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Sword of A's Act.6

 それは二日ほど前に遡る。

 桜台の広場で自分の姿に呆然とした瞬間。何故か聖杯戦争当時の肉体に戻ってしまい、混乱しながらも、現在の状態を確認しようとした……その時。

「ん……?」

 ズボンのポケットの膨らみに気付き手を突っ込む。その際に掌に感じた硬い感触に驚き、思わずそれを引っ張り出した。

「これ……」

 それは、小さな赤い宝石。

 衛宮士郎が生涯持ち続けたと「アイツ」が言い、当時はまだ赤の他人に近かった遠坂凛がそれで自分の命を救ったという、彼女の父の形見。

 当初、自分はそれを凛に返そうとした。だが本人から、

『それは士郎が持っときなさい。私は同じもの持っているし』

 と言われ、結局は自分が持ち続けることになった。

 魔術的要素……魔力は辛うじてあるものの、適性が違うためかそれとも残り魔力が少なすぎるためか、自分がそれを引き出して使う事は出来ないので、恐らくはお守り代わりに持っておけと言ったのだと自分は考えているが……あの「赤いあくま」らしいとも、らしくないとも言えた。

 ただ、これを持っていると不思議と落ち着く事が多かった。

 放浪する自分が持つ彼女達との数少ない接点。一本杉の下、みんなの元に帰ると言った時にも知らず知らずに握り締めていたそれは、あの時と全く変わらぬ輝きを放っていた。

 どんな理由があるのかは知らないが、自分を助けた「誰か」はこれだけは自分に託したらしい。衛宮士郎にとって大切な物だと分かったからだろうか?

 辛く苦しいときにいつも握り締めていたこれを預けてくれた事に感謝しつつ、再びポケットにしまいながら、気が付けばあれ程動揺していた心がひどく落ち着いていた事を憶えている。



 これは、ただ、それだけの話。

 自身が、必ず帰ると固く決意する、きっかけに過ぎないことだった。





12月2日 PM8:27 次元航行艦 アースラ内部





 そこは、一言で言えば、出鱈目な場所だった。

 見たことも無いような計器類の数々、薄っすらとした淡い照明、映画館のスクリーンのような視界前方に張り出したメインモニター、立体映像のように浮かび上がる端末映像、等々。

 それこそ、映画や漫画の中にあるようなSF然とした光景。それが、フィクションでは無い、本物の船の中であると言われたならば、どれだけの人間が信じるであろうか?

 次元航行艦「アースラ」

 時空管理局が保有する最新鋭の艦船内部では、今も職員達が目に見えない早さでキーを操作し、届く情報を矢継ぎ早に処理、報告している。

 その中、一人の落ち着いた雰囲気の少年が状況を見据え、じっと、考え込むかのように腕を組んだ。

 黒髪、黒瞳、黒い喪服のような服装と、身に纏うのは冗談のよう黒一色で染められ、十代前半の少年とは思えないほどの知性がその瞳には宿っている。背格好が年相応の少年より低めな事が彼の密かなコンプレックスであり、それが若干の茶目っ気を誘ってはいたが。

 その少年……時空管理局執務官の資格を持つクロノ・ハラオウンは、今も難しい顔で、モニターの一つを見つめていた。

 きっかけは、PT(プレシア・テスタロッサ)事件の最大の功労者の一人である、高町なのはに、フェイトの裁判における経過を連絡しようと通信を行った事だった。

 通信が何故か全く繋がらない。

 最初に報告を受けたときは、通信機器の不備かとも思ったが、詳細を調べるうちに、何者かが通信妨害の結界を海鳴の街の一部……なのはの実家である高町家も含む広域で展開している事が分かった。

 状況確認のための人員を送ろうにも、アースラは整備途中でありすぐに動ける人材が無く、結局、その日集合していた嘱託魔導師、及び民間協力者であるフェイト、アルフ、ユーノの三人のみを送る事しかできなかった。これについては、彼の上官であるリンディ・ハラオウンがかなり歯痒そうな顔をしていた事が印象的だった。

 時折、内部に侵入したフェイト達に通信を試みるものの、なのはに通信を送ったときと同様に、全く返信が送られてこない現状に、緊張から汗が一滴流れるのを感じながら……やがて、通信士達からの進言に、こう着状態であった状況が、俄かに動き出した。

「魔力反応消失!」

「映像……なっ!」

 アースラのメインモニター。そこに表示されるはずだった映像が、電波障害にあったテレビのように、ノイズを刻みブレる。

「嘘っ! ジャミング――――!」

 アースラのメインオペレータ、及び執務官補佐を担当する栗色の髪のハイティーンの女性……エイミィ・リミエッタが信じられないと言うように声を上げた事に、クロノも視線を動かす。その光景に普段冷静さで知られる彼にも薄く驚きの表情が浮かんでいた。

 管理局、そしてその虎の子である次元航行船のプロテクトを破る事は、最新鋭の設備を取り入れ、厳重管理した銀行の金庫から金塊を盗む行為に等しい。その事実を知ってるからこそ、その驚愕も致し方ないと言えたのだが。

 だがそれも一瞬、クロノの傍ら、エイミィが高速で手元のコンソールで操作を行う。しかし、通信士としての類い稀なスキルを持つ彼女でも映像のクリーンアップには限界があるようであった。

 画像は幾らかは安定したものの、それでも、鮮明に映し出すことが出来ない映像……しかし、エイミィから漏れた言葉は、悔しさではなく困惑だった。

「何これ……一体どういう状況?」

 辛うじて映し出される映像に映る人影は複数。

 赤い衣装を着た、なのは、フェイトと同程度の年齢の少女。

 アルフと激突を続ける、彼女と似た……恐らく何者かの使い魔であろう、筋骨隆々の男。

 遠く、戦況を見守るように佇む緑の衣装の女性。

 そして……。

「こいつら……ん?」

 ふと、その視線が動く。そこにある光景を目に収めた瞬間、クロノは我知らず傍らのエイミィに向かって叫んでいた。

「エイミィ! この部分を拡大してくれ!」

「う、うん。了解」

 端末上で暫しスクリーンが乱舞し……エイミィがいくつかの操作を行った後、一つの映像が拡大表示された。

 その中に映っていたもの。

 紫の髪が棚引く騎士……恐らく、海鳴の街で何らかの行動を起こしていたであろう魔導師の姿が、不鮮明ながら確認できる。だが、それだけではない。

(一般人……? 結界の中に迷い込んだのか?)

 そこには、魔導師の他に、一人の男らしき人影が映っている。

 角度から顔が映っているものは無く、後ろ姿のものが一番画質が良かった。(といっても五十歩百歩だったが)そこから読み取れる情報を並べる。服装は管理局の面々、及びモニターに映る謎の一団のどちらにも組しない、いたって普通の十~二十代程度の若者然とした格好で、赤――――だろうか? 海鳴の街では珍しい色の髪が、その中で辛うじて分かる特徴だった。

 更に詳細を確認しようとしたクロノの目の前で、映像はまたしてもブレ始め……数秒後にはまるで砂嵐のような画面を映したまま、再び沈黙する。

 その事に慌てて対応するエイミィを横目にしつつ……即座に状況に対応できるようにクロノは今見た映像の情報を頭の中で纏め上げる。

 状況からして魔導師が事故にあった一般人を助けていたと見るのが一般的だが、それにしてはどうにも腑に落ちない点がある。アルフが一人と戦っていた事から恐らく(全員が全員敵なのかはまだ分からないが)何人かは管理局から送られた別の二人……そして、なのはとも交戦状態にある可能性が高い。そこまでは良い。問題は、先ほどの男の方にある。

 基本的に一般人を巻き込まないために張られた結界の中、魔導師同士の戦いに巻き込まれてしまうことなど、絶対とは言わないまでも普通はありえないのだ。最初はフリーランスの魔導師が、ここに紛れこんだのかとも思ったのだが……。

(だが、それも考え難い……そもそも、デバイスすら持たずに魔導師同士の争いに飛び込むはずも無いし、何より、あれがバリアジャケットとはどうにも……)

 とそこで思考は、エイミィの叫びによってかき消される。

「クロノ君! これ!」

 普段の彼女からは考えられないほど切羽詰った声音に一旦思考を中断し、徐に上げた視線、そこに映った光景に、クロノの表情が一瞬、驚きで固まる。

「なっ――フェイト!」

 先ほどまでアースラ内部でミーティングを行っていた少女……フェイト・テスタロッサが、拘束魔法を受け、全く身動きがとれない状態でありながら、必死に何かに向かって叫び続けている。  

 その一瞬。クロノは確かに見た。

 フェイトの頭上、仮面を付けた奇妙な男が、じっとその場に佇んでいる光景を。

 そして、直感する。フェイトを拘束したのは間違いなく、この男だと。
 
 丁度その瞬間。
 
 フェイトのその視線の先、クロノ達も良く知る白い格好の少女が倒れこむ姿が、アースラのメインモニターに映し出されていた――――。





 踏み込む――――。

 まるで決められた手順であるように、示し合わせたように手に持つ使い慣れた相棒を振るう。

 その視線は目の前の敵だけを見据え、敵よりも一歩先んじて己の攻撃を入れる事だけに集中する。

 そしてその瞬間、フェイトは確信した。

(こっちの攻撃の方が……速い!)

 シグナムと名乗った魔導師の攻撃スピードが明らかに遅い。

 恐らく、何らかの要因によって先ほどまでの技のキレが無い事が予測できる。そして彼女の明らかな不調に関する事態と言えば、当てはまる事はただ一つ、先ほどの彼女と何者かとの接触が尾を引いている事は間違いない。

 謎の魔法攻撃で結界を破ろうと攻撃した者……フェイト達を支援した敵か味方かも分からぬ誰かに警戒心を抱いたシグナムが、仲間が不利な状況になる事も厭(いと)わず切り込んだのだろう。

 当然、フェイトはシグナムを追う。最初こそ、赤い魔導師に進路を阻まれたものの、後から合流したユーノのサポートにより、何とか切り抜ける事が出来た。

 遠目からだった事と、赤い魔導師の流れ弾によって視界を塞がれたため、シグナムが対峙していた魔導師の姿までは確認できなかったが……いくらシグナム達と敵対しているとは言え、敵の敵は味方、とは言えないとフェイト自身は警戒していた。アースラの状況からして、応援部隊の魔導師である可能性も低い現状、なのは以外の魔導師が何らかの理由でたまたまこの街に居合わせたのだろうか?

 思考は流れ、そして次の瞬間には視線の先にシグナムの顔があった。そこには相打ちすら覚悟の厳しい表情が浮かんでおり、その表情から、フェイトの攻撃を受けざるを得ない状況である事が分かった。元々防御の弱いフェイト自身も、シグナムの程の技量の戦士から相打ち覚悟で来られればキツイはずだが、精神的な優位に立っている現状、多少の無茶も容認できた。

(とった――――――!)

 大上段に振り上げた鎌が風を切る音を聞く。次の瞬間には、彼女の懐へと唸りを上げて飛び込む事を想像し、その後の戦い方……主にシグナムからの攻撃の離脱方法……に考えを巡らす。

 だからこそその瞬間……戦いの上で確実な隙が出来てしまった事に、フェイトは気付かなかった。いや、気付いたところで止まれるものではなく、その瞬間に合わせて魔法が飛んでくることなど、誰が予想できようか。

「!」

 攻撃の最中、突如フェイトに絡みつく拘束魔法。それが鎌を振り抜く体勢を崩し、徐にフェイトを締め上げ、全ての身動きを封じる。

「な――――に」

 伏兵――――――!

 思わずシグナムの顔を睨み付けるが、シグナム自身もその瞬間、驚きの表情で手に持つデバイスの切っ先をフェイトの鼻先数センチの場所で止めていた。その表情……まるで予想外の出来事に会ったと言うそれに、フェイトは疑問を浮かべる。

(伏兵じゃ、無い?)

 やがて、何かに気付いたようにシグナムが上方……フェイトから見て斜め右前方に視線を向ける。一瞬見た表情からはまるで敵を見つめるような厳しさが覗いていた。

「貴様、何者だ?」

 つられてフェイトも上方へ視線を向ける。そこにいた人物に少なからず、嫌悪感を抱く自分を感じながら。

 身長はシグナムより若干上か。薄い紫の髪に白い衣服、デバイスらしきカード……クロノが持つ管理局支給の物とよく似たそれを右手の人差し指と中指で挟み掴んでいる。

 そして、その特徴の全てを語っていると言っても良い仮面。

 白い能面に目の部分のみ溝が入ったそれは、サーカスなどで見る道化(クラウン)のような親しみ深さとは真逆……見るものに怜悧、冷徹なイメージを与え、静かなプレッシャーを与えるためだけに存在すると言っても良い。表情が見えないことで、戦う際に手の内をある程度隠す意味もあるのかもしれない。

 男はシグナムのほうを一瞥し、次いでフェイトの方を見据える。やがて、仮面越しにも関わらずハッキリとした声で、シグナムに向けて声を放っていた。

「……行け」

「――――何?」

 その瞬間、まるで異なことを聞いたというように、シグナムが顔を歪めた。やはり伏兵なのかと表情厳しく睨み付けるフェイトを余所に、仮面の男は続ける。

「ここは引き受ける。お前は先ほどの魔導師を追え」

 その瞬間、シグナムは厳しい表情で仮面の男へとデバイスを向けた。

 恐らく何らかの事情を知っている男に対し、シグナムが反応したのは明らかであり、半端な回答では彼女が切り込むのは明白だった。

「いきなり現れて何を言うかと思えば……貴様の狙いは何だ? 我らがやっている事をどこまで知っている?」

 警戒から、俄(にわ)かに構えを取るシグナムに対し、男の方は全く動じず、ただ、淡々とした声音で語る。

「このままでは、恐らく予定よりもずっと早く結界が破られる。お前達もそれは本位では無かろう」

「…………」

 その言葉に、シグナムは一瞬苦しそうな表情を見せるが……その剣は下ろさず。

 暫しの睨み合いが続く中、漸(ようや)くと言ったようにシグナムがその剣を下ろしたのは、数十秒が経過してからだった。ただ、その間も警戒を緩める事は一回も無かったが。

「全く、今夜は予期しない出来事ばかりがやってくる」

 やがて、何も問わずフェイトに後姿を晒すシグナム。立ち去る事を実感したフェイトに視線を向けず、シグナムは更に一言を付け加える。

「テスタロッサ……この様な形になってしまったが、勝負は一時預けさせてもらう」

「逃げるんですか?」

 思わずかけたその言葉、それに、透明すぎるシグナムの声が返ってきた。

 その背中が、まるで何かに耐えるかのように見えたのはフェイトの気のせいだったのだろうか。

「そう捉えられても構わない。決着は、いずれ付ける」

 それだけを残し、シグナムはビルの屋上から、疾風のようなスピードで消え去る。

 それを歯噛みしながら、フェイトは見つめるしかなかった。

 やがてその視線は、新手である男へと敵意を持って据えられる。そこには先ほどのシグナムと同じ、勝負を阻害された怒りも若干入っているようだったが。

「貴方も、彼女――――シグナムの関係者ですか?」

「…………」

 新手の男は、表情の見えない仮面越しにフェイトを一瞥すると、質問には答えずに、その視線を遠く、同じほどの高さで林立するビル郡へと向けた。

 質問に答える気が無い、と言うよりかは、まるで何かの様子を伺うような雰囲気に、フェイトはその顔に疑問を浮かべる。

(? 何を見て?)

 その行動に疑問を持ったものの……とりあえず現状、できる事を考えるために、思考を切り替えた。

 一刻も早くこの拘束魔法の術式を解析し解除、男の不意を付いて拘束、または撃破、その後にシグナムを追う……ここまで考えて、次に相手の力量と、自分の力量を秤にかけ、どれ程の実現性があるものかを考える。正直、フェイトに気付かれず拘束を行った時点で、現状ではかなり厳しい戦いになると考えていたが……それでも彼女は、可能性がある限り決してあきらめない。

 それは親友である、一人の少女から教わった生き方の一つであり、彼女を支える誇りでもある。

(このバインドもかなり高度な術式を組んでる……解除には時間がかかるけど、それでもやるしかない)

 とりあえず、男の視界が自分から逸れたのは都合が良い。何とかこの拘束を解こうと、フェイトは集中する。それだけで今このときにこの光景で響く音は、フェイトの息遣いのみになる。

 それから集中した僅かの時間……思ったよりも解析に手間取り、表情には出さないよう心の中だけで焦るフェイトの耳に、男が僅かに呟く声が聞こえてきた。

「そろそろか」

「……?」

 その言葉に一瞬、何か不吉な物を感じた気がして、その時初めて、男が向けている視線の先を薄目を開けた先で追った。

 瞬間。

 心臓の鼓動が一段大きく高鳴り、同時に、得も知れない焦燥感が胸を締め上げた。

(……え)

 それは、彼女が良く知る一人の少女の鼓動。今は一時的に戦線を離れ、治療に専念していた少女の魔力。それが離れていても手に取るように分かるほどに減退している事に、今の状況も忘れ、彼女は呆然とその目を見開いていた。

(なの――――は?)

 それは血を流し、その量が徐々に、徐々に蓄積されていく光景に似ていた。

 少しずつゆっくりと。まるで真綿で首を絞めるように消えていく魔力。それを自覚した瞬間、タガが外れたようにフェイトは叫んでいた。

「なのは! なのはぁぁぁ!」

 どうにもならないこの状況を抜け出そうと必死に足掻き、何とか動こうと全身に力を込める。それは、普段の彼女らしからぬ行動である。

 なのはに何が起こったのか、それは分からない。だが、彼女にとって何か良くない事が起こったのは間違いない。まるで命の灯火が燃え尽きて行くかのように減少していく魔力、それに不吉なものを振り払えない。

(く……こ、のお!)

 やがて、自身が傷つく事も範疇の外に、フェイトが力づくで拘束を破ろうとした――――その刹那だった。

 下方……恐らくこのビルの下から、ガラスが割れる時特有の音がした。

 そして一条の赤い光が、高速である場所を目指し飛んで行く様子が目に入った。

(え……?)

「!」

 叫ぶ事すら忘れてそれに見入ってしまった。その一瞬。

 甲高い音と共に、それまでユーノとアルフの二人がかりで破れなかった結界が、粉々に砕け散る音を聞いた。

 と同時、それまでずっと沈黙を保っていた男から、この状況においても全く慌てない……抑揚が無い声で、話す声が聞こえた。

「予定よりも早い……仕損じたか? どちらにしても長居は無用か」

 言いつつ、男は手の指で挟んでいるカードを一振りする。

 それだけで男の周りの大気が歪み……やがてその姿が光に包まれだした。

(逃げる――――!)

 その瞬間、思わずその姿を追おうとして……拘束された自分自身を思い出し、珍しく苛立つ神経を何とか押さえこみ、顔を上げる。その時には、現れたとき同様、既に襲撃者の姿はいずこかへ消え去っていた。

 そしてその後。

 男の姿が消え、彼女がなのはの元へと急行できたのは、十分程度の時間が経過してからだった。

 アースラと連絡を取り、彼女が医務室へ運ばれるまで、フェイトは終始無言で、そして時折心配そうに、彼女の事を見守る事しかできなかった。





「……私からは以上です」

 暗く照明を落とされた部屋の中、そこには、今回の事件に関わった全ての人々が揃っていた。

 クロノやエイミィを始めとするアースラスタッフ、そして、先ほど目覚めたばかりのなのはを始めとする民間協力者。なのはのそばには今もフェイトが寄り添っており、先ほどまでのリンディ、そして今しがた受けたフェイトによる報告に、全員が重い沈黙に包まれていた。

 なのは、及びフェイトの体調については、ケガ自体は軽いもので、リンカーコアを奪われたなのはについては、魔法自体は問題無く使用できるとのことだった。ただ使う場合、本来のランクよりも2ランク程ダウンしてしまう事は否めないとも言われているが。

 リンディやクロノはそもそも、なのはが完全に復調するまでは極力魔法を使わせまいと考えていた。管理局員ではない民間協力者である事も関係しているが、PT事件の最大の功労者の一人に、管理局側が配慮したという事も大きい。

 それから、管理局スタッフを交えていくつかの懸念事項……『闇の書』や『謎の襲撃者』等について協議される中、やはり一番の注目はフェイトを拘束した『仮面の男』と結界を破った『謎の魔導師』の二つに絞られていた。

「仮面の男と謎の魔導師に共通するのは、その隠密性の高さだ」

 やがて、クロノが口火を切った内容に、全員が注目した。

「どちらも攻撃する直前になるまで、気配の兆候すら感じさせず……特に魔導師の方は、いきなりAAAクラスに匹敵するほどの力で攻撃を行った、との報告も受けているが、間違いは無いか?」

 確認するように、実際に現場で戦っていた四人に視線を向けると、それぞれが複雑そうな表情を浮かべながら頷いた。

「うん……唐突に力の波動を感じたと思ったら、いきなり光が結界に激突して爆発を起こしてた……その場には確認できる範囲で私達は全員そろっていたから、当初は管理局の応援が来たのかと思ったんだけど……」

 フェイトのその言葉に、クロノは僅(にわ)かに難しそうな表情を浮かべる。

「僕も本局に確認してみたんだが……確認できる範囲内で、その日に海鳴の街でAAAクラスの魔導師が活動していた記録は無かった。まあ、管理局の魔導師が何の許可も無く活動していたのならかなり問題になるし、そうでないなら、フェイトのような嘱託の魔導師かとも思ったんだが、嘱託扱いの魔導師でAAAクラスともなるとそう数も多くない。管理局側でも洗える人材は全て洗ったが……結局、その日に海鳴で活動していた魔導師はいないという結論に至った」

 その言葉に、全員が難しい顔で押し黙る。

 そもそも、この二人の謎の人物は、それぞれ襲撃者側、管理局側に味方していたこと以外は判っていない事が多かった。

 いや、襲撃者側の人物ならば『闇の書』を欲する者であると言えば、目的は不明なもののある程度予測は立つ。だが、管理局側……なのは以外の、フリーランスの魔導師が何故その場にいたのかが分からないのだ。

 なのはの証言から、数日前に似たような強大な魔力を一瞬だけ感じたとの事だったので、恐らくその魔導師に起因する何かが起こり、その結果今日の戦闘に巻き込まれた可能性もある。

 そこから考えられるとすれば、その魔導師にとって今回の事件は全くの予想外であり、結界から脱出する際にたまたま取った行動が、管理局側の有利に働いたと見ることも出来るが……それも想像の範囲を出るものではない。

「それで、どっちの魔導師も見つかったのかい?」

 やがて、重苦しい場から静かに問いかけたアルフの言葉に、クロノは首を振る。

「いや……調査隊がその魔導師達がいたとされるビルを詳しく調査してみたんだが、仮面の男はその転送先を特定する直前で逃げられて、多重転送から追跡も難しい状態だ。まあこれはアースラの状態からしてある程度はしょうがなかったんだが」

 そう言いながら、目に見えて肩を落とすエイミィをさり気なくフォローするクロノ。アースラ随一のチームワークを誇る二人の仲の良さを(クロノは否定するだろうが)垣間見た瞬間だった。

「そしてもう一人、謎の攻撃を行った魔導師の方だが……」

「? そっちの足取りは掴めたんじゃないのかい?」

「ああ。そちらは転送などの魔法の痕跡が無かったから、見つけるのも比較的楽だと……そう思ったんだが」

 クロノらしからぬ歯切れの悪さに気づき、訝しげな表情を見せるフェイト達にクロノは淡々と、感情を殺した言葉で後を紡ぐ。

「『そのような魔導師などいない』それが調査隊からの報告だった。いや、それどころか、魔力を元に足取りを追うのも難しいと」

「な――――」

 その言葉に絶句する四人、その中でいち早くアルフが反応する。

「ちょ、ちょっと待ちなよ! 魔力探査だって行ったんだろう? だったら管理局で追えないってのはあんまりにもおかしいじゃないか!」

 そう。

 魔法とは魔力を使い奇跡を体現する術である。故に、魔法を扱うにはそれなりの才能と魔力が必要になる。魔力はそのままゲームにおける「MP」と置き換えてもよい。つまり、MPを引き換えにしてRPGで炎や風を駆使し敵をなぎ払うのと根底は一緒である。

 RPGなどと違うのは、魔導師によってその魔力量……初期のMPの最大値が違うことだ。何十年という修行で火の玉程度の魔法が精一杯の者もいれば、わずか数年の修行によって天候までも操れるものなど多種多様。ただ、すべての者において共通するのは、魔法を使うものは総じて僅かながらも常に魔力が漏れてしまうということである。

 次元犯罪者が魔法を使った場合、それを元に辿っていけばいつかは犯人にたどり着けるという寸法だ。だからこそ、犯罪者達は転送魔法を使い、魔力の残り香を追跡されないよう細心の注意を払うのだ。

 そう、普通ならば。

「僕もありえないとは思ったんだが……取りあえず、半径五キロ以内に同様の魔力反応は無し。その事に調査隊も『こんな事は初めてだ』と困惑しているようだった。魔力探査以外の方法で足取りを追おうとも考えたらしいが、ビルから離れた時点でそれらしい痕跡がほとんど消えているとの報告も受けている……っと、ビルと言えばもう一つ」

 そういってクロノが正面スクリーンに投影した画像、それにはフェイトが戦っていた騎士と見慣れぬ男の後姿が映っていた。

「え?」

 その姿を見た瞬間、なのはは思わず声を上げた。その様子に、フェイトは訝しげになのはの横顔を見据える。

「なのは?」

「あ――う、ううん。なんでもないよ」

「?」

 明らかに不自然ななのはの様子に、続けて言葉を発しようとしたフェイトの耳に、クロノの話し始める声が届き、思考をクロノへと向ける。

「これは先ほどの襲撃において、謎の魔導師がいたビルと同じ場所で撮られた映像だ。見て分かっていると思うが……この男。この男が何者なのかが全く分かっていない」

 その言葉と共に、映像がズームアップされる。そこには、荒い画像で辛うじて年齢と特徴的な髪の色が分かる程度の、男の後姿とそれを支える騎士……シグナムの姿が確認できる。

「……えっと、待ってくれ。彼は管理局に保護されているんだろう?」

 その奇妙な光景に、ユーノが上げた疑問の声。それにまるで推理をする探偵のような口調で、クロノが口を開く。

「いや……保護はされていない。それどころか、『存在すら補足不能だった』調査隊も、彼が降りたであろう場所を詳しく調査してみたんだが、やはりどこにもそのような者の姿は存在しなかったとの事だった」

 まるで、何かを含むような口調。らしくないその様子に訝しげに表情を歪めたユーノは、次の瞬間、はっとしたように目を見開いた。

 クロノが発するキーワードはこうだ。『ありえない魔法攻撃を行ったビル』『紛れ込んだ謎の一般人』『紫の魔導師に助けられている様子』『足取りを追うことすら不可能な状態』

 そこまでのヒントを聞いて、感のいい人間ならば何かしらを感じ取る事ができて当然である。事実、ユーノもその含みに気付いたのであろう、半ば信じられないといった表情でクロノを見据え口を開く。 

「ちょっと待った。もしかしてクロノが言いたい事って……」

 その言葉に、クロノは自分の考えを語るように、静かに頷く。

「ああ……この男が『謎の魔導師』である可能性だよ」

 あっけに取られる面々。その中で、今度はフェイトが周りを気にするように、おずおずと意見を口にした。

「確かに、彼がそうだとすると色々と解決するけど……でも、デバイスもバリアジャケットも装備してないで、この場に現れるはずが……」

「彼女、シグナムと戦った、その後だとすればどうだ? 彼女が何故彼を助けるような真似をしたのかは分からないが、デバイスが破損、またはバリアジャケットを纏うことが不可能なほど損傷していたとしたら?」

「まさか……そんな」

 確かにありえないことではない。その事実に、フェイトは押し黙る。

 現に、フェイトとなのはのデバイスも損傷し、なのははバリアジャケットまでも吹き飛ばされていたのだ。

 彼女達のデバイスについては、何とかAIは無事だったものの修理には一週間程度を要すると言われている。並大抵の衝撃では損傷しないデバイスをあそこまで破壊した彼らならば、打ち所が悪ければ全壊してもおかしくは無い……のだが、流石にそれでも引っかかる物を感じざるを得ない。

「全ては推測であり、彼がたまたま結界内に取り残された一般人である可能性も捨てきれない。だがそれでは何故調査隊が見つけられなかったのかという矛盾にも突き当たる。いずれにしろ今回のこの事件は不確定要素が多すぎて、管理局内でも意見が纏まってないのが実情なんだ……なのは?」

「え……あ」

 その瞬間捉えた姿に、今度はクロノが疑問の声を上げた。

「どうかしたのか? さっきからこちらの話に集中していないように見えるが?」

「う、ううん違うの。ちょっとさっきの戦闘の疲れが残っちゃってて」

 苦しい言い訳を浮かべながら苦笑するなのはに対し、クロノは何を感じたのか……やがて何事も無かったように、忠告だけを口にする。

「辛かったらすぐに言ってくれよ。ただでさえ君は度を越えてがんばってしまう所があるんだから」

「にゃはは……うん、ごめん。辛くは無いから大丈夫」

「……なら良いんだが」

 心配そうに自分を見つめるフェイトやユーノにも笑顔を向け、健全さをアピールしながら……その心には複雑な思いが去来していた。

 映像に映った後姿。

 それは二日前出会った、一人の少年の姿に似ていた。

 いや、背格好が似ていると言うのならば、あの少年以外にも多数いるだろうが……あの特徴的な髪の色は、流石にそうお目にかかれるものではない。

 あの時会った少年からは、魔力を感じ取る事ができなかった。

 レイジングハートにも確認したが、多少はあるものの、それでも一般人を超えるものではなく、とてもではないがAAAクラスの攻撃が出来るほどの力は確認できなかったので、なのはは彼が魔導師である可能性を早々に打ち切っていた。

(まさか、ね)

 なのはが一人、心の中だけで結論付けていると、それまで黙って話を聞いていたリンディがクロノの話を引き継ぐように立ち上がり、一同の前まで来ると、徐にメンバー全員に視線を向け改まった口調で話し始める所であった。

「さて、私達アースラスタッフは今回、ロストロギア『闇の書』の捜索及び、魔導師襲撃事件の捜査を担当する事になりました。ただ肝心のアースラがしばらく使えない都合上、事件発生時の近隣に、臨時作戦本部を置く事になります」

 提督の言葉に神妙に聞き入る面々。やがて細かな駐屯場所を割り振られたメンバーがリンディから発表され、司令部にはリンディ、クロノ、エイミィ、フェイトの四人が駐屯する事になった旨が発表された。

 その後……急に悪戯っぽい笑顔なったリンディが発した言葉に、その場いるメンバーが一瞬、あっけに取られる事にはなったが。

「ちなみに司令部は、なのはさんの保護をかねて……なのはさんのお家の、すぐ近所になりまーす」

 一瞬の沈黙と共に、なのはとフェイトが顔を見合わせ……そしてうれしそうな笑顔でなのはが声を上げた事に、周りの人間は微笑ましい物を見るような笑顔だった事は言うまでもない。

 こうして、数々の謎を抱えながら、なのはの親友との再会、そして突然のうれしいハプニングと言うイベントで、この日の会議は終了したのだった。





12月2日 PM9:30 海鳴市内 八神家





 やさしく明るい光が、団欒の風景を照らす。その中、八神はやてとヴォルケンリッターの面々は、思い思いの時間を過ごしていた。

 家長である八神はやてとヴィータの二人は仲良くテレビを眺め、ザフィーラはそのそばで、大型犬のような体を横たえている。シグナムは新聞を読みながら今日一日の出来事を振り返り、シャマルは夕飯の後の洗い物の手を休める事は無い。

 目に見えてアットホームな雰囲気。その空気を壊さぬよう控え目に、洗い物を終えたシャマルがテレビを見続けるはやて、及びヴィータに声を掛けた。

「はやてちゃん、お風呂の支度出来ましたよ」

「うん、ありがとう」

「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」

「はーい」

 エプロンを外し柔らかく笑いながら言葉をつむぐ様は、母親のような母性に満ちている。その様を新聞の端から横目でちらりと確認し、シグナムは薄く表情を和らげる。

「明日は朝から病院です。余り夜更かしされませんよう」

「はーい」

 年長者として、一応の忠言は忘れない。その様に、にっこりと微笑み返しながらはやてが笑う様に、シグナムは暫し感慨深いものを感じるかのように目を細めた。

(皆変わったな。主はやても、私たちも)

 ヴォルケンリッターとして、闇の書の蒐集だけが目的だった日々。

 余計な感情など挟まず、文字通り機械のように淡々と仕事をこなすだけだった日々。それが頭の隅を掠める。

「――――ム、シグナムってば」

「む……」

 暫しの夢想により、シャマルのその言葉にシグナムは即座に反応できなかった。

 我ながら怠慢だ……と首を振りながら、呼びかけ続けるシャマルに口を開く。

「すまん。どうした?」

「だから、お風呂よ。シグナムはどうします?」

 風呂、か。

 そう言われた瞬間に他の者に悟られないように気を付けながら、シグナムは何でも無いように続ける。

「私は今夜はいい。明日の朝にするよ」

「そう」

 自然な動作で新聞を畳み、テレビのリモコンに手をかけるシグナムに、ヴィータが不思議そうな顔をする。

「お風呂好きが珍しいじゃん」

 その言葉に返すのは、柔らかい笑みと言葉だけだ。

 決して……万が一にもはやてにだけは悟られないように、心の中だけで気をつけながら。

「たまには、そういう日もあるさ」

 やがて、風呂場へと向かうシャマル達に返事を返しながら……扉を開けて三人の気配が遠ざかったタイミングを見計り、それまで黙ってやり取りを見つめていたザフィーラが口を開いた。

「……今日の戦闘か」

 ザフィーラの指摘に、シグナムは表情を改めてザフィーラを見つめた。

 そこには、騎士として、そして烈火の将と呼ばれたヴォルケンリッターリーダーとしての顔が垣間見える。

「聡いな。その通りだ」

 その言葉と共に、シグナムは上着を捲り上げ……そしてその素肌に付けられた傷を見た瞬間、ザフィーラは感心した様子で声を上げていた。

「お前の鎧を打ち抜いたか……」

「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな……武器の差が無ければ、そして、あの仮面の男の乱入が無ければ、少々苦戦したかもしれん」

 フェイト・テスタロッサ。

 シグナムに対し、軽くとは言え手傷を負わせた人間。

 これまでの戦いで、彼女と互角の戦いを行った者は数えるほどしかいない。その中でも彼女のあの胆力と精神力は類を見ない物であり、ベルカの騎士とは恐らく初見であろうと予測されながら、彼女に余裕が無い隙を突き、一時は圧倒さえして見せた。

 恐らく、はやてとそう変わらない年でありながら、それだけの事をやってのけた少女に、シグナムは素直な賞賛を送っていた。

 そんな中、ザフィーラはその中に出てきた一つの単語に反応する。

「仮面の男か……シグナムは奴をどう思う」

 謎の白い仮面の男。

 管理局の魔導師に敵対行動を取っている事、そして闇の書を完成させようとして行動している事以外、一切が謎のままの存在。

 シグナムは一瞬考えを巡らせるが……結局、現状分かっている情報以上の物は無いと結論付ける。

「さて、な。何故私達を助けたのかは知らないが、どうにも奴は信用ならん。完成した闇の書の力を欲しているのか。あるいはその他の別の要因があるのか」

「どちらにしても、今回だけではなくまた絡んでくる可能性はある、か」

「ああ。それに、関わってくるのは奴だけではないかもしれん」

「…………」

 そう言って立ち上がったシグナムに合わせる様に、無言でザフィーラも立ち上がり、窓の外へと足を向ける。

 シグナムが言った、もう一人の存在。結界を破り、シグナムと戦い敗北したものの、その戦いぶりから十分な脅威と戦慄をヴォルケンリッター達に与えた、シグナム曰く「赤い髪の魔導師」

「まさか嫌な予感が的中してしまうとはな。ヴィータ以外にも注意を促すべきであったかもしれん」

「そう言うな。この様な事態を予測できる者などいない。ここまで混沌とした戦いなど、な」

 冷たい夜風に、白い息が映える。その中、シグナムは遠く夜空を見上げる。

 その心に、魔導師が言った言葉が蘇るのを感じながら。

 

 ――――どうしてこんな所で戦うのかも、その目的がなんなのかも、
              俺には理解できない理由があるのかもしれない――――

 

 太刀筋は決して流麗とは言えず、才能で言えば自分の足元にも及ばない。だが故に、それは才が無い者が途方も無い努力の末に克ち得た無骨さと美しさがあった。

 


 ――――だけど……あんたの行動は間違ってる。それだけは解かる。
          だから俺はそれを止める。他ならぬ、あんたの為にもな――――

 

「…………」

「どうかしたのか?」

 問われて、静かにシグナムは口を開いた。

「いや、あの赤い髪の魔導師の事を少しな。剣を合わせたのは僅かだったが、テスタロッサとはまた違った意味で真っ直ぐな魔導師だった」

 奴は言ったのだ。犠牲になる誰かだけでなく「犠牲者を出すしか道が無かった自分をも救って見せる」と。

 無論シグナムは、そんな綺麗事で今の道を違えたりしない。そんな物は偽善であり、状況を知らない他人の勘違いの博愛主義に過ぎないものだと……その時は思った。だからこそ激昂し、上辺だけの言葉で取り繕う偽善者をその手で叩き潰そうとしたのだ。

 だが……。

「奴は、本気で私を『救う』気で来た。あの目を見たとき、決して引かぬという覚悟を見たのだ……次に会うとすれば、奴こそが最大の障害になるやも知れん」

 ザフィーラは、そう独白するシグナムを静かに見やり、その言葉が落ち着いたところを見計らい、ただ、一言を紡いだ。

「だが、それでもお前は負けないだろう」

 それは仲間として、信頼する戦友としての言葉。信頼に満ちたその言葉に、シグナムは頷き返す。

「……そうだな」

 その言葉だけで十分だった。

 主を守るのは騎士の役目。それが今は何よりも変えがたいものになっているだけだ。

 管理局の魔導師が来ようと、得体の知れない乱入者が現れようと、自分達四人の騎士が負ける事はありえない。

「我らヴォルケンリッター、騎士の誇りにかけて」

 遠く差す月の光。瞬く冬の星空。

 それを覚悟ある瞳で見つめ、シグナムとザフィーラは暫しそのまま、無言で立っていた。

 この戦いが、更なる波乱と厳しさを迎える事を予感しながら、それでも変わらぬ思いだけを胸に。





 その日、月村家のメイドであるノエルは、家の戸締まりの為屋敷内の見回りを行っていた。

 短くカットした薄いブルーの髪の上にメイドカチューシャ。色合いを押さえた清潔感の漂うエプロンにメイド服という格好と、見目麗しい北欧系の顔立ちは、まるで貴婦人のような優雅さを知らずに周りに与えている事に、本人だけは気付いていない事は幸か不幸か。

 広大な敷地を擁する月村家には、その大きさに合わず、使用人を含めてわずか四人しか人は住んでいない。家事や屋敷周り全般を担当するものが二人のメイドだけだと知れば、どれだけの人間が驚愕、または呆れる事か。想像には難くなかろう。

 その日もほぼ自分の担当範囲を見回り終え、ノエルは一人、最後の部屋の確認に向かっていた。

(予定通り何も無し。さて、もう少し見回ったら、後はファリンに任せて私は明日の朝食の仕込みをしておきましょう)

 平穏無事、何事も無く終わるいつもの日課。

 その日も、そんな風に予定調和的に淡々とノルマをこなすだけのその仕事。それが始めて変わってしまったのはこの時、この瞬間を置いて他には無かった。

『み……な…………ん』

「?」

 最後の部屋の扉に手をかけた瞬間、途切れ途切れのその言葉が耳に届いた。

 まるで頭に響くように、そして心に染み入るように、それはノエルの中に浸透する。

(何?)

 空耳だろうか。

 戸締りを忘れて、すきま風の音を聞き違えたのかと思いゆっくりと扉を押し開ける。

 そこには何も無い、闇夜に照らされる客間の一つがボウ……とした影を落としていた。

 ゆっくりとした動作で窓まで近寄るが……確認できる窓、そして壁からも、風が侵入するような穴もすきまも何も存在しない。

 一瞬、幽霊や死霊の類が出たのかと夢想してしまうが、即座に馬鹿な事をと否定する。
 月村の屋敷の規模からすれば、確かに幽霊の一人や二人いてもおかしくは無い。だが事「月村家」に関してそれはタチの悪いジョークにしかなりえない。それを感じながら、視線は自然に窓の外へと向く。

 そこで一瞬目を疑った。

(? あれは……)

 本館の裏手に当たる深い森の中。

 月村家の広大な敷地の一部、その端に一瞬浮いた光が目の端に止まりそれが幻かと目を擦る。

 それは微かながら……しかし確実に自然光としてはありえない、血の様に赤い色の光を放っていた。

(何かがいる……誰かがあそこに?)

 侵入者が現れたのかと一瞬身構えたが、それならば何らかの動きが森の中であるはずだ。だがそのような物はどこにも無く、ただ、夜風に晒される森の木々だけが広がっている。

 困惑するその一瞬の間隙を突くかのように、さらに一度、赤い光が反射した。それで確信した。

 何かがあそこにある。最悪、不審者の類が屯(たむろ)している可能性がある。

(月村の家を狙った襲撃者? でもなら何故、自分の居場所を晒すような真似を……?)

 一瞬、どうすべきかを真剣に考える。もし月村に仇為す侵入者ならば撃退もやむを得ない。だが今の所それらしい動きは無く、光が輝くだけで、襲撃者らしい動きは何も見られない。

 それがもし罠だとすれば軽々に動くわけにはいかない。忍にも一応の話をするべく、ノエルは一人、扉へと向き直った。

(私の気のせいで……あれば良いのですが)

 そう思いながら、ノエルは足音も立てず、空気を乱さない独特とした動作で、その場から遠ざかる。その後姿を追うかのごとく、赤い光が再び輝いたことに気付く事も無く。



 結論から言えば、ノエルの考えは半分が当たり、半分は外れることになる。

 実際に光があった場所、そこには一人の男……忍とそれほど変わらないといっても差し支えの無い、少年の姿があった。

 よく見れば、その体には無数の裂傷や、胸元には刀傷と思しき傷すらある。

 何者かは分からないが、屋敷の警備を抜けてきた以上、只者ではあるまい。そして、その傷から少なくとも、表側の存在では無いとのノエルは結論付け病院、または警察に連絡を取ろうとも考えたが、当主である月村忍により、思い止まる事になる。

 この少年が何の理由でここまで来たのかが知りたいとの事だった。どんな理由でこの家に近づいたのか、万が一にも暴れだしたり、危害が無い事を確認する必要もあったが、見たところ武器らしい武器も持っておらず、いざとなれば自分やノエル……最悪の場合はこういう人間のことに詳しい高町恭也にも協力を頼むとまで言われれば、流石にノエルも首を縦に振らざるを得なかった。

 取り合えず、治療の出来る場所まで運ぼうとノエルが屈んだ時、ふと少年が手に何かを握っている事に気付いた。

(? これは……)

 確(しっか)りと握り締められているそれは、小さな宝石のペンダントだった。

 赤く輝く明らかに女性用と思しきペンダント。大凡(おおよそ)この様な年の少年が持つには分不相応な代物だ。

 それを見た時に、ノエルははっとなった。

(まさか、先ほどの光はこの宝石が反射して?)

 ありえない話ではない、が、それでも疑問は残る。

 宝石を彩る鎖や飾りは古ぼけ、明らかに年代物のアンティークと分かる雰囲気を醸し出しており、その中で全く色褪せる事無く光る宝石はかなりの高価なもであると推測できる。だが、これが反射したとすれば、どのような理由でそうなったのだろうか?

 本館の裏は、表側と違い光もさほど無く、そもそも月明かりすらない暗闇の中で倒れていたのだ。考えられるのは、何らかの理由でこの宝石自体が光ったという事だが……そうだとするとこれも何か曰くのある品、自分達に災いをもたらす物と考えても違和感は無い。

(分からない、この少年も、この宝石も……一体何者なの?)

 暫し、本当に刹那の時、ノエルは考え込むように黙り込み、じっと、倒れていた少年の姿に目を向けていた。





 こうして、それぞれの一日が漸(ようや)く終わりを告げる。

 今はただ眠る少年の運命を急転させる、そしてその『正義』のあり方を問う出会いは、まだ先の事である。





Act.6 END




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