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Sword of A's Act.8

 スーパー「MIKUNIYA」

 海鳴に存在するスーパーの一つで、地域に根付いた商店街側ともきちんとした住み分けができている数少ない店舗である。

 マンションや住宅街のそばという、近所の主婦層にも立地的に受けの良い場所、そんな場所にシャマルとはやての二人の姿があった。

 欧州系の顔立ちの美人と、儚い印象のする美少女という取り合わせは、集目を否応無しに集め、同時に、その人々の首を傾げさせるに足る雰囲気も持っていた。

 年齢の差とあまりに違う容姿から、それが親子と言うにも姉妹と言うにもしっくりせず、周りの意見は親戚か、または少女が車椅子に乗っている事から、介護関係の仕事を持つ者か、と言った所が精々である。

 当の本人達は、そんな視線を気にせず、今日の献立の為の買い物に余念がない。建物内では、「寒い冬を乗り切るために」と言うナレーションと共に、鍋関連の食材が特価の見出しと共に所狭しと並べられ、来た者の目を否応無く引いている。ただ、節約の為か、ナレーションが館内放送では無く、古びたラジカセからというのは、貧乏臭いと見るか味があると見るか、意見が分かれる所であろうが。

 やがて、生肉売り場で、今夜のメインとなる肉のパッケージを見つめながら、ふと、思いついたようにはやてが口を開いた。

「そやけど、最近、みんなお家におらんようになってしもうたね」

 そう切り出したはやてに対し、ドキリとした内心を悟られないようにシャマルは口を開く。

「え、ええ。まあその……なんでしょうね」

 正直、嘘が上手いとは言えないシャマルではあるが、蒐集に出かけてしまったメンバーのフォローも彼女の仕事である。蒐集で貢献できない以上、バックアップは万全に出来なければ、彼女の騎士としての自負も危ういのだ。

「別に、私は全然ええよ。みんなが外でやりたい事とかあるんやったら、それは別に……」

「……はやてちゃん」

 そう言いながら、しかしその表情がやや寂しげに歪んだ事を、シャマルは見逃さなかった。

 明らかに無理をしていると分かる、どことなく儚く感じる笑顔で、はやては続ける。

「私は、元々独りやったしな」

「――っ!」

 はやてがそう言った瞬間、思わずシャマルは屈み込み、はやての視線に合わせる様に早口で言葉を紡いでいた。

 そこに考えなど無い。ただ、只管に自身を卑下する主に対し、何かをしなくてはと言う気持ちで一杯だった。

「はやてちゃん、大丈夫です! 今は皆忙しいですけど……その……すぐにまた……きっと……」

 はじめの内こそ勢いのあった言葉は、やがて徐々に尻すぼみになり、消えていく。

 正直にはやてに今の状況を言うわけにもいかず、さりとて、自分なりに何か言わなくてはという強迫観念から、苦しげにシャマルは言葉を搾り出す。

 そんな不器用なシャマルの慰めに、はやては最初驚いたようにその顔を見つめていたが……やがて、安心させるようににっこりといつもの笑みを向けていた。

「そっか、シャマルがそう言うんなら、そうなんやね」

 やがて生肉売り場から徐に幾つかのパックを持ち上げながら、シャマルに対し口を開くはやて。

「今夜はすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんかな?」

「……はい」

 その瞬間、内心ほっとしながら、シャマルは一人考えていた。

 はやては、幼少時を独りで過ごしたためか、他人に迷惑をかける事を酷く嫌う兆候があり、心配させないためと言いながら、辛く、苦しいときでも我慢してしまう事が多々ある。

 なるべく、悲しませたり、無理をさせないように努力してはいるものの、根本的な原因を解決できない以上、どこか寂しさを感じさせてしまっている事は確かなのだ。その寂しさを一日でも早く解決するために仲間達が奔走しているというのは、なんとも皮肉な限りではあるが。

 そんなはやてに、新しい友達……すずかが出来た事は、シャマルにとって本当に喜ぶべき事であった。この出会いによって全てが上手く行って欲しい……と思う事も、致し方ないのかもしれない。

 何とか元気が出てくれたはやての世間話に付き合い、会計の為にレジへ向かおうとした……その時だった。

「……はやてちゃん?」

「え?」

 その言葉に反応し、不思議そうに振り返るはやてにつられるようにシャマルも視線を移す。

 視線の先、その人物は一人、佇んでいた。

 背はシャマルよりと同程度で、赤い髪に黒いジージャンを羽織った、高校生程の少年の姿。

 それだけならばどこにでもいる一人の少年として、気に留めなかったであろうが、少年が持つかごの中身を見て、シャマルはそのギャップに思わず眉根を寄せていた。

 そこにあるのは、使い捨て可能なキッチンペーパーや洗剤といった清掃用具から始まり、各種調味料や、幾つかの食材、果ては「徳用」の文字が大きく書かれたセール品と思しき日用品が、整然と詰まっているのだ。

 その少年には何処となく所帯染みた雰囲気……年頃の少年とは思えない、単身赴任のお父さんか、専業主夫といった、ある種相容れないものを感じさせ「違和感が無い所が、どうしようもない違和感になっている」という、なんとも言えない矛盾を見る者に感じさせていた。

 そして、それ以外の特徴と言えば――――

(――――あ)

 シャマルがその事実に遅まきながら気付いた、その瞬間、はやてが驚いた表情そのままに、ポツリと、一言を漏らした。

「嘘、士郎さん?」


 ――――そして、運命は巡る。

     静かに、そしてゆっくりと。当事者達にも分からぬ絵を描きながら。

 

 12月10日 PM:7:12 海鳴市住宅街

 

 自分こと、衛宮士郎がここに来たきっかけ自体は、それ程大した内容ではなかった。

 その日、いつもの様に炊事洗濯掃除と身に付けたスキルを如何なく発揮していた矢先、朝食の準備の際に、砂糖、塩の備蓄状態が余りよろしくない事に気が付いたのがそもそもの始まりだった。

 元々少人数な上に、女性ばかりの月村家とは言えど、物資が底を尽き無いと言う事はありえない。その事に付いて、日頃から気になっていた物品その他の補充と合わせ、ノエルに相談した所、

「確かに……そろそろ買出しの必要もあるとは思っていましたが……」

 と言いながら、どこか慣れてしまったような苦笑と共に、自分を見つめていたのが印象的だった。最近は月村家の住人に家事の事を話すと、大抵苦笑するか、羨望の眼差しで見るかのどちらかと言うのは、一言物申したい所ではあったが。

 午後の予定が特に無かったこともあり、ノエルの運転する車で町へと買い物へ行こうとしていたものの……急遽、すずかの用事とノエルの予定がバッティングしてしまい、ノエル自身は出かけることが出来なくなってしまった。

 本来ならば後日に改めて行く事になるのだろうが、わざわざノエルに予定を合わせてもらうのも気が引けたため、自分からこう提案する事にしたのだ。

「じゃあ、午後は俺一人で行ってきますよ」

「――は?」

 余りにも意外な事を聞いたと言うようにぽかんとした顔のノエル。だが、そんな風にらしくない表情をノエルが浮かべてしまうのも仕方が無いと言える。

 月村家は海鳴町からやや離れた郊外に建っているため、そこに至るには結構な道筋を行かねばならず、徒歩ではちょっとしたハイキング並みの運動となってしまう。

 その為、町まで行くには運転免許を持つノエルか、すずかの場合には学校付属の送り迎えのバス、またはすずかの友人であるアリサ=バニングスの家からの善意の送り迎えを受けていたりもする。

 決して運動嫌いとはいえない月村家の人々ですらそのような事をしていると言うのに、歩いて、しかも買い物の荷物を持ってなどと言うのは、流石にキツいと思った……と言うよりも、その台詞自体が予想外だったのかもしれない。

(まあ、昔はこの程度の距離……いや、これ以上の距離を買い物で歩かされた事もあるけどな)

 かつてのイギリス時代。倹約家ながら、使うときには金に糸目を付けない凛。

 名門貴族のプライドか、それまでの生活故か、典型的なお嬢様タイプなルヴィア。

 顔を突き合わせれば「貧乏臭い」「成金」と元気に言い合う二人だけではなく、生粋の、恐らく二人以上にお嬢様であったイリヤまでいたのだ。その三人の買い物時、特に男手が一人ともなれば、その現状は推して知るべし。

 加えて言うならば、セラに色々と、時に嫌がらせのような(実際、嫌がらせだったと言っても否定は出来ないが)量の買い物を言いつけられた事もある。

 傍から見れば、不幸と言うしかない代物を、苦笑しながら……時にため息を吐くだけで付き合ったのだ。それを考えれば、このぐらいの距離の買い物など、大した事では無い。

 ノエルは暫し、士郎の顔を見て何か言いたそうだったが、

「……では、折角なので、お願いできますか」

 と、結局は自分に任せてくれた。

 胸中、何を考えているかは、士郎の与り知らない所ではあるが、何かまた一つ、自分の印象が決まったような、そんな予感がした。願わくは、それがまた妙な方向へ行かねば良いと、心からそう思いながら、私服に着替えた士郎は、一人、海鳴商店街へと足を向けたのである――――。

 

 

「――という事は士郎さん、今はすずかちゃん家にお世話になっとるんやな」

「ああ。あの時図書館に行ったのも働き口を探してだったし、こんな俺を雇ってくれたのは本当にありがたいと思ってるんだ」

 まあ、それがすずかちゃん家だったのは偶然なんだけど……と続ける士郎に、はやては変わらずにこにこした笑みを浮かべている。

 夕食時の海鳴の住宅街。閑静なそこで、年齢の違う奇妙な三人が共に歩いていた。

 冬の寒空に白い息を吐きながらシャマル、彼女が押す車椅子に乗るはやて、そして、買い物袋で両手を塞いだ士郎。再会した当初こそ驚きで固まっていたが、久々に、そして偶然に再会した知り合いに喜び、今は帰る家の方向が同じという理由で、連れ立って歩いているのである。

 士郎にとっては、いつぞやの冬木の商店街での天真爛漫な少女との邂逅を思い出し、懐かしさからその会話を楽しんでいるきらいもあったようだが。

「あはは。せやけど、本当に偶然ってすごいなあ。まさか今日家にすずかちゃんが来る日に、士郎さんとまた再会できるなんて……」

「それは……確かに。まあ、ここまで来ると偶然で片付けていいものか迷うけどね」

 ここ数日の行動も含め、苦笑を浮かべながら、会話を繋ぐ。士郎にとっては、すずかの用事の為にノエルが午後の予定を調整した事や、すずかに晩御飯はいらない旨を確認した事、そして、すずかとはやてが親友であった事等、このような状況を推測できる理由というものは既に幾つか知っていたことも事実だったが、まさか、それがここまで綺麗に噛合うというのは流石に出来過ぎである。

 世間は狭い。その言葉を、実体験でかみ締める程度には。

 そんな光景(主にはやてが振ってくる話題を士郎が返している)がしばらく繰り返されている、そんな時だった。

(……?)

 一瞬、本当に一瞬だけ違和感を感じ、疑問符を浮かべながら徐に振り返る。

 そこには、先ほどから会話に加わらず、一人、やや困惑した表情で自分の事を見つめているシャマルの姿があった。

 その視線が、偶々向けた自分の物と重なった瞬間、驚きを浮かべ、次いでわざとらしくあさっての方へと視線を逸らしたが……何と言うか、余りにも定型通り過ぎる、怪しさ爆発な態度である。

 まあ、いい年した男が、自分より一回り以上小さい少女と知り合いなのだ。自己紹介の際にはやての家族を名乗り、また、保護者でもあろう女性が、はやての身を心配し、近頃巷で起きる事件に照らし合わせ警戒してしまうのも、かなり悲しいが、致し方ない。

 シャマルの心情がどうであるかは関係なく、一人で自己完結してブルーな気持ちになっていた士郎の耳に、はやてが、機嫌良く喋る声が聞こえた。

「――――なぁ、シャマルもそう思うやろ?」

「え?」

 一瞬何の事かと、反応できなかったシャマルが、反射的にはやてを見据える。端から見て話を聞いていなかったようにしか見えないシャマルに、はやての言葉の意図などを看破できるはずも無く、不思議そうな顔で、はやては再度シャマルに問いかける。

「あれ、聞いてへんかったんかシャマル? ……というか、さっきからずっと私らの話は上の空、みたいな雰囲気やったけど」

「え、えーとその……」

 いきなり話しかけられて、愛想笑いを浮かべながら答えるシャマル。頬から一筋の汗を垂らし、目に見えて困惑し、焦っているようにも伺える。

 無理も無いとは士郎も思う。シャマルの注意は今までずっと士郎に向かっていたのだ。みんなのお姉さん的な母性的な容姿とは裏腹……いや、相応、だろうか? 唐突な事態には弱い性格でもあるらしい。

 そんな様に、何か懐かしい想いが自身に去来するのを感じながら、士郎が助け舟を出そうとした、その矢先――――はやてが何か気づいたように「あ」と声を上げた。

「自己紹介済んでから、士郎さんの事を『熱い』視線でずーっと見ていたようやけど、ひょっとして……」

 何か気づいたのか、不思議そうな表情だったはやてが目を見開き、次いで、その顔に笑顔を浮かべていた。

 そう笑顔だ。

 とても良い――――笑顔のはずだ。それが例え、からかう者特有の、獲物を狙う猫科の獣のような瞳だとしても、だ。

「は、はいい!?」

 そこに言い知れぬ何かを感じたのか、素っ頓狂な声ではやてを見つめるシャマル。

 そんな彼女に、にっこりとした顔のまま、はやては何故か納得したようにうんうんと頷いているのみだ。そこに、シャマルが慌てて言い繕う様に口を開く。

「い、いえ違います! はやてちゃんが何を考えているのかは分かりませんけど、それは違いますから!」

「なんや? こっちはただ頷いとるだけやで。おかしなシャマルやな」

「は、はやてちゃん!」

 相変わらず良い笑顔を浮かべ、からかう様なはやてを横目に、じっと様子を観察する士郎。

 脳裏に浮かぶのは、同じような笑顔を浮かべていた赤い人の姿。

 まあ、彼女の場合はなぜか笑顔なのに怒っているような雰囲気を感じることが多々あったが――――女性関係の話をするときは特に。

(確かに、最初にはやてちゃんに会った時に感じた事だけど……あれは……いや、カット、カット、カット! 忘れろ、今の考えは全て忘れろ――)

 

 それに気が付いてはいけない。

 知れば、わかってしまえば、衛宮士郎の基盤は跡形もなく崩壊する。

 

 士郎が一人で恐々とする傍ら、一通りのからかいが済んだのか、疲れたようにため息をつきながら、シャマルがはやてに向けて、口を開いていた。

「ですから違います! ……衛宮士郎さん、でしたか? 知り合いから、よく似た人の事を聞いていたので、つい」

『え?』

 その言葉に意外な物を聞いたと言うように、はやてと士郎の言葉が綺麗にハモった。

 シャマルの語る所によると、シグナム、という彼女の友人にして、はやての親戚の一人が、数日前に士郎と似たような人物に出会ったという事だった。

 経緯は分からないが、偶然知り合った際に、中々に「お世話になった」らしく、いつかその「お礼」を返したいため、探していると言っていたそうだ。

 詳しい容姿については、髪の色が赤く、17、18歳位の少年と言うこと以外は何故か要領を得ず、結局は、また偶然出会えればそれで良い、というような事を話していたらしいのだが……。

「へぇ、シグナムがそんな事言うなんて珍しいな」

「はい、なのでちょっと気になっていたと言うか……」

 その言葉を言い終え、ちらり、とシャマルが士郎を見上げる。視線の先の士郎は、じっ……と沈思黙考しており、その顔は真剣に何かを考えているようにも、記憶を掘り返しているようにも見える。

 シャマルが自分を注視している視線にも気づかずに、やがて士郎は、見た目は何でもないような表情を浮かべながら、シャマルに軽く尋ねた。

「記憶の中には、ちょっと思いつかないんですけど。シャマルさん、そのシグナムって人が助けて貰ったていうのは、いつぐらいの話なんですか?」

「あ、はい。シグナムが出会ったのは丁度一週間前なんだそうですよ、それで……」

 一週間、と言う部分に引っ掛かりを憶えた士郎が、その事についてさらに追求しようとした、その矢先。

「え?」

「?」

 急に、驚いたように視線をあさっての方向へ向けるシャマルに対し、訝しげに視線を歪める士郎。

 そこには、何か……切羽詰った、焦りのようなものが浮かんでいるように見え、それが士郎の困惑に拍車をかけた。

(何だ? いきなりどうし――)

 そしてそれと同時。急にシャマルが、済まなそうな表情ではやてに謝る顔が映った。

「はやてちゃんごめんなさい。今買い忘れた物があるのを思い出しちゃって、家に荷物を置いた後、また出かけて良いですか?」

 唐突にそんな事を言い始めるシャマルに、士郎は呆気にとられる。はやても少々驚いたように表情を変え……やがて、どこかやさしい笑顔でシャマルに向けて口を開いていた。

「もう、そんなんええのに。すぐに出るんか?」

「ええ、すいません。なので晩御飯の支度は……その」

「すぐに帰ってくるんやろ? なら私が先にやっとくわ」

「すいません」

 そう言いながら、改めてはやての車椅子を押そうとするシャマル。

 その様子にはやてはやんわりと遮るようにシャマルの腕を取る。驚いたような顔を向けるシャマルに対し、はやては相変わらずの優しい笑顔で、一言。

「シャマルは先に行ってええよ。あとはそこ曲がれば着くしな」

 流石にそう言われる事は予想外だったのか、シャマルの顔が不安そうに歪む。

「いえ、でも荷物が」

「ええて。これぐらいの距離やったら私一人でも」

「でも……」

 なおも言い繕うシャマルに対し、はやても譲らず、その攻防が延々と続く、そう思われた矢先。

「あ、あのー」

 申し訳なさそうな表情で、口を開いた少年の姿に、二人の視線が一時そちらを向く。

 その少年の言葉、そして、提案によって、シャマルとはやては顔を見合わせ、はやての援護に渋々といったように、シャマルが折れ、そして、急ぎ足でその場を立ち去っていった。

 士郎自身は、親切心からの提案だったが、今思えばこの時、既にこの時から薄々予測していたのかもしれない。この後の展開というものを。

 ただ――

(買い忘れ……にしては、ずいぶんと深刻そうな顔に見えたんだけどな?)

 それによってもたらされる物が、予測できていなかったとしても――――。

 

 

 暗雲が、まるで自分達の未来を象徴するかのように垂れ籠め、その不吉な予感を振り切ろうと、ヴィータは睨むように相手を見据えた。そこには、いつぞや相対した、管理局所属の魔導師二人の姿が見える。

 その姿、そしてその手に握られているものを見た時、彼女は思わず、相対している事すら忘れ驚愕したが、それは面に出さず、冷静さを取り戻そうと、神経を集中させる。

 彼女達が持つもの……魔導師の杖こと「デバイス」の形状は、この間戦った時と違い、白い魔導師の方は、この世界で言うアサルトライフルのマガジン、黒い方はリボルバーのシリンダーを巨大にしたような機構が追加されており、そこから「あの機能」が実装されているという考えに至るまでに、然程(さほど)時間は要しなかった。

 「インテリジェントデバイス」自分たちの持つ「アームドデバイス」よりも、更に高度な思考回路を持つ反面、精緻な操作が要求されるその扱い難さから、管理局でも一握りしかいない上級者向けとも言えるデバイスは、ある程度の自我があるぶん、余り複雑な機構を組み入れれば、バランスも悪くなり、最悪、AIまで破損する危険すらある。にも拘らず、「それ」を実装した事に対しては、敵も必死と見るべきであろうか。

 暫しの睨み合いの後、やがて相手側の片方、金髪の魔導師が口を開いた。そこには、前回ヴィータが聞いたものと同じ、説得の言葉が込められている。

「私たちは、貴方達と戦いに来たわけじゃ無い。まずは話を聞かせて」

「闇の書の完成を目指している理由を――」

 武装局員にしてはお人好し過ぎる言葉。それに鼻で嗤いたい気持ちを押さえ、ヴィータは腕を組んだまま、目を細める。

「あのさぁ、ベルカの諺にこうゆうのがあんだよ」

 いきなり見当違いの事を言い出したヴィータに対し、困惑した様子で顔を見合わせる白と黒の魔導師達。傍らでザフィーラがこちらを向く気配も感じたが、それを気にするでもなく後を続ける。

「『和平の使者なら槍は持たない』……話し合いをしようって言うのに武器を持ってやって来る奴があるかって意味だよ。ばーか」

 分かりきった挑発ながら、ヴィータの余りな言い分に、一瞬目を点にしながら……それでも何とか持ち直したなのはがヴィータに反論する。

「な――いきなり有無を言わさず襲いかかって来た娘がそれを言う!?」

 挑発に乗って来た事にヴィータが心の中だけでほくそ笑んだ瞬間、傍らで成り行きを見守っていたザフィーラが静かに口を開いた。まるで調子付くヴィータを諌めるかのように。

「それにそれは、諺では無く、小話の落ちだ」

「うっせー! 良いんだよ、細かい事は!」

 いつもの調子でそう言われ、面白くないといったように鼻を鳴らすヴィータ。傍から見れば、背伸びしてひけらかした知識の穴を指摘され、拗ねる子供そのものの顔である。

 と、そこで変化が起きた。

 暗い結界、それを突き破る閃光がヴィータ達が対峙するビルのすぐ隣り、同じ高さで均等に並ぶビルの上に突き刺さり、轟音と土煙を上げる。

 それは、一人の騎士の姿だった。 

 自分達ベルカの騎士を束ねるリーダー、その心強い姿を確認するのももどかしく、さらにヴィータ達に向け念話が飛んで来る。余程慌てて来たのか、息を切らした様子が念話に反映してしまっている。普段の冷静な彼女を知る者なら、らしくないと言うに足る慌てぶりである。 

『ヴィータちゃん! ザフィーラ!』

『シャマル! シグナムも!』

『……全員揃ったか』

 ザフィーラが感情を伴わない言葉を吐くと同時、管理局側も増援が現れた事を自覚したのだろう、物々しい雰囲気がその場に漂う。

 やがて敵の方から、一人の少女が進み出た。

 小柄ながらその戦闘センスはシグナムにすら一目置かれている、フェイトという少女の姿。

 その意味を最初に理解したのは、やはりと言うか、実際に戦ったシグナムだった。

『どうやら、私に用があるらしい。この間の雪辱といったところか。ヴィータ、ザフィーラ――』

『ああ。分かってる。どうもあたしらと一対一でやり合う気の様だな』

『……その様だな』 

 その行動は、ヴォルケンリッターにとっても想定外の出来事であると同時に、ある意味、予想出来た事態でもあった。

 彼女達、特にフェイトと名乗った少女の方は、容姿と裏腹に中々にプライドが高く、再戦に関しては高い確率で挑んで来るとは考えていたが、まさか、彼女達の流儀に合わせ一対一を挑んで来るとは予想していなかった。

 自分達に匹敵する力を持つ者がそうそういないとは言え、効率を重視する管理局内にあって、万一にも犯人を取り逃がす可能性のあるその行為を容認するとは……余程彼女達の信頼が高いという証しなのだろうか? 

 だが、ヴィータ達にとってそれは不幸中の幸いでしかない。

 この局面、一見すれば自分達に有利に働いているように見えるが、実際に追い詰められているのはこちらの方である。

 あの時、白い魔導師を襲撃した際とは逆に今度はこちらの逃亡手段を完全に潰されたと見て良い。少なくともこの結界を破壊しない限り、逃走は確実に不可能であろう。

 そんな状況が伝わったのだろう、シグナムがまず、この場で唯一手の空いているシャマルに向けて、状況打破のための指示を送った。

『脱出するには、この結界の破壊が先決か。シャマル――』

 シグナムがシャマルに語る言葉に、その反応は鈍い。

『どうした? シャマル?』

『あ、ご、ごめんなさい』

 そんなシャマルの様子に、ヴィータは呆れ気味に口を挟んだ。

『おいおい、しっかりしてくれよ。いつもみたいなうっかり、で済むような状況じゃねえだろ』

『……ええ』

 一番の年下にしか見えないヴィータが、シャマルに向けて説教を行う様に、何かを言う者はいない。ヴィータ達の正体が人とは違うものである事も関係しているが、それ以上に、軽口を言い合えるような状況では無いと、皆が理解している為だ。

 だが、それでもシャマルの口調には煮え切らない、不安のようなものが見て取れた。

 その事に、さらに訝しげにヴィータが口を開こうとしたその刹那。

『シグナム。ちょっと良い?』

『どうした?』 

 いつもと違う雰囲気のシャマルに、何かあると思ったのか、シグナムが若干、口調を硬くしながら応える。

 が、問い掛けた本人である、シャマルが一瞬だけ口ごもり、やがて次の瞬間には、まるで取り繕うかの様な口調で後を続けていた。

『……ううん、やっぱり何でもないわ。ごめんなさい、急に』

『どうしたんだよ、さっきから変だぜ?』

 流石に、今の状態のシャマルをおかしいと思ったのだろう。ヴィータが次に開いた口は今度は疑問系である。

 口には出さないが、シグナム、そして、ザフィーラも同じ気分なのだろう、沈黙が逆に、様子を伺うような雰囲気を醸し出していた。

『ごめんなさい、ここから脱出してから改めて話すから、今はそれに集中しましょう』

 シャマルが何かを振り切るようにそう答えた事に、結局は一時保留という事にはなったが。

『分かった。それについては後だ。ヴィータ、ザフィーラ』

『ああ、分かってら』

『うむ』

 リーダーにそう言われなくとも、ヴィータ達の気持ちは固まっていた。


 目の前に立ち塞がる障害を排除する。

 それが、どのような物であれ……例え管理局の手の者であっても、変わらない。


 相手へと向き直る。目の前には、先日叩き潰した魔導師の姿。デバイスを強化した程度で、自分の力が負けるとは思って無いが、万が一にも粘られ、時間をかけられると厄介な事は確かだ。やるならば短期決戦、時間をかけずに最大最高の威力の攻撃で殲滅する事。

 その瞬間、それぞれの相手目掛けて三人の騎士が駆け出した。主を守る、ただそれだけの為に。静かに、だが心の中は荒々しく真っ直ぐに。

 


「――へぇ」

 目の前に映った光景に、思わず感嘆の吐息を漏らす士郎。

 彼の今いる場所は、市街地からやや離れた閑静な住宅街の一角であった。

 見上げた先にあるのは、瀟洒な白い住宅。傍から見れば大げさにため息を付くような物では無いようにも思えるが、自分の武家屋敷以外の家が珍しいと言う事、それ以外にも、凛や桜、一成やイリヤ等といった、普通でない家の人々ばかりが知り合いにいたため、何処か間違った「新鮮さ」を感じてしまったのが原因である。

「士郎さん?」

 やがて、はやてにかけられた声に、やや、苦笑した様子で士郎は顔を上げる。ここにきて世話になっている月村家まで含めれば、もしかしたらこうい「日本の普通の住宅」を見るのは十年ぶりくらいになってしまうのではないだろうか?

「いやごめん。実家が昔ながらの日本家屋だったものだから、こういう家が珍しくてさ」

「日本家屋て、士郎さん、実は結構ええとこの出なんか?」

「いやいや、何というかあれは爺さん……親父の趣味? かな?」

「?」

 何やら要領を得ない言葉に、不思議そうな顔をしながら、はやてはふと気付いた、と言う表情で士郎を見つめた。

「なぁ、士郎さんてどの辺りに住んでたん?」

 見た目も口調も冷静ながら、何処と無く興味津々、そんな雰囲気を察し、顔は苦笑したまま、どこか懐かしさを含んだ声音で士郎が口を開く。

「うーん、街は海鳴と似てるかな。郊外の自然が豊かなのも、潮の香りが漂う所までそっくりだよ」

 ただ、冬の寒さについては、明らかに海鳴の方が寒いとか、新都と旧市街といった区分けが、川に掛かる大橋で分けられているとか……他愛の無い話をしながら、やがてはやてが一つくしゃみをした事に、慌てて士郎が謝った。

 自身でも珍しく、自分の都合を優先し話し込んでしまったようだ。それもそれで問題だが、彼女の家の前で時間も忘れ話をしていた事にも常識の欠如を感じ、取り合えず、家の中に入るようにはやてを促した。

 最近、日本でも割と見かけるようになった(と言っても士郎にとっては四年以上前の話だが)バリアフリー技術を取り入れた玄関先にはやての車椅子を慎重に押し上げた後、特にはやてに問題が無い事を確認すると、

「じゃあ、俺はこれで」

と片手を軽く上げ、来た道を戻ろうと、足を向けた。

「え?」

 はやての方は、士郎の発言が予想外だったようで、びっくりしたような表情になり、次いで、その意味が頭の中に浸透したのか、寂しそうに士郎を見つめる。

「士郎さん、忙しいんか?」

「あー、いやその……」

 切なさを含むその表情に、気まずい物を感じ、はやてに再び向き直るが、それでも、いきなり友人面をして女の子の家に上がるのも気が引けるため、若干言葉を濁す。

「いや、流石に呼ばれていないのに勝手に家の中に上がる訳にも……そ、それにもうすぐすずかちゃん達も来るだろうし」

「なら、それまででもええよ。士郎さんも、すずかちゃん達が来た方が、荷物運ぶの楽やろ?」

「む、それは確かに」

 やおら納得しかけ、慌てて、その思考を振り払う。

 つい最近まで、こんな大きな家に独りきりだったと聞いた時、士郎は驚いたものだ。

 聞けば、両親を早くになくした後、友人、親戚と呼べる存在すら殆ど存在せず、今の生活は「グレアムおじさん」なる、彼女の父の友人を名乗る人物の援助と、血の繋がりは無いものの、家族と呼べる人々の協力により成り立っているらしい。

 幼い頃の、独りぼっちの生活に寂しさを感じる気持ちは、士郎にも多少理解出来る。

 だが、はやてくらいの年の頃には、自分には(僅か五年間とはいえ)養父がいて、養父がいない時には、姉代わりの人がよくそばに居てくれたのだ。それを考えれば、彼女の孤独感は自分の比では無かろう。

 そして、自分を見つめるその瞳は、どこか士郎の琴線に触れる光を持っていた。

 士郎自身はそんな彼女の瞳を見て何処か確信していた。彼女は決して、他人に対して過度の我侭を言ったりはしないと。

 それは彼女の性格と、この特殊な環境下で育まれた事は想像に難くない。

 

 そんな表情はさせられない。

 年不相応に大人びてはいても、彼女は小さな女の子に過ぎないのだから。

 だから恐らく、彼女とともに帰ることになった時点で、こういう展開は決まっていたのだろう。

 元より、孤独を良く知る少女が、すずかが来る間までとはいえ、一人きりになってしまう状況は駄目だ。

 どこと無く不安げに見上げる視線。それを見返しながら、士郎はどこか達観したようなため息とともに、はやてに対し一つ、ゆっくりと頷いていた。

「分かった。もうすぐすずかちゃんも来るだろうし、それまでお世話になれるかな?」

「あ――」

 その言葉で不安げな表情の少女が笑えるのならば、士郎にとっても安い苦労である。

 うれしそうに招き入れられるまま――――この分だと夕食も一緒にご馳走になってしまいそうだと、心の中だけで苦笑していた。

 

 そう、すずか達がやってくるまで、考えていたのだが。

 


12月10日 PM:7:56 海鳴市ビジネス街

 


 走る。走る。走る。

 息が切れ汗が吹き出る。額から垂れるそれを拭おうともせずに、ただただ、走り続ける。

 余りにも急なことに、困惑している気持ちもあるものの、状況を把握する暇すらない。


(――――くそっ!)


 胸の内だけで悪態を付き、走る速度は一時も緩めず、衛宮士郎は夜の街を疾駆する。

 周りの人が突然の突風に何事かと振り返るが、そこに一瞬映るのは赤い髪……気が付けばその姿は無く、僅かに残る風の残滓を見るだけである。

 それだけのスピードで走りながら、誰かにぶつかることも無く、まるで予想されたルートを通るかのように迷いが無い。そして、それを維持できる身体能力には、驚愕という言葉すら生温い。

 あの後、はやての家で作業の手伝い――お客様だからというはやてと、何かしないと落ち着かないという自分の意見がかち合い、折衷案としてはやてが作る料理の補佐をしていた――時の事だった。

 一瞬の出来事だった。その間に駆け抜けた戦慄に、士郎は我知らず背中が冷たくなるのを感じ、呆然と空を見上げていた。

 遠く、ここから一キロ程度の距離から、得体の知れない感覚が流れ込んでくる。

 その感覚を彼は一度、感じたことがあった。

 一週間前、まるで、異世界に踏み込んだ……いや、ある意味異世界だろう、その感覚。そして戦いの予兆である魔力。

 忘れもしない、海鳴の空を戦場にする美しき魔術師達の姿。

 (余り考えたくは――――無いけど!)

 ただ、疑問は残る。

 自身があの時感じた力と比較すれば、それは似て非なるものだ。

 更に言えば、彼がその力の発現を感じることが出来たのは、自身が捕われたからと言う特殊な状況下においてである。

 かなり魔術的なものに敏感になっているとは言え、それをこんな遠くから感知できる物だろうか? それとも、自分の感覚という物が狂ってしまったのか?

 だが、今も胸を締め付けるかのごとき焦燥感がある事は事実であり、それが自身の足を知らず知らずに、先向かいさせていることも、疑いようが無い。

 強く、あそこに行かねばという思い……それこそ、普段からは考えられないような、超感覚、とでも言うべきものによって導かれているような感じはした。

 折りしも、タイミングよくやってきたすずかに、状況を説明すらももどかしく、慌てて駆け出して行った件について、はやて達には後でキチンとした説明が必要だろう。

 そうして、どれくらい駆け続けただろうか。やがて見えてきた光景に、ピタリと、足が止まった。

 目の前に広がる、黒く大きなドーム状の魔力結界。それを見据えた瞬間、素早く左右を確認し、路地裏を見つけた後にそこへ身を隠す。その後、壁から目線だけを出して、新ためてその光景を見つめる。

 どうやらこの前と同じか、やや小さい規模の結界が周りの空間を断絶するかのごとく留まっている様子、それを確認した後、士郎は苦い物を噛み含めるような表情を歪める。

(ドンピシャか……やはりこの街に魔術師が何人か留まっていると考えて良さそうだな)

 あれから暇な時、月村家での仕事の合間を縫い、自己の鍛錬と共に、この世界の魔術について調べていた……と言っても大したことが出来るでもなく、今のように外出した際に、魔術的な痕跡が無いかどうかを調べる事がせいぜいだったが。

 無論、結果は芳しくは無い。魔術的な痕跡はもちろんの事、大規模な戦闘――一週間前の戦いの舞台となった辺りを中心に、街中に類する反応を調べては見たものの、魔力の痕跡らしき物は完全に払拭され、変わらない街並みが広がるだけであった。

 夜に異常を探しながら出歩く事ができない以上、暇を見つけての散策ではあったが、得られるものが無いと言うのは、やはり歯痒いものだ。

 神秘の隠匿を生業とする魔術師であれば、軽々に尻尾を掴ませる者など三流以下なのだろうが、予期せぬ敵に遭った時に、この間のように運良く切り抜けられるとは考え辛い。その為、なんらかの異常を感じる場所があればとも考えての行動であったのだが、少々楽観的過ぎたようだ。

(どうする?)

 闇雲に出ていってどうにかなるもので無い事は、前回の教訓として知っているが、ではどうすれば良いのかと言われても、何も思い付かない。

(あの時とは違い、巻き込まれている訳では無いけど……)

 前回の戦いを思い出す。

 強大な魔力同士のぶつかりあい。

 自分を襲った威風堂々とした一人の騎士。

 そして、その騎士と互角の戦いを演じた、金色の――――少女。

 彼らは、またこの場所で戦いを続けているのだろうか。何らかの目的があって、それを続けているのだと言う事は、騎士の言から士郎にも伝わってはいたが……それがそこまでしなければ叶わない願い、と言うものなのか、その判別は付きかねた。

(一体、彼らは何が目的なんだ?)

 あのときに出会った騎士、彼女は明らかに無理をしている部分があった。

 目的が有ると言いながら、矛盾するように本当に一瞬だけ歪められた顔、そこに写っていたのは確かな後悔。

 それは、自らが求めるもののため、最善の九を取り、残りの一を切り捨てるという、守りたいものが在る故のジレンマのような行動に思えた。ただ、衛宮士郎にとってそれは決して看過できるようなものでないことは確かだ。

 そこまで追い詰められた顔をする理由、それを知るにはやはり、聞いてみるのが一番だろう。

 それは、あの騎士と再び相まみえると言う事、つまり(確証は無いが)あの中に侵入しなくてはならないという事を意味する。出るだけでもあそこまで大変だったのに、入るとなればどうしたものか……およそ見当もつかない。

 だが、やるしかない。昨日のような少女が戦いに巻き込まれている現状ならば尚更である。そう心に決めて、行動するタイミングを計るように、左右を見渡す。

 辺りは静かな街並みが広がっている。魔力が無い者があの結界に触れたらどうなるのかといった危惧はあるが、中の住人が一人も街中に存在しなかったことを考えるに、在りし日の「終わりの夜」のように、限られたキャスト以外は結界を認識できないようにして、あそこだけを別の世界として区切っている、といった状態だろうか。

(兎に角、まずはあそこに――――いや?)

 そこまで思考しながら、ふと、おかしな事に気づいた。

 あまりに辺りが静か過ぎる。

 当初は集中していたためにそのことに気づかなかったが、気付いてみれば、辺りに人気が全く無くなっていた。

 そもそも、この路地裏に身を潜めたのも「人目につかないようにするため」では無かったか?

 それを考えれば、通りには少なくとも人がいた事に……人?

(――――っ! しまった!)

 その事が意味するもの、それに気付いた瞬間、自分の過ちに後悔するのもかくや、というスピードで、路地裏を飛び出す。


だが――――遅すぎた。


 ドン、と


 重い一撃が、体に突き刺さり、衛宮士郎の体が、まるでダンプカーに衝突したかのように、軽々と宙を舞っていた――――。

 

 

 目の前、およそ百メートルほど先の黒い結界を見据えながら、シャマルは一人、その解析と解除のための式を走らせていた。

 在りし日の夜を再現させる三対三で激突を続ける仲間達、ただあの夜と違うのは、周りは管理局の武装局員で固められ一歩も逃げ出すことが適わない状況という、あの夜とは全く逆の状況下に置かれている事だった。

 そんな状態で戦い続ける仲間達を案じながら、シャマルは自分にできることをやろうと集中する。

 だが状況は芳しくない、結界を維持し続ける局員達はいずれもAランク以上だろう。個人においての魔力量でこそ上回っているが、集団戦法が得意な魔導師達を相手に出し抜けるほどの技量を、シャマルは持っていなかった。

 これほどの結界を破るには、シグナムの奥義である「シュツルムファルケン」および、ヴィータの奥義「ギガントシュラーク」程の力を出せなければ厳しい、そう指摘するシャマルに、ザフィーラは事実と、そして、この場での最良の方法だけを、淡々とした口調で述べていた。

『二人とも手が離せん、止むを得ん、あれを使うしか……』

 ザフィーラが言う「あれ」……方法がそれしかない事にシャマルも気付いてはいたが、それでも軽々に賛同する事は躊躇われた。他ならぬ、彼女達の主のためにも。

『分かってるけど、でも――――!』

 そんな風にザフィーラの提案と押し問答をしていたその瞬間、シャマルの後頭部に、何かが突きつけられる。それを感じたシャマルが、瞬間的に、念話を打ち切り押し黙る。

『シャマル? どうした、シャマル!』

 ザフィーラの念話、それに応えすら返せずに固まる、棒立ちの背中越しに、何とか相手の姿を見ようとするものの、自由に動かせるのは視線だけな状況では、それもままならない。

「捜索指定ロストロギアの所持、及び使用の疑いで、貴方を逮捕します」

 管理局――――!

 シャマルは自分の迂闊さを呪った。結界の方に意識を向けすぎて、周りへの警戒を怠っていたのだろう。ここまでの接近を許すのは、かなり珍しい事である。

 背中越しに気配を確認するが、「騎士」ではあるが「戦士」ではないシャマルに、シグナム達のような行動が取れるはずも無く、ただ、どのように相手がどう動くかを確認するだけである。声の調子から、恐らく十台の少年であろう事は分かるものの、実力はシャマルより上のAAAランク以上……個人行動が許されている点と、結界内で、ヴィータとザフィーラを最初に襲った少年がいたとの情報からも、執務官か、それに類する役職の人物である事は間違いなかった。

 本格的に不味い事になった。そう感じ、行動の機会を伺うシャマルに対し、相手は淡々と事実だけを述べる。

「抵抗しなければ、弁護の機会は貴方にはある。同意するなら、武装の解除を――――っ!」

 だが、その言葉が終わる直前、何者かの魔力の波動を感じた。

(え……?)

 と、同時、それまで背後で説得を続けていたはずの管理局員が、何者かの攻撃……恐らく魔法だろう爆発を受け、向かいのビルに煙と共に叩きつけられるさまを見た。まあ、シャマル自身は、吹き荒れる煙と風に目を庇ったため、一瞬だけしか確認は出来なかったが。

「ぐあっ!」

「っ!」

 何が起こったのか分からずに、もうもうと背後で立ち込める煙を見つめる。やがて、煙の中から、一人の男らしきシルエットが浮かび上がった。

 その姿を見たとき、シャマルは、煙と爆炎に細めていた瞳を、驚愕に見開いた。

「貴方――」

 それは、いつぞや、シグナムを助けたと言う男の姿に酷似していた。ゆっくりと歩いてきた男は、シャマルをちらりと見やり……そして、一言。

「……使え」

「え……?」


「闇の書」の力を使う事を、明確に示唆する言葉を発していた。

 

 

 全てを見据える上空……管理局員やヴォルケンリッターの戦い、その一部始終を見届けられる場所に位置に、物言わぬ書が存在した。

 闇の書……かつて別の名前で呼ばれていたそれは静かに、ただ呼ばれる事を待っている。

 闇の書にとって、これらの出来事は繰り返しに過ぎなかった。

 いつからそうだったのかはもう憶えていない。ただ、気が付けば今の名で呼ばれるようになり、流離(さすら)う様に主を探し、主になった人間を貶め、覚醒した後にまた流離う……を繰り返していた記憶しかない。

 ずっと悲しんで、それでもどうする事も出来ずに暴走してしまうこの身を、そしてそれ以上に主の身を嘆いた事はある。ただ、それでどうにかできるほど、この世というのは甘く出来ていない。

 故に「彼女」はいつも、主だけには幸せな夢を見せる事を願って行動しているのだが……それはまた別の話である。

 半ば諦念に近い想いで彷徨ううちに……やがて一人の主に邂逅した。

 傍から見てその主の行く末は不幸でしかなかった。それが変わったのは何時からであっただろう。

 闇の書の力を欲さず、静かに生きる事を望む主、それに引き摺られるような形で、心というものを知った守護騎士達。

 そして――――自身。

 自己の事を鑑みた一瞬、黒く、不吉な光がまるで纏わり付くかのように浮かび上がる。

 まるで瘴気の如く濁った空気と闇色の稲妻を迸らせ、呑まれれば決して戻って来れないだろう、深海や宇宙などよりも深い「闇」が球状に浮き上がる。

 一瞬だけ、書き込まれている文字が血塗られたような赤に変色するが……それも制御プログラムが持ち直した事で、嘘のように掻き消え、元の古びた書の姿へと戻る。

 自身に何らかの不備……暴走とは違う何かが起きており、それが崩壊までのリミットを早めてしまっている事は理解できている。プログラムとしては大幅な改定がされ、最早原形を留めていない闇の書にとって、制御プログラムによるリカバリーや初期化などは意味を成さない。せいぜいがほんの少しだけ暴走の時間を稼ぐ対症療法だ。

 近く……恐らく、予期した物よりも確実に早く自分は暴走するだろう。何時かの繰り返しのように、色々な悲しみを背負いながら。

 復旧が行われたとほぼ同時、守護騎士であるシャマルに呼び出された事で、思考を打ち切り、元の物言わぬ本と化す。

 覚醒はしていないため、意識レベルは低いものの、それを乗り越え、闇の書は願い続ける。


 いつか自身の開放が来るとき、その時に最後の主となるもののために、より良き選択を。

 そして、何も残せないまま逝くであろう自分とは引き換えに、主には無限の祝福を。

 

 それが、敵わぬ夢、貴き幻想であろうとも、叶えるためには何物を失っても敵わぬと、そう心に誓いながら。

 

Act.8 END

 

 
 

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無題
更新お疲れ様です。
いや、ひとまずG弾落とさずにすみました(笑)。
年末年始は大変でしょうが体に気をつけて執筆がんばってください!
で、早速、訂正箇所が一つ…
×「ストームファルケン」
○「シュツルムファルケン(Sturmfalken)」
だと思います。
次回も楽しみに待ってます。
では良いお年を。
叶夜 2007/12/30(Sun)16:50:12 編集
感想
更新お疲れ様です。
どうやら闇の書自体自分に起き始めてる異変に気付き始めたようですね。次回どうなるか楽しみです。
2007/12/30(Sun)18:36:27 編集
無題
お疲れ様です。 更新待ってました!!
リリカルなのはの原作はよく知らないのですが、闇の書は聖杯のように汚れている? 自身で異変は感じているようですが…。

ここから士郎がどう動くか期待!
――というか士郎を襲ったのは誰? 仮面の魔術師?
ミョズニトニルン 2007/12/30(Sun)18:50:43 編集
無題
全部読んだが、士郎が弱すぎる。不覚をとられすぎ。
カラドボルグは貫くのに特化しているのであって、爆発はしません。爆発は「?%E:221%#黷ス幻想」です。
神秘はより強い神秘じゃないと勝てないよ。
名無し 2007/12/30(Sun)20:29:22 編集
信は無形財産
>重い一撃が、体に突き刺さり、衛宮士郎の体が、まるでダンプカーに衝突したかのように、軽々と宙を舞っていた――――。
車田飛び炸裂!
東西南北 2007/12/30(Sun)20:59:51 編集
誤字訂正
第八話、更新お疲れ様です。
ちょっとだけ気になったので訂正をば。
人物名の「はやて」が所々「疾風」に、「集団戦法」が「集団先方」になっています。
それとフェイトを表す表現に「金髪碧眼」とありますが、「碧眼」は「青い目」を指します。フェイトの眼の色は「赤」です。
私が気づけた誤字はこの位です。
強化の魔術を使った描写がなかった士郎が、次話でどんな風になってしまっているのか、心配です。
お早い更新をお待ちしております。
良いお年を~☆
黒王 2007/12/30(Sun)21:06:38 編集
無題
ああ・・・良かった更新してくれて。更新お疲れ様です。
今回もおもしろかったです。次回も頑張ってください。
どら 2007/12/30(Sun)23:37:03 編集
無題
更新お疲れ様です。
上の方も仰っていますが、今回は士郎君がちょっと迂闊すぎた気がします。
仮にも、元の世界では長期間戦場にいたのですから、
戦闘区域の付近で思考に気を取られて油断するのはどうかな~と思いました。

更新に関してですが、我流さんが趣味でやっている事ですから、
変に期限なんか設けずに、自分のペースで気ままにやっていけば良いんじゃないかと思います。
これからも頑張ってくださいね。
ぽち 2007/12/31(Mon)00:38:39 編集
無題
士郎の身長が原作の167だとしたらシャマルよりは高いですよ。
士郎はシグナムよりもちょっと高いくらいの身長です。
シグナムやシャマルはそれほど長身では有りません。
19歳フェイト(170前後)よりは5センチほど低いですから。
ガイド 2007/12/31(Mon)01:00:52 編集
ビッグサイトから
列整列時に読ませて頂きました^^
気になるところで切られてとても続きが気になります。士郎はどうなるのか?シグナムたちと会うのか?と想像しますね/^○^\
それでは最終日、目的物ゲットして夕方にまたサイトチェックしに来ます~^^
kazu 2007/12/31(Mon)02:46:30 編集
無題
更新お疲れ様です、続きの気になる展開ですね。
他の人も仰ってますが、士郎ダメ過ぎ。
若くなったとしても蓄積された経験は残るわけだから、今回のはちょっと・・・
深遠 2007/12/31(Mon)07:49:05 編集
来たーーーー!
楽しみに待ってました。しかし落ち込まなくて良いですよ。俺にとって更新されるだけで嬉しいから。
伊呂波 2007/12/31(Mon)11:15:37 編集
無題
今回も楽しく読ませてもらいました。
士郎がどうなったのか激しく気になります。無事ではなさそうですが……
ともあれ、次の更新にも期待してます。
鷹城尤矢 2007/12/31(Mon)15:35:16 編集
いまさらですが
「神秘はより強い神秘によって打ち消される」という法則により宝具は物理的な威力以上の力を持つので結界が2発の壊れた幻想に耐えるのはちょっとおかしいと思います。(それを基準にすると結界の耐久力が宝具並みになってしまうので)

更新を楽しみにして待っています。
ひらめ 2008/01/01(Tue)19:30:58 編集
無題
更新読みました、士郎がどうなったのかとっても気になります。それでは次の更新楽しみにしてます
雪希 2008/01/02(Wed)14:44:35 編集
無題
更新お疲れ様です。
シャマル達との出会いや闇の書の意思の独白などとても面白かったのですが、
何年も戦場にいてエミヤに近づきつつあるにしては士郎が迂闊過ぎる気がしました。

ヒトデ 2008/01/02(Wed)17:36:40 編集
感想
更新お疲れ様です!
ついに8話ですね。久しぶりなんでわくわくしましたよ。
次回も楽しみに待ってます。頑張ってください。
遅れましたが明けましておめでとうございます。
NONAME 2008/01/02(Wed)23:09:08 編集
無題
更新お疲れ様です。
これからどのようにして志郎が関わっていくのか、予想のつかない楽しみな終わり方ですね。

というか、神秘には強い神秘しか勝てないって設定だとリリなの組が弱くなってしまうから、この設定でいいと思いますよ。

追伸 100万ヒットおめでとうございます!
黎明 2008/01/08(Tue)10:15:45 編集
無題
Act.9はまだかー!
NONAME 2008/03/08(Sat)18:38:08 編集
今更ながら誤字指摘
一番最後の文。

>それが、敵わぬ夢、貴き幻想であろうとも、叶えるためには何物を失っても敵わぬと、そう心に誓いながら。

「敵わぬ夢」は「叶わぬ夢」、「失っても敵(かな)わぬ」は「失っても構(かま)わぬ」ではないかと思います。本当に今更ですが、気付いたので指摘させて頂きました。
それでは、次回の更新をお待ちしております。
黒王 2009/12/23(Wed)20:48:38 編集
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