数を確認、その後、さらに奥へと進む。胸の傷に巻く布が欲しいところだったが、あいにくと探す程の時間は無いと感じ、仕方なしにそのまま自然治癒に任せる事にする。
(強化魔術を貫通した……か。はは、やっぱり近接戦闘では敵う気がしないな)
あの一瞬、自分の体が浮かび位置エネルギーと運動エネルギーが丁度ゼロになった瞬間。
綺麗に……それこそ、自分でもその瞬間傷を受けたと感じることが出来なかったほどに、鮮やかな切り口だった。それだけで、騎士の実力がいかほどの物かという事が容易に想像できる。
いまは新陳代謝の強化によって、傷口を少しずつ塞いでいる途中だったが、あくまで応急処置である。ただでさえ、ここ数日のフィールドワークと急すぎる魔術行使、全身運動で残り少ない体力を削ってしまっているのだ。今は緊張感からある程度保っている精神も、最悪、途中で途切れて倒れてしまうことも在り得る。
(そうなる前に……)
ちらり、と窓の外を見つめる。
そこには、最後の一歩、それを撃ち込めば確実に崩壊する結界がある。
とりあえず、離脱は成功した。手傷は負ってしまったが、あれだけの実力を持つ相手に対しては、幸運な方だったと思えよう。
(あそこにもう一発、撃ち……く……撃ち込む。そうすればこの結界も……)
ゆらり、と眩暈に襲われる。
霞む瞼に手で額を押さえ、二、三度深呼吸。それで、体からの不満はある程度治まってくれた。そしてそのまま、壁に手を付けた状態であたりを見渡す。
とりあえず、外へ出るか、バルコニーのような場所へ出られれば言う事は無いのだが……
だが、その思考は、戦慄に取って代わられる。
壁側、今も手にしているその場所から、例えようもない悪寒が走り、気が付けば、全力で飛び退いていた。
刹那。
窓ガラスが砕け散る、甲高い音がその場に木霊し、なびく紫の髪が、視界に飛び込んできた。
(な――――!)
未だ破片散る窓ガラスに見向きもせず、膝をついた体制からゆっくりと起き上がる騎士。
その瞳には、静かに燃える怒りが見える。
そして湧き上がる闘気。
実戦を経験していないものならば、それだけで縮み上がってしまうようなそれが、その体から発散されている。
美人が凄むとかなりの迫力である事は、経験上度々感じることはあったが、彼女の場合、それはまた別格。人としてというよりも、武人としての要素が強い。そこにも先ほどと似たような既視感を感じるが、今はそれに反応している場合ではない。
「二度目だ」
その唇が動く。一瞬何を言ってるのか理解できない自分に対し、騎士は更にドスの利いた口調で自分に対し怒りをぶつけてくる。
「先の……恐らく弓矢での不意打ちが一度、そして屋上での不意を突いた行動が一度……ベルカの騎士を相手に、随分と舐めた真似をしてくれるものだ」
……どうやら、自分は随分とこの騎士の逆鱗に触れる行為をやったようだ。ゆっくりと自分に向ける視線はさながら絶対零度……静かなる怒りは、誇張でなく周りを凍りつかせていく。炎を使った必殺剣と比較すれば、なんとも皮肉な取り合わせである。
「だが、三度目は無い。これが本当に最後だ、投降しろ」
そう言って、腰を低く、剣を腰だめに振り抜く体勢で構える騎士。
先ほどのような不意打ちの行動を制するためだろう。不審な動きをすれば即座に切ると、その姿が物語っていた。
(魔力に余裕はあるが……体力の方が持たないか。今現状で投影できる限界は……多くても三度。とすると……)
目を瞑り、心を落ち着けるように、一つ、大きく深呼吸をする。
その後、今だ警鐘を鳴らす胸元に手を置きゆっくりと呟いた。
「……一つ聞きたい事がある」
騎士(彼女はベルカの騎士と語っていた)は眉を顰(ひそ)めながらしかし、自分の言葉を阻害する事は無い。
「あんたと彼女……金髪の少女は、なぜこんな場所で争っていたんだ?」
その言葉に、騎士は構えた剣を揺るがすことなく答える。
「答える義理は無い……と言いたい所だがな。一つだけ言えば『目的』のためだ」
「目的……こんな街中で、誰かを巻き込むかもしれない可能性を抱きながら、あんな年端もいかない少女を襲わなければならない程の目的が、自分にはあると?」
「……だとすれば、どうするのだ?」
答えは簡潔。だが若干、苦味を含むように彼女の表情が歪んだ事は見逃さなかった。
そして……彼女が、これが最善とは思わないと言う表情を見られただけで十分だった。
「よく……解かった」
溜めていた息を再び吐き出し、悲鳴をあげる魔術回路を無理やり立ち上げる。
自分が実力で彼女に敵わない事も、
自分の力が残り少ない事も、既に忘却の彼方だ。
頭痛が酷い。
頭は冷静になろうとし、逆にパニック寸前になるのを辛うじて押し留める事しかできない。
体を突き刺すような痛みが襲う。
少しでも気を抜けば、それだけで気絶してしまいそうな全身を貫く苦痛。
だが、止まらない、止まれない。
――――どんな事があっても、譲れない「想い」
それがある限り、衛宮士郎はそれを貫くために、剣を振る――――
だからこそ、血を吐くような不快感を無視し紡ぐ。
幻想を形に。思考は正確に。彼女と立ち会えるだけの武装をここに――――!
「――――投影、開始(トレース・オン)」
両手に生まれる、馴染み深い感触。
伝説の刀工が、自分の妻を犠牲に造り上げた、白と黒の夫婦剣。
干将・莫耶
その感触を確かめながら、宣言する。
「あんたがさっき言ったように、俺もあんたが何者かは知らない。どうしてこんな所で戦うのかも、その目的がなんなのかも、俺には理解できない理由があるのかもしれない」
そこで、真っ直ぐに、右手に持つ莫耶を掲げ、突きつける。
「だけど……あんたの行動は間違ってる。それだけは解かる。だから俺はそれを止める。他ならぬ、あんたの為にもな」
――――その言葉が、どのように騎士には映ったのか。
「知った風な口を……」
騎士が反応する。
銃器のような機構の付いた、奇妙な剣。それを――――
「貴様に、何がわかる――――!」
力の限り、放ってくるそれを――――
「っ――――――!」
全力で受け止める。
金属と金属を打ち合わせる甲高い音が、月夜差すビルに響き渡り……ここに、錬鉄の魔術使いとベルカの騎士の激突が幕を開けた。
高町なのはは、自分に何が起きたのか一瞬わからず、目を見開き……震える体が倒れないように堪えながら、今起きた出来事に視線を向ける。
胸から生える腕。それを見た瞬間例えようも無い不快感と恐怖を覚えるが、自分の体は、まるで凍りついたかのように指一本動かせない。
(これ……って……)
ともすれば倒れ落ちそうになる意識を必死に押し留める。そこに……いちど抜いた腕が再び押し込まれる感触と共に、自身のリンカーコアを掴み出されると言う、更なる不快感が襲った。
「――――――ぁ」
声にならない悲鳴は誰にも届かず、その光景をただ、見据える事しかできない。
自身の力の源、それを目の前で強制的に突き付ける様を年端もいかない少女に見せるのは、かなり残酷な光景であると言えよう。
その光景を感情を殺した表情で目を逸らさずに見つめ……シャマルは呟く。
「リンカーコア……捕獲」
そして、徐に、いつの間にかページを開く、名前の無い奇妙な本に手を添え……キーとなる言葉を続けて紡いだ。
「蒐集、開始」
<<Sammlung.(蒐集)>>
その瞬間、本から暗い光が立ち上り、何も書かれていなかったページを文字で埋め尽くしていく。
その事に安堵を覚えながら……シャマルはどうしようもない事に対する心の痛みを感じずにはいられなかった。
自らが蒐集を行う事は滅多にない(攻撃能力を持たないことに加え、はやてが主となった後はサポートに徹していたためなおの事)シャマルだが……やはり、何度やってもこの感覚に慣れることは無い。
元々人を癒す事を第一とする泉の騎士であり、ベルカの騎士中最も情け深いシャマルゆえ、割り切れないものを感じてしまうのはある意味仕方の無い事だった。
自分達は、後どれくらいの人を傷つければいいのだろう。自分達の我侭によって。
(だけど……これもはやてちゃんの為。闇の書が完成すれば、もう、こんな事は……)
そうやって自己弁護し、何とか自分の騎士としての自我を保つ……その間。
――――悪寒。
その感覚に、弾かれたように視線を横へ向けた。
「な、何?」
それは先ほども感じたものと同じようで若干違う感覚。それを直感した瞬間、一つの紅い光が中空……集中砲火を受け脆くなった結界部分に向けて放たれていた。
瞬間、まるでガラス細工のガラスを破るように、結界の一部が激しい爆発音と共に、粉々に砕け散り……そして、それに連鎖するように結界が澄んだ音をたて崩壊した。
(しまった……!)
シャマルが急ぎリンカーコアの蒐集状況を確認すると、まだ許容の半分程度しか蒐集できていない。蒐集対象の魔導師の魔力の高さが、逆に仇となってしまった瞬間だった。
結界を破られれば、状況を確認した管理局が更なる増援を呼び込む事は間違いない。いや、逃走路を感づかれ、追跡されればはやての身に危険が及ぶ可能性もある。その事を危惧したその瞬間、シャマルに一つの念話が飛ぶ。
『シャマル、蒐集の状況はどうだ!』
『シグナム!』
ヴォルケンリッターの将、シグナムの言葉に、簡潔に要領よく、シャマルは言葉を並べていく。やがて話し終えるころには、シャマルも遠くシグナムもその顔に苦渋の表情を貼り付けていた。
『……と言うわけ。ここでこれ以上の蒐集を行えば、まず間違いなく管理局の増援と鉢合わせするわ』
『……そうか』
やがてほんの一瞬、考え込むようにシグナムからの言葉が途切れたと思った瞬間、シグナムはシャマルに向けて一つの決断を下した。
『シャマル、今すぐ闇の書を抱えて転送しろ。管理局の追っ手が掛からないうちに』
『……でも』
名残惜しげに言い淀む彼女に対し、シグナムは続ける。
『このタイミングで管理局に捕まる事のほうが不味い。今回は巡り合わせが悪すぎた。せめてあの瞬間に邪魔が入らねば、もう少し粘る事もできたかも知れん』
『……わかったわ』
そうして、リンカーコアを掴んだ腕をゆっくりと少女の胸から引きずり出す。完全に腕を出した時、少女は力尽きたかのようにそのまま前のめりに倒れこんでいった。その事を確認する事ももどかしく、シャマルは仲間達に念話を送る。
『みんなごめん……蒐集の方中途半端になっちゃった。一旦散って、いつもの場所でまた集合』
『心得た』
『ごめんシャマル……もうちょっとあたしが粘ってれば……』
『今は、責任の在り処を追及している場合ではない……散るぞ』
そして……念話を終えた守護騎士四人の体が、光に包まれる。
それは次の瞬間、上昇し、四種類の光を放ちながら、空へと至る。下へと落ちるはずの流れ星が上へと向かうような、奇妙な光景。
その中で……光を纏いながら、シグナムは目を瞑り、思考する。
あの少年の事を。
思えば……自分はまんまと、少年の策略に乗せられてしまっていた。
自分らしくなく、頭に血が上ってしまっていた事にも責任はあるが……だが、シグナムは騎士としての悔しさと共に、例えようもない高揚感も同時に感じていた。
少年の行動は、どちらかと言えば自分達との直接の交戦を避ける事が多かった。だがそれは同時に、自分の力量を正確に把握し、自分よりも力のある相手に対しどのように戦っていくのかを熟知していたとも言えた。
そして……僅かとはいえ打ち合わせた剣。
何か戸惑うような、本調子では無いような印象を受けたものの……真っ直ぐに何かに向けて剣を使うところは、フェイト・テスタロッサと名乗った金色の少女と似通った印象を受けた。
(あの少年……名前を聞いておくべきだったか。結局正体も分からずじまいだったが……)
そして彼女はさらに思考する。
それは暫し前、彼女と少年が、互いに剣を打ち合わせていた頃に戻る――――。
腕を突き抜ける感覚に、危うく莫耶を取り落としそうになり、干将を持つ左腕でカバーするように斬り付ける。
「こ――――のっ!」
だが、それも予想の範疇だったのだろう。元より、速度も体の力も入っていない一撃など、児戯に過ぎない。
事実、楽々と受け止めた騎士は、無理な体勢からの一撃でたたらを踏む自分に向けて、更なる追撃を放つ。
鋭く引いた構えからの袈裟切り。
防ぐには体制が悪いと感じ、即座に半身を右後方へ捻る。その際、空気を切り裂く音と共に、目の前数センチの部分に刃が走る。それをただただやり過ごし、体勢を整えるためだけに、後方へ身を引こうとバックステップ。
「甘い!」
それも騎士の技量からすれば悪あがき。振り抜いた剣を、全く逆ベクトルに斬り上げる逆袈裟が走る――――!
「く……そぉ!」
未だバランスが悪いままそれでも全力で飛び退いた事が功を奏したのか、薄皮一枚、髪の毛数本をさらっただけに留まる。
何とか着地し、休む間もなく構える自分に、怒涛のような剣戟が迫る。
一撃でも当たれば自分を戦闘不能にするには事足りる。そして当たらないまでも、掠るだけで自分は傷を増やし、体力も根こそぎ奪われる。
左右上下、その数十、数百にすら及ぶとも思われる剣戟を捌き続ける。
腕の筋の数本が断裂する。
骨が軋むような嫌な音が聞こえ、脂汗が大量に額から噴出する。
こみ上げてくる「何か」を必死に呑み込み、ただ、反応する事だけに集中する――――!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――――――!」
実際の戦闘は、ここまでで五分もかかっていないであろう。それだけで、肉を裂き骨を打ち、立っているだけで膝が笑い始める。
「……どうした? 私を止めるのではなかったのか?」
「っ!」
そう言いながら、無造作に振るわれた一撃を辛うじて手に持った干将で防ぐ。
元々の限界にある体は、それでも、こんな不甲斐ない主人のために動いてくれている。いつ壊れてもおかしくない筈のそれが、逆に保っている事が不思議だった。
「……反応、技量……その他においても、中々のものだ。だがどこか攻め切れていない部分があるように思えてならんは気のせいか?」
その言葉に答える余裕すらこちらには無い。
ただ、そこに込められた意味は自分でも痛感していた。思えば、弓を放ったのも剣を振ったのも「こちらの世界」に来てから初めての事だった。
弓矢についてのはそれほど気にならなかった。だが、剣技に関しては違う。
五年という歳月を使い「アイツ」から得た剣技を頼りに自分なりに構築した「衛宮士郎の戦い」は、ここに至ってリセットされてしまったに等しい。
なまじ中途半端に経験を積んでしまった事が恨めしい。騎士の言うとおり、自分の振る剣は肉体的な成長……筋力やスピード、そういった反応に頼っているため、振る際に僅かにブランクが生じてしまう。聖杯戦争当時の肉体に戻ってしまったのだから、それもある意味、当然と言えた。
相手が普通の人間ならばこれでも十分だろう。だが……。
「ぐ――――っ!」
事、相手がこの騎士では、それは決して埋まらない溝として大きく立ち塞がる。
この事実により、衛宮士郎は先ほどから決定打……どころか、有効打一つ放てず、後手に回ってしまっている。
(ま……ずい……)
朦朧とする意識を気力だけで繋ぎ止める。
倒れるわけにはいかないと……決意すら込め、眼前の強敵を見据える。その顔は鬼気迫る悪鬼に見えた事だろう。
と、そこで変化が起きた。
更に数十合――――永遠に続くかと思われた攻撃が不意に止み、騎士が大きく後ろへと間合いを離す。
(……?)
相手の意図が読めず、若干いぶかしむ様に顔を歪める自分に、騎士は構えていた剣を大きく肩口……自分の視線と平行になるように構える。それは、飛び掛る為の力を溜める、獣のような体勢。
どくん、と。
心臓が跳ね上がった。
「得体の知れない武器をどこかから取り出し、攻撃する直前になるまで気配を殺すかのように魔力を遮断……攻撃方法から遠距離、ミッドチルダ式の魔導師かと思えば、近接戦を主とするベルカの騎士の攻撃にもついて来る……」
「あ――――」
言葉が上手く出せない。
この間合い、そしてこの瞬間に出す技は、自分が知りうる限り一つしかない。
「正直……恐れ入ったと言うべきか。お前に対する認識を改めねばならないようだ」
不味い。
不味い。
この次の一撃は不味い。放たれれば避けられず、衛宮士郎は為すすべなく敗北する。それは必然。
「本来ならここで名乗り合うのが礼儀であろうが……許せ、もう時間が無い。次の一撃を持ち、最後とさせて貰う」
そう言い放ち……騎士は決意するように一度目を瞑り……それが見開かれた瞬間、情景は一変していた。
来る――――。
その瞬間、寒気すら通り越した戦慄が、背筋を駆け抜ける。
「レヴァンティン! カートリッジロード!」
<<Explosion!>>
その一言で、機械音性のような耳に響く声と共に、奇妙な剣の排莢(はいきょう)部から薬莢が放出され、瞬間的に魔力強化された刀身から炎が生まれる。
それを見据えた瞬間、頭痛や、体力、その他を振り切って、込められるだけの魔力を双剣と体に込める。
そして――――
「紫電――――」
炎を纏った刀身が見える。
レヴァンティン……北欧神話の炎の巨人、スルトが振るった劫火の魔剣。
解析の結果、その魔剣からは創造の理念が感じ取れず、細部を読み取れ無い事から、同じ名前を持つ別の物である可能性が高い。だがそんなもの、実際にそれを前にしたら気休めにもならない。
「――――一閃!」
自分に、全力で放って来たその一撃。それを、自由の利かない体で迎え撃っていた――――。
炎の一撃が迫る。それを迎え撃つ双剣が数秒拮抗した、と思った瞬間……亀裂を刻み、澄んだ音をたて砕け散った。
投影した双剣に強化まで施したそれは鋼どころか、金剛石にすら匹敵する強度を誇る。
しかし、元々無理のあった魔術行使は、それを真に迫った贋作から、容易く駄作に貶めてしまう危険性も孕む。少しでも精度を落とせば幻想はその形を維持できず、現実に否定され崩れ去る。それが投影魔術の定め。
それを考えれば……どちらかと言えば、その一撃に拮抗する事よりも、幻想を維持できるだけの精神力が尽き、競り負けたと言う方が近い。
「がっ――!」
剣閃が自分の元まで到達する瞬間、その力に耐えきれず、自分の体は易々と、後方へ向けて吹き飛ばされる。
吐血。
まるで、鉄骨で思い切り叩かれたかのような衝撃が腹部を襲い、今まで耐えていたものがその瞬間に爆発した。ただ、強化を施さなければ、今よりももっと酷い事になっていた事は言うまでも無い。
背後にはガラス窓。
もはや受身を取る事もかなわない体は、そのまま爆ぜる様に窓ガラスに叩きつけられ、ガラス片を道連れにする甲高い音が鳴り響く。
今日、二度目の浮遊感。
それは先ほどと違い、確実に自分に死をもたらすのは間違いない。
簡単な事だ。
空を飛べない衛宮士郎がこの高さ……未だ二十階以上を残すビルから放り出されればどうなるかというだけの事。
「――――――あ」
落ちる。
上を見上げれば先ほどまでいただろう場所から、煙が立ち上っており……それを認識した途端、視界は高速で流れていく。
(く……そ……)
自分は負けたのか。
結局、延命したのは二日程度に過ぎなかった。恐らく数秒後には、地面に叩きつけられ、先ほど以上の赤い華を散らす事は間違いない。
自然と、その視線が動いた。
暗い月……それが、自分を照らしているのを感じる。
死ぬ。そう認識して、しかし、どこかで死に切れない自分がいた。
ここまでやって……誰も救えず、折角拾った命を散らすのか。
結局何も為せず、何も望めず、ただ、打ち捨てられたゴミのように――――。
否、だ。
一瞬、思い返すのは、十五年前の地獄。
皆、死に絶え自分だけが生き残ってしまった。そう感じてしまった。
その後……衛宮切嗣に拾われた時から持ち続けていた、貫き通そうと決めた意志。
それが言う。
あきらめるなと。
まだやれる事はある、と。
「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」
気が付けばそれを持っていた。
瞬間的に、流れる景色も光景も、スロー再生のように緩くなる。
手に持つのは撃つための「何か」と、貫く為の「何か」
無造作に掴んだそれを、自分は構え……そして――――。
遠くで破壊音が聞こえる。同時に街を覆っていた強大な魔力が霧散する気配が感じ取れた。
この場からプレッシャーが消失する様を、皆感じているだろう。それで十分だった。
今行われている争いも、結界が無くなった事で終息に向かうのは明らかだ。
(これで……)
ただ、誰かを救ったような満足感は無い。これではただの自己満足だが、それでも何も無いよりはましだと言えた。
落下に身を任せ落ちて行く気分は、例えようもない解放感を自分に与えてくれる。その先にあるのが終わりだと判っていたとしても。
(はぁ……結局、こんな終わり方か……ごめんみんな、諦めたくないって頑張ってみたけど、今度こそ終わりみたいだ)
落下の衝撃に備えるにしても、そもそも強化して耐えられるような高さではない。運良く、クッションになるようなものがある事を祈るしか……。
そこまで考えていたからこそ、その次に起こった事実に、疑問を隠せなかった。
(――え?)
何者かに手を取られ、引っ張り上げられる感触。
自由落下による浮遊感がなくなるその瞬間、思わずそれを為したであろう人物の顔を見上げていた。
そこには、表情と言うものが抜け落ちた、紫の騎士の姿。
「な……んで?」
自分を助けた騎士に当惑する。
先ほどまで敵同士であった自分を助けるメリットなど何も無い。目撃者は消すという概念を持つこちら側の魔術師の常識がこの世界では通用しないにしても、それは余りにも不可解な行動である。
だが、騎士は自分の言う事など端から聞かぬ、と言うように自分を一瞥しただけで、遠く……ここと同程度のビルが立ち並ぶ街を見据える。その顔に時折浮かぶ渋面は、何を意味しているのか。
そして気が付けば、地に足が着いていた。
「うわっ……!」
いきなりの事に驚き尻餅をつく自分を一瞥し……やがて騎士は重い口を開いた。
流れる髪は風に梳られ、完全に顔を出した白い月と共に、それは映える。
「出来る限り手加減はした……そのまま管理局の保護下に入れば、傷の方も大事には至らんだろう」
「な――――に?」
騎士からの言葉にますます困惑する。先ほども聞いた管理局と言う意味不明な言葉もそうだが、そこにある言葉の響きに、先ほどまで殺し合いに近い遣り取りを行っていたものとは思えないものを感じたためだ。先ほどの手助けといい、これではまるで「自分を助けるために行動している」としか思えない。
騎士は、そんな自分の姿に何を思ったのか……やがて、颯爽とした軽やかさで自分に背を向け歩き出す……そして、自分から数歩離れた位置でその姿が光に包まれた。
恐らく、この場所から離脱しようとしているのだろう。魔力の高まりから、それは事前に察知する事ができた。
「待て、一体、どういうこ、と……」
完全に光と同化する一瞬前、何とか身を起こし問いかけてみたものの、騎士はこちらを一瞥したのみで何も語らず……やがて紫の光を纏い、その場から突風のように空へと駆け上がった。
「っ!」
舞い上がる風に目を背け腕で両目を庇うその一瞬、騎士はその場から驚くほどのスピードで、紫の光を道連れに飛行する。
そこに、合流するかのように、更に三つの光が交差し、やがて、それは各々別々の場所へと消えていく。この間、数十秒に満たない。
その瞬間、今まで辛うじて残っていた結界の魔力の残滓も消え……そこでようやく、この長い夜の戦いが終わった事を実感した。自身が持つ最大の疑問を残したまま。
なぜ、騎士は自分を助けるような真似をしたのか?
いや、そもそも、あの炎の一撃を放つ際「手加減した」と言っていた。これは、自分を殺す気が無かったということに他ならない。あれ程の力と騎士としての自負を持ちながら、なぜ自分に止めを刺さなかったのか。
「助かったと……言えるのか? これは?」
答えるものは何もいない。
惚けた様に見上げる夜空には、変わりなく地上を照らす月の光。
まるで街頭のように輝くそれを見やりながら、思考は答えを出そうと必死に足掻く。
出会いも突然ならば、別れも唐突。
何もかも分からないままでも、一つだけ確かな事があるとすれば……予感。
「どうやら今回も……厄介な事に、巻き込まれそうな感じがするな……」
一言だけ呟いたその囁きを聞いた者も無論おらず。
流された風に、その言葉も吸い込まれ、消えていった――――。
Act.5 End